『オレたちバブル入行組』/『オレたち花のバブル組』-編集者の自腹ワンコイン広告

2013年9月8日 印刷向け表示
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オレたちバブル入行組 (文春文庫)

作者:池井戸 潤
出版社:文藝春秋
発売日:2007-12-06
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オレたち花のバブル組 (文春文庫)

作者:池井戸 潤
出版社:文藝春秋
発売日:2010-12-03
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今や堺雅人さん演じるドラマ「半沢直樹」が社会現象となり、「やられたら倍返し!」が流行語大賞になりそうな勢いですが、シリーズ第一弾『オレたちバブル入行組』の連載が始まったのが10年前のことでした。

 

著者の池井戸潤さんのデビュー作『果つる底なき』は元銀行勤務という経歴を生かした設定のミステリーで、読んですぐに会いに行きました。実は、私の夫もバブル入行組の銀行員なのですが、出版社勤務の自分とは180度違う世界にカルチャーショックを受けっぱなしでした。池井戸さんは有能なバンカーであったことを彷彿とさせるクレバーかつ情熱的な著者で、打ち合わせの時間はいつも充実したものでした。

 

株価暴落』という書き下ろしをいただいた後、若い作家の連載媒体としてリニューアルすることになった「別冊文藝春秋」で、池井戸さんにも新連載をお願いすることになり、青山の喫茶店で打ち合わせしている時です。

「同期入行の友達と最近会ったら、『脳に電磁波で人事部から指令が送られてくるんだ』という話になってさ」

最初、冗談かと思ったら、友達はいたって真面目に

「電波送受信装置で監視され、指示を受けている。指示を達成しないと罰として激しい頭痛を与えられるんだ」

池井戸さんはシビアな職場で神経を病んでしまった友人に言うべき言葉もなかったそうです。(この話は『オレバブ』の中で、近藤のエピソードとして登場します)

 

「バブル入行組」――字面から華やかでいい思いをした、と誤解されがちですが、1988~91年前後に入行した彼らは、バブル崩壊により大量の不良債権処理に追われた銀行が合併を繰り返す中で、ポスト減と昇給の凍結にさらされた逆境の時代に最前線に立たされた世代です。

 

池井戸さんは、そんな「バブル入行組」へのエールともいうべき、痛快なヒーローを生み出しました。支店長命令で無理に融資の承認を取り付けた会社が倒産し、全責任を押しつけられそうになりながら、不可能に見える債権回収に乗り出す半沢直樹の姿は、多くの読者の喝采を浴びました。半沢が決して単なる正義漢ではなく清濁をあわせもつキャラクターである一方で、敵役である支店長にも家族思いの優しい一面もある。そんなリアルな人物描写が、小説としての厚みを加えています。

 

単行本化の際、企業小説らしい漢字タイトルにしたい、という営業部と少々揉めましたが、池井戸さんの強い意向もあり、連載時のタイトル『オレたちバブル入行組』のままでいくことになりました。刊行してみると、読んだ人が他の人にも「面白かった!」と勧めてくれて、普段小説を読まない層からもじわじわと熱い支持を受ける本になりました。好評を受けて、東京営業第二部に異動してからを描いたのが『オレたち花のバブル組』です。続編であることが一目でわかる方がいいということでこのタイトルになりました。

 

ちなみに半沢の妻・〈花〉は担当編集者である私の苗字から一字とった名前だそうです。ドラマ「半沢直樹」で上戸彩さん演じる花は、遅く帰ってくる夫に美味しい夕飯を用意し、明るく励ます健気な妻なのですが、原作の花はもう少し気が強くて好き勝手なことを言い、夫をやや辟易させています。『花のバブル組』の後半のある場面での花のキレっぷりは、特に気に入っています(笑)。

 

『花のバブル組』を本にする改稿時、驚いたのは金融庁検査官の黒崎駿一がオネエキャラに変更されていたことです。連載中の黒崎はエリート然としていましたが、あれほど強烈ではなかった。リアリティという面で読者に受け入れられるのか不安もありましたが、池井戸さんに「『オレバブ』はリアルな銀行の実態だと思っている読者が多いけど、あくまでもこれは小説でエンタテイメントとして読んでほしい」という意図を聞いて納得しました。ドラマではオネエ言葉を話すのに切れ者、という黒崎を片岡愛之助さんが絶妙に演じていて、はまり役だと思います。

 

現在シリーズの売行きは破竹の勢いで、ドラマ化される前に48万部だったシリーズ2作の部数は200万部を超えました。連載から10年近くたっていますが、これほど愛されるシリーズを産みだす場面に編集者として立ち会えたことを光栄に思っています。

 

『オレたちバブル入行組』の中に、次のような半沢の台詞があります。

「バブル入行組ってのは、つくづく因果な年代だなあ。不況のどん底で期待していた給料はもらえず、ポストも減らされリストラの嵐ときた」

「そう嘆くな」半沢はいった。「そのうちオレが、その負け分を取り戻してやる」

「ほざけ。いつまでも夢を見てろよ」

「夢を見続けるのは、実は途轍もなく難しいことなんだよ。その難しさを知っている者だけが、夢を見続けることができる」

バンカーに限らず、すべての働く人たちに勇気を与え続けてくれる〈半沢直樹〉シリーズが、これからも続いていってほしいと思います。気の強い〈半沢花〉も、ずっと夫を応援して仲良くやっていってもらえれば、とひそかに祈っています。

文春文庫編集長 花田朋子

*「編集者の自腹ワンコイン広告」は各版元の編集者が自腹で500円を払って、自分が担当した本を紹介する「広告」コーナーです。HONZメールマガジンにて先行配信しています。

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