黒い情念がゴッゴッゴッ! 『クマムシ博士の「最強生物」学』

土屋 敦2013年09月23日 印刷向け表示
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クマムシ博士の「最強生物」学講座: 私が愛した生きものたち
作者:堀川 大樹
出版社:新潮社
発売日:2013-09-18
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HONZの皆が大好きで、ついにHONZのメンバーで「社会科見学」にまで行ってしまった海洋研究開発機構(JAMSTEC)に在籍するスーパー研究者・高井研氏の著書『微生物ハンター、深海を行く』に印象的な下りがある。

心の中では「へっ、なにがクマムシだよ。あんなプニュプニュのユルユル歩きなんて、相手じゃねえぜ。地球最強はアレよ、極限環境微生物よ。そらそうよ」などと嫉妬の炎が燎原の火のごとくメラメラしていたりするわけで……。

そう。高井氏は、自身の研究する極限環境微生物こそが地球最強の生き物であると信じているのだが、そう主張すると必ずと言っていいほど「地球最強はクマムシじゃないんですか?」と問われ、非常に悔しい思いをしているのだ。

HONZ読者の多くはご存知かも知れないが、一応説明しておくと、クマムシは、体長が0.1〜1mmの4対の肢を持つ生き物。「ムシ」という名がつくが、昆虫ではないばかりか、節足動物でもない。緩歩動物門に属し、その名のとおり、クマのように穏やかにのっそりと歩く。顕微鏡を覗いたときに目のように見えるかわいい眼点と、ずんぐりむっくりした歩き方が一部の人々の心を鷲掴みにし、日本中にクマムシファンが生まれている。「地球最強」と言われるのは、水がなくなると乾燥して身体が縮んで「樽型」となり、マイナス273℃の低温にも100℃の高温にも、人の致死量の1000倍の放射線にも真空にも耐えるからだ。尚、高井研はこの状態を「マジカル☆樽るート君化」と、おそらく一部世代にしか通用しない実に狭い言葉で表現している。

さて、クマムシ最強説がこれほどまでに広まったのには、本書の著者・堀川大樹氏の功績が大きい。巧みな文章で、クマムシのみならず、さまざまな生命科学の話題を楽しく語るブログ「むしブロ」は大人気。さらにキャラクター「クマムシさん」を展開して熱い支持を集めている(私は赤い「シャア専用クマムシさん」(非売品らしい)のぬいぐるみがめっちゃほしい)。ちなみに「クマムシさん」のtwitterアカウントはフォロワー1万人を超え、「おはくまむし むきゅーん♪」「しゅぷる しゅぷる」「かんみん なう。」などとつぶやいて、クマムシファンを萌え死にさせている。

実は高井氏の怒りは、クマムシそのものより、堀川氏に向けられると言っていいだろう。同じく高井氏の著書から。

しかしブログやらツイッターやらのコメント欄に、どうもうら若い女性たちの「堀川さん素敵♥ 、クマちゃん最強、きゃわうぃーねー♥」みたいなニュアンスのコメがたくさん載っているのを見た瞬間、ワタクシの心の闇に「堀川許すまじ!クマムシ許すまじ!」の黒い情念がゴッゴッゴッと湧き上がり、それはもはや止められるようなものではなかったのです。

すなわち嫉妬、である。ちなみに堀川氏は自身のブログで「本書やtwitterでの発言から、高井氏はかなりの女性好きであることが伺える。クマムシや私に対するライバル意識は、女性からの注目を集める我々に対する嫉妬心が源となっているようだ」と実に冷静に対応し、高井氏の黒い情念に燃料を投下している状況だ(尚、イケメン堀川に敵意を燃やす者は他にもいる)。

嫉妬に駆られた高井氏は、クマムシに関する論文を読み込み、クマムシと極限環境微生物を比較し、極限環境微生物が圧勝していることを示す表まで作成し、勝手に溜飲を下げているが、これに対し、イケメン堀川は「この表はフェアではない」とクールに反論している。

ここで、高井氏の表にならって、クマムシvs.極限環境微生物ならぬ、堀川vs.高井の「モテスペック」比較をしてみよう。

堀川大樹

'78年生まれのイケメン。カリフォルニアはバークレーにあるNASAエイムズ研究所を経て、フランスの華の都パリ、エッフェル塔からメトロで10分ほどに位置するパリ第5大学国立医学研究機構所属。

高井研

'69年生まれのおっさん。農学部水産学科を出て、神奈川のはずれの日産の工場のほど近く、京急線の難読駅「おっぱま」駅から住友重機械行きのバスに10分ほど揺られた場所で、潮風に当たりながら研究生活を送る。

どうだろうか。若干書き方に悪意がないこともないが、どちらかが圧勝しているような気がしているのは私だけではあるまい(なんだかJAMSTECそのものを敵に回しそうな書き方ですが、そんなことないっす。愛してます、JAMSTEC)。

そして本書である。先日、私の仕事仲間の青年が、本書をパラパラとめくり、ひとことこう言った。

「堀川さんの助手がかわいい」

そうなのである。ここに写真を掲載できないのが残念だが、スポイトやピペットを顔の前にかざしている写真など、彼女の顔をアップで捉えんがための構図であるのではないかと邪推してしまうほどだ。この写真を見た「かなりの女性好きである」高井氏はおそらく膝から崩れ落ち、その黒い情念はさらにゴッゴッゴッと沸き上がっているに違いない。私はこれらの「助手」さんの写真も、高井氏(および前野ウルド浩太郎氏)の情念をいっそう燃え上がらせんがために敢えて掲載されたものではないかと想像している。写真の背後から堀川氏の高笑いが聞こえるようでもある。

そんなふうに、黒い情念が燃え盛るさなか、そんな二人のナマ対決、すなわち堀川vs.高井 クマムシvs.極限環境微生物のリアルな戦いを見ることができるイベントが9月25日にロフトプラスワンで行われるらしい。詳しくはこちらから

尚、私(おっさん)は言うまでもなく同い年生まれの高井研を応援している。

と、ここまでの流れ、はからずも完全にステマ、というか単なる宣伝みたいになってしまった。ただし、私は高井、堀川両氏と面識があるわけでもなく、別にお金をもらっているわけじゃないのでご容赦を。あとからお金を頂けるのならそれはそれで拒絶はしませんが。

さて、本の内容をまったく紹介していないことに今気がついた。実は、本書、クマムシのことは最初の方にしか出てこない。残りの部分は、端的に言えば、なんだかむちゃくちゃ面白い生物科学エッセイ、である。

ネットでも話題となった「みんな納豆菌を甘く見ない方がいい」という論考で「納豆菌=宇宙生命体説」を展開したり、「クマムシくん」のキャラクタービジネスで大富豪になった(嘘)ゆえか、二匹目のドジョウを狙って「アイピーエスさい坊」くんなる極めて雑なキャラクタービジネスの展開を山中伸弥先生に提案したり、噂のサバクトビバッタ研究者前野ウルド浩太郎の変態っぷりを暴露したり、アメンボのオスがメスと無理やりセックスするための姑息で鬼畜なやり方を紹介したり、とかなり自由自在だ。とはいえ、ただふざけているわけじゃない。「アイピーエスさい坊」くんだって研究費をめぐるリアルでまじめな話に繋がっているし、最新の科学トピックを読者に引きつけつつ紹介する話術も実も巧みでわくわくする。さらには『ジョジョの奇妙な冒険』の27巻と28巻を使った英語勉強法なんていうのも。『「ジョジョ」に学ぶ会議に役立つ英語表現』とか、別途本になったら買ってしまうそうだ。

本書を読めば、クマムシを捕獲&飼育できるようになるばかりではなく、堀川氏の巧みな筆致に誘われてちょっとヘンで魅惑的な研究の世界に読者は引き込まれることになる。さらにサバクトビバッタのウルド氏以外にもフジツボ研究者の倉谷うらら氏やイケメン天才サイエンティストの荒川和晴氏など、ファンキー&ディープな研究者たちも登場し、ヘンな生き物&ヘンな研究者の世界がぐっと広がる。このくそ面白い研究者たちのネットワーク、日本における「科学研究の未来」に繋がるもしれないとも思いわくわくしてしまうのだ(本には収録されていないが、堀川氏のブログにはナウシカのメーヴェを実際に作ってしまった八谷和彦氏やHONZ朝会にも出ていただいた堀江貴文氏なども登場している)。

ということで、本書を気に入ったらぜひ堀川氏の有料メルマガ「むしマガ」にも登録してみてほしい。と、またステマ風になってしまったが、「むしマガ」の購読料もクマムシ研究に使われる。助成金に頼らず、自らの力で研究資金を獲得していくと同時に、研究者自身が直接普通の人たちとコミュニケーションしていく仕組みを構築していこうとする試みを心から応援したいのだ。堀川氏の試みから、普通の人たちが科学者を直接支援してひとつの研究が推し進められていく、という「未来の研究の形」が見えてくる気がするのである。

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クマムシ?!―小さな怪物 (岩波 科学ライブラリー)
作者:鈴木 忠
出版社:岩波書店
発売日:2006-08-04
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クマムシブームの火付け役 鈴木忠先生の本。

堀川氏の本では、本文のみならず、帯にも登場するハダカデバネズミ。歴史に残る名著です。成毛のレビューはこちら。

フジツボ―魅惑の足まねき (岩波科学ライブラリー)
作者:倉谷 うらら
出版社:岩波書店
発売日:2009-06-24
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こちらも本文で触れられている倉谷うらら先生の本。

なお、上記3冊の岩波科学ライブラリーは同じ編集者の手によるもの。一般向け生物学の本の流れを変えたとも言える天才編集者であろう。早く同編集者の手による新しい本が読みたい!

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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