『納豆に砂糖を入れますか?: ニッポン食文化の境界線』文庫解説 by 久住昌之

新潮文庫2013年10月08日 印刷向け表示
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納豆に砂糖を入れますか?: ニッポン食文化の境界線 (新潮文庫)
作者:野瀬 泰申
出版社:新潮社
発売日:2013-09-28
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我々は、なんでこんなに熱く食を語るんだろう?

野瀬さんとは、何度か酒を飲みながらお話をさせていただいたことがあり、いつか一緒に本を作ろうと言いながら数年が経っています。

前の『天ぷらにソースをかけますか?』も、大変面白く読ませていただきました。

天ぷらにソース、というのは最初やっぱり「うっそ~」と思ったけど、その本を読んでいくうちどんどん納得してしまった。「なーるほど、それもありだな」。ボクは、ものわかりがいいのです。

納豆に砂糖というのも、ボクが初めて聞いたのは、岩手の人からだ。

その人は恥ずかしそうに、

「ウチの方って納豆に砂糖入れて食べるんだよねー」

と言ったんだけど、ボクは即座に「え~~~~?」って、絶対嫌な顔をしたと思う。

でもその後、納豆に少量の砂糖を加えると、納豆菌が活性化され、一気に粘りが出てすごく糸を引くようになると聞き、ナルホドナルホドと納得。

さらにこの本を読んで、砂糖を入れる県は北に多く、それは気温が低いから納豆菌が活発でないためだろうという調査結果に、なるほどなるほどと納得。

ついでに、市販の納豆に入っているタレには砂糖が入っていると読んで、ナルホド、だからボクはタレが嫌いで、捨てて醤油で食べているのかと、大いに納得。

モノがナットウなので、ナットクが過ぎて、ちょっとナットーク疲れしてしまった。

日本人って、ほんっとに、食に関して細かい。

こんな小さな島国なのに、地方によって、同じものの食べ方がこんなに違う。

しかも、そのことで、夫婦が深刻な仲違いをしたり、悩んだりしている。本気で。

こんな国、世界にあるだろうか。 

たとえば韓国でキムチの作り方の違いがあって、他人の作るキムチがどうしても嫌だ、というのはあるだろう。

でも、ここまで食全般にわたって、地方による食べ方の違いがあるのは、おそらく日本が世界で1番なんじゃないだろうか。

外国人の友人に聞いた話だが、一般家庭に、洋食器(皿やスプーン)と和食器(碗わんや箸はし)と中華食器(ラーメン丼どんぶりやレンゲ)が、全部揃そろっているのは、世界で日本だけだという。たしかに、そうかもしれない。貧乏学生でも、ラーメン丼と箸とスプーンぐらいは持っている。

そして、毎日、同じようなものを食べている気がするけど、ラーメン、カレーライス、スパゲティ、ハンバーガーと、全世界の料理をかわるがわる食べている。果たしてこんな国はあるだろうか?

たとえばアフリカには、一生、数種類の料理しか食べないで終わる国もあるのだ。

ボクはマンガ「孤独のグルメ」(絵・谷口ジロー)と「花のズボラ飯」(絵・水沢悦子)と「食の軍師」(絵・和泉晴紀)の原作を担当している。でも食べ物ネタは尽きることがない。和食、洋食、中華、エスニックに、創作料理。いくらでもある。

「美味しんぼ」(作・雁屋哲/画・花咲アキラ)は、単行本110巻、「クッキングパパ」(作画・うえやまとち)は124巻ですよ!

食い物のことだけで、こんなにひとつの話が続いていて、しかもこれだけ国民に売れているマンガシリーズは、絶対に日本にしかない。

テレビつけたって、今や毎日朝から晩まで、食べ物のコーナーが無い日は無い。

なんなんだろう、日本人の食に対する細かいこだわり。

日本人だって、たとえば縄文時代には、もっともっと遥かに少ない食材を、決まった食べ方で食べていたに違いない。

いつからこうなったんだろう?

たぶん、極東の島国で、知識や文化や新しい食材は、海を渡って大陸からいただくしかなかったために、それらを物凄く大事にしたんだろう。

文字もそうだった。最初は中国から渡ってきた、漢字しかなかった。そこから工夫して、平仮名や片仮名を作ったのだ。 

日本にない食材や料理は、たいてい海外から入って来たのだろう。それを日本人は、物凄くありがたがり、独自の工夫に工夫を重ねて、自分たちの食料として定着させた。そして、さらに時代とともに、進化・混合させた。 

たとえば大根。この我々の慣れ親しんだ食材も、日本にはなかった。大根はもともとアブラナ科の植物で、地中海沿岸に生まれ、シルクロードを経由して、日本に渡って来た。

これを日本人は品種改良して、練馬大根、三浦大根、聖護院大根、守口大根、桜島大根などにしたのだ。大根の種類では、今日本は世界一だそうだ。

さらに、この大根を使って、タクワン・千枚漬け・べったら漬け・さくら漬け・つぼ漬けなど数々の漬け物、おでんやブリ大根・イカ大根などの煮物、大根おろしとして、焼き肉・焼き魚・玉子焼き・蕎麦などの薬味、味噌汁・けんちん汁・豚汁などの汁物、さらに大根サラダ、大根ジュース、大根の皮のキンピラ、切り干し大根と、もはや無限と思えるほどの料理に活用している。 

なんだろう? この我々の食べ物に対する、馬鹿じゃないかと思われてもしかたないほどの探求心と研究と工夫。

モロヘイヤという食材がある。これはもともとエジプトの植物で、日本に入ってきたのは1980年代だ。 

ボクが初めて食べたのは、実家にいる高校生の頃で、母親が湯がいて、細かく叩いて、カツオブシをふって、醤油をかけて混ぜて、温かいご飯にのせて食べた。なんて美味しいんだろうと思った。すでに実に日本流の食べ方だ。

モロヘイヤはすぐに日本中に普及して、モロヘイヤ蕎麦や、モロヘイヤスープ、モロヘイヤの天ぷら、モロヘイヤ丼、モロヘイヤパンやモロヘイヤクッキーにもなった。 

ところが、原産国エジプトでは、何千年もモロヘイヤはスープでしか食べていない。スープにするために細かく刻む、専用の三日月型包丁を、新聞で見たことがある。何千年も、モロヘイヤは同じ作り方のスープだけで食べてきたのだ。

日本はわずか数年でクッキーだ。しかも、さる企業のエジプト支局の人が、モロヘイヤクッキーをエジプトの人にあげたところ、とても美味しいと喜ばれたそうだ。 

エジプト人は、食に対する向上心がない、ですむ話だろうか? 

この本を読んでいくと、一般の人々が、いかに様々なこだわりを持っているかがよくわかる。そして、食べ物を語る時、時には嘆き、時には怒り、時には喜びにうち震えるなど、感情を剥むき出しにしているようすが見える。インターネットという、匿名性と気軽さ、レスポンスの早さの特性によって、それが生き生きと現れている。

そこの舵取り、新たな方向への議論の運び方、展開の仕方、まとめ方は、さすが野瀬さんだと思います。

実は、野瀬さんには苦手な食材がいくつかあって、ボクは同じ食べ物のことを書いてる者として、ちょっとビックリなんだけど(ボクはほとんど好き嫌いはない)、だからこその食べ物に対する感情の痛みもわかるんじゃないだろうか、なんて思ってしまう。なんでも好きだとドンカンにもなりやすい。

最後の章で、野瀬さんは糸魚川~静岡構造線を旅していて、心底羨やましいなぁと思った。あるひとつの興味を持った旅ほど面白いものはない。それで日本海から太平洋へと日本列島を食堂やスーパーをのぞきながらジワジワ横断するなんて! 特産品の御馳走を食べに出かけたり、名所旧跡を訪ねて回るより、ボクにはずっと魅力的だ。

土地土地の普段の生活に入り込んで、そこから日本全体の食べ物を見渡す。やっぱり野瀬さんは新聞社の人だな、ジャーナリストだなぁ、と思う。でも、それで結論日本の食はこうあるべきとか、日本も昔はよかった今はダメとか、日本の食の未来はどうなんでしょうとか、そういうまとめが全然ないところが、ボクは大好きで、いつでもまた酒を飲みながら話したくなるんです。

今度は野瀬さんの出身地の福岡・久留米で、ぜひ一献かたむけたいと思います。久留米弁で語る野瀬さんの話は、もっと面白そうだ。

(平成25年8月、マンガ家・ミュージシャン)  

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