HONZ活動記-『飲んだビールが5万本!』をとりあえず試してみた

栗下 直也2013年12月20日 印刷向け表示
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飲んだビールが5万本! (とつげき! シーナワールド! ! 1)
作者:
出版社:本の雑誌社
発売日:2013-12-02
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この雑誌に出会った日が悪かった。金曜の昼過ぎ、アポイントメントまで時間があったのでJR御茶ノ水駅前の丸善書店に入ったところ、「おい、こっちをみろよ」といわんばかりにノンフィクションコーナーになぜか鎮座していたのでつい手に取ってしまった。『飲んだビールが5万本!』。雑誌だが1470円もするので、装丁はしっかりしている。作家の椎名誠が仕掛けた雑誌で、今号が創刊号。東京でビールがうまく飲めるオススメの店やコンビニで買えるおいしいつまみなど実用的な内容もあるが、面白そうなのは著名人を中心とした酒飲みエッセイである。タイトルだけでわくわくする。椎名誠「世界のあちこちでこんな酒を飲んできた」、野田知祐「ぼくはいかにしてユーコンの川途中、断酒することに失敗したか」、東海林さだお「ビアホール考現学」、杉江由次「楽しいのはお前だけだ。」などなど。天野哲也「デブに不思議のデブなし」などこのラインナップでは意味がわからないだけに余計に読みたくなる。 

「いつか買っちゃうんだろうな、ただアポもあるし、即座に買わないといけないものでもないなー」と思いつつ、ページを捲っていると、「男ひとり旅でどれくらいビールが必要か」という企画が目に飛び込む。特別、不思議な企画ではない。一人旅のかたわらビールをひたすら飲む企画である。地味である。おそらくこの雑誌の中で一番地味である。地味であると思いながらも全力で取り組んでいるとこちらも試したくなる。「子供か!」と突っ込まれそうだが、試したくなるものは仕方がない。それでも、いつもなら「ふーん」と棚に戻しただろうが、繰り返しになるが、日が悪かった。その晩、私は家族が住む京都に行くことになっていた。当然、一定の時間、電車に乗る。「これは、神が私に与えた試練か。いやすぐに試せというチャンスだろ。買った!」と単細胞な私が思うに数秒もかからなかったのはいうまでもない。ただただ車中でひとりで酒を飲み続けるだけなのだが、私は「すげー、この企画すげー、それをやっちゃう俺すげー」と1人鼻息を荒くしたのである。酒を車内で一人寂しくただ飲むだけなのに。もはや、そうなると私の頭の中は日が高いというのに新幹線で酒を飲むことしか考えられない。その後のことは覚えていない。仕事はした(と思う)が、頭の中はずっと酒を何本買えば良いのか、何本買うのが適切か、この企画すげー、俺すげーの繰り返しである。

頭が無意味にフル回転を続け、気付けば、新幹線の改札を通った後の売店で「うーん、うーん」と悩んでいた。企画ではビールを8本買っている。著者が旅した東京ー千頭駅間は6時間。一人旅6時間で8本が多いのか少ないのかわからないが、道中の小田原駅までの1時間30分で3本飲んでいる。私の場合、東京ー京都は約2時間20分。間をとって5本か。京都に着いたら子守をしなければならないし。5本飲んで大丈夫かな。いや、でも5本は飲まないと企画にならない。よし、5本だ、よっしゃー5本だとその時は意気込んでいたが、今、このように字にすると5本は非常に微妙である。雑誌のタイトルが5万本なのに、私の手元は5本。『新幹線で5缶飲んだ男』。だからどうした。企画としては、飲めなくても10本買うべきだったのでは。何だか中途半端な私の人生を象徴している。

とはいえ、この企画の再現は楽勝かと思われたが、思わぬ敵が存在した。金曜の夕方は新幹線がサラリーマンで非常に混んでいることをすっかり忘れていた。仲間とわいわいならば軽く飲めるかもしれないが、この重々しい雰囲気の中で「プシュ」、「ゴクゴク」、「プハー、うめー」を5回繰り返すことができるのか。

「プハー、うめー」以外に乗り越えなければならない壁もある。写真を撮るのが大変恥ずかしい。企画にするには写真は必須だが恥ずかしい。遠足のバスでお漏らししちゃうくらい恥ずかしい。自意識過剰かもしれないが、座席の前のテーブルに並べて、写真を撮っていたら「このひと、ひとりでお酒を5本も並べてにやにやしているけど大丈夫。さびしい人」と思われかねない。せめてもの救いは真隣の座席の人がまだいなかったことだが、通路を挟んで隣の2人組がこちらを見ている気がする。より詳細に状況を説明すると、新幹線の座席の3人掛けの窓側A席とB席が2人掛け通路側D席の私を見ているのだ。AとBは私のテーブルの勇ましい5本の缶が気になるらしい。ためしにスマホで「カシャ」と撮ってみる。絶対、見られている。耐えられないから「ああっ、こんな仕事、俺にふらないでほしいよな」とつぶやいてみる。「これって仕事なんだよ、仕事」という雰囲気を醸し出すが、こちらを見ながらひそひそ喋りだした。「それが仕事って、どんな仕事だよ」とでも思われているんだろうか。渾身の一撃だったはずが完全に裏目である。厳しい船出である。写真を撮り終えた後、気付いたが缶を置く場所がないし。この体勢のまま京都まで行くのは辛すぎる。

やぶれかぶれである。たとえ1人でも私には柿ピーナツ、ちくわ、サラミスティックという三種の神器がある。いける。いける。実際、出発3分前だが、隣の席はこない。酒さえ飲めば、通路を挟んだ向こう側は私には関係ない世界である。よーし、行くぞー、かけ声十分にエビスビールの缶のプルを起こして、写真をチェックしたところ、大きな間違いに初めて気付いた。言葉を失った。雑誌の企画は「男ひとり旅で、どれくらいビールが必要か」。それなのに、こちらの手元にはハイボールとストロングダブルが混じっている。

あれだけ昼間から本数を気にしていたが、逆に本数にばかり意識がいってしまい、いつものノリで飲みたいものを好きに買ってしまった。「ビールを飲み続ける企画」、まさかの東京を発たずにして頓挫である。アルコール度数はこっちの方が高いけどそういう問題ではないか。これでは車内でニヤニヤしながら酒をひたすら飲んでいる人に過ぎないではないか。ただ、企画の大儀が失われると思うと急に恥ずかしくなくなるから不思議なものだ。開き直ったら、品川駅に着くまでにビールを一缶飲み干してしまった。

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