ナニコレほしい!『侍達ノ居ル処。』

土屋 敦2014年03月13日 印刷向け表示
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野口哲哉ノ作品集 「侍達ノ居ル処。」
作者:野口哲哉
出版社:青幻舎
発売日:2014-02-26
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斜練家は、その開祖である斜練常陸介隆昌、旧姓桐野隆昌が、円保5年の文燕之役での戦功を認められ、主君からシャネル・ブランドのハンドバッグとともに、斜練姓と紋を許されたことに始まったそうである。

残念ながら、実在の武将ではなく(当たり前か)、現代美術作家・野口哲哉の立体作品である。細部の質感まで見事に表現された甲冑、絶妙かつビミューな表情、「シャネル」ロゴ配置の洗練されたセンス、作品の背景として創作されたストーリーの面白さ、そして、人間の肉体そのものの、滑稽さを伴うリアルで生々しい表現。もう最高だ。題して「シャネル侍着甲座像」。私自身、4年ほど前に表参道のスパイラルでの展覧会で見て、心を撃ち抜かれた作品でもある。尚、言うまでもないと思うが、姓の「斜練」は「しゃねる」と読む。

本書は、リアルな武士像と現代的な妄想がないまぜになった作品を作り出す、野口哲哉の初の作品集だ。例えば、下記の武士、戦いのあと、兜と臑当をはずしてほっと一息ついているところだろうか。

写真を拡大  Red Man

赤い鎧兜は辰砂を用いた高級品である。この武士も、武田信玄の最強部隊「赤備え」に代表されるような精鋭である可能性が高い。武士の表情から立ち現れるいやらしいエリート感と赤いソファーが見事にマッチし、超リアルなすね毛が作品のアクセントになっている。このあとシャワーを浴びてバスローブに着替えてブランデーをくるくるするに違いない感に溢れた秀逸な作品である。

さて、上記2点のような、樹脂などを使って細部まで表現された武将像が何より野口の代表的な作品であろうが、実は絵もかなりすごい。というかおもしろい。

写真を拡大  着甲武人猫散歩逍遥図   

戦場で猫を散歩させている武将である。戦国武将にも愛猫家はいるだろう。戦場に連れて行きたい、と思うかもしれない。戦場で自由にさせるわけにもいかないから、紐をつないで散歩させていたのではないか、そしてその際に特注した猫ちゃん用の鎧兜を着せても、まったく不思議ではない(いや、不思議だろ)。そんなふうに戦国武将の気持ちを想像するうちに、その想像力(あるいは妄想)がかなり現実から遠いところまで来たあげく、それをもう一度、リアルな表現に落としこむ。これこそが野口作品の魅力である。

尚、ここで注目すべきは武将の「猫耳」つき兜だ。これも創作だと思うかもしれないが、実際に存在する松平信一「黒漆塗本小札三葵紋柄丸胴具足」の兜に非常によく似ている(実際にはみみずくを模した兜と言われているが)。

現実にはありえないシュールな野口作品を、不思議と違和感なく受け入れてしまうのは、野口自身が戦国時代に非常に造詣が深く、また同時に戦国時代の武将たちの実際の鎧兜の中に、想像力のはるか上をゆくものが多数あるからかもしれない。

例えば野口は、美しい鯰型兜なども創作しているが、現存する前田利長の鯰形兜のほうが逆にフィクションのような長さで、現代作家の創作ではないかと思うほど。戦国時代の変な兜を集めた『変わり兜』という本があるが、本書と合わせて読めば、「野口さん、すげえ」と思うと同時に「戦国武将、ヤバイ」と、心底感心し、野口の戦国時代への深いリスペクトを感じることができるだろう。

ちなみに、『変わり兜』に解説を寄せている戦国軍事史の専門家・藤本正行氏は、本書にも寄稿している。まったくの創作である野口作品に専門家がお墨付きを与えたとも言えるのではないか。なお、藤本氏によれば、野口本人による(架空の)作品解説(それ自体が作品にもなっている)には、現代の甲胄の研究に絶大な影響を与えた山上八郎著『日本甲胄の新研究』のパロディになっているものがある(本書の54-57ページにも掲載されている)。文体はもちろん、独特のレイアウトや書体にいたるまで巧みに真似ていて、藤本氏は「パロディの典拠が理解されなければ徒労に終わるはずのこの制作に全力を傾けた情熱に感動」したという。

さて、ここでまた作品に戻ろう。作品同士の連関も野口の創作の面白さのひとつである(実は「シャネル侍」も何点かの連作になっている)。例えば上記の「猫散歩逍遥図」(この逍遥図というタイトルは、安土桃山時代に好まれた画題・松鷹図のもじりかもしれない)で言えば、実際に猫用兜や猫用鎧の立体作品もあるのだ。

また、「Rocket Man」をモチーフにした一連の作品群がある。ここで写真は紹介しないが、まずは、背中にロケットを背負った武将「Rocket Man」という立体作品があり、さらに彼が飛翔している姿が描かれた板絵がある。そして、「Rocket Man」たちやタケコプターめいたものを取り付けた武将たちが空中に浮遊して隊列を組んでいる大きな屏風絵もある。ここまででも十分に魅惑的なのだが、私の心をさらに捉えたのは、こちらだ。

写真を拡大
Rocket Man hommage to minitature model

「Rocket Man」をさらに小型化&模型化し、丁寧にパッケージまで制作しているのだ。このパッケージに書かれた「Rocket Man」も実にそれっぽくていい。それにしてもなんなんでしょう、この一部のマニア(私)の所有欲を絶妙に刺激するこの作品は。この模型、まじで欲しいです。


所有欲を刺激するといえば、下記の作品もかなりものものだ。戦国武将の兜といえば、私は虫を思い出す。特に、本来の目的を逸脱してド派手な飾りのついた兜を見ると、真っ先に「過度適応」という言葉とチリクワガタの姿が浮かんでしまうのだが、そんな虫好きにぐっとくる作品群があるのだ。

写真を拡大  二人の清正

 ちっちゃーい加藤清正の"昆虫"標本です。この標本シリーズは他にもいろいろあり、見ていると、全部コレクションしたいぐらいに気持ちが高ぶってくる。

さてさて、まだまだ紹介したい作品があるのだが、そうもいくまい。
実は、本書は4月6日まで東京練馬区美術館で行われている野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑ー(4月19日からアサヒビール大山崎山荘美術館にも巡回予定)のカタログにもなっている。ぜひとも実際に作品を見て、ありえないの妙に生々しい、小さな武士たちの不思議な世界を体験していただきたい。

というわけで、よろしく。 

写真を拡大  ポジティブ・コンタクト

(写真は編集部の許諾を得て転載しております)

かいじゅうたちのいるところ
作者:モーリス・センダック
出版社:冨山房
発売日:1975-12-05
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