『悪い奴ほど合理的』 世界を少しずつよくするために。

麻木 久仁子2014年04月24日 印刷向け表示
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悪い奴ほど合理的―腐敗・暴力・貧困の経済学
作者:レイモンド・フィスマン
出版社:エヌティティ出版
発売日:2014-02-24
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時代劇が好きで、よく観るのだが、『神谷玄次郎捕物控』(NHK BS時代劇金曜午後8時)を観ていたら「おっ?」と目を引くシーンがあった。

探索中の定廻り同心・神谷が、事件とは何の関わりもなさそうな某藩上屋敷に入っていくので何かなと思いきや。三宝に載った袱紗が出てきて、開けてみれば黄金色。それを神谷は悪びれもせずしれっと受け取って懐に入れる。江戸詰めの藩士が町人と揉め事でも起こしたときに、内々に事を収めてもらえるように、との趣旨である。

こうした金のやりとりのシーンがあるときは、たいてい「この人物はやさぐれてますよー」という表現だったりするのだが、このドラマでは特に意味を持たせることもなく、というかありふれた日常の一コマとして描くというのが珍しいなと思いながら観ていた。

なにしろこのころは「付け届け」なんぞは当たり前なのである。江戸百万都市の治安を与力50騎同心200人の少人数でなんとかするのだから、金も含めた様々なしがらみと繋がりがイザというときものを言って、揉め事を回避したり、ものごとを丸く収めるのである。

いっぽう平成のトウキョウには43000人の警官がいるが、所轄区域のお屋敷から金を受け取って回ったり、便宜をはかったりする警官はいない。いたら大問題、大変な不祥事としてニュースネタになるのは間違いない。警官がワイロを受け取るのが当たり前という国は現代でもいくつもあるが、日本の警官は受け取らないのが自慢です。受け取るのは悪徳です。ばれたらクビです。

さて、金を受け取る江戸の同心は、決して貰わないトウキョウの警官に比べたら、「腐敗している」のだろうか。江戸の社会は腐敗と堕落に満ちているのか。

現代でもワイロが潤滑油とばかりに警官が小金を受け取る国は多いが、かの国の警官は日本の警官に比べて道徳心に欠けるのか。

同じ行為が国によって、時代によって、当たり前だったり不名誉だったりするのはどうしてなのか。正義が混沌を呼び込んでしまったり、腐敗が奇妙な安定をもたらしたりするのはどうしてなのか。

これらは単に文化・慣習・道徳の問題なのか?

本書は二人の経済学者が、世界中にあふれる「腐敗・暴力・貧困」について、どんな経済的メカニズムで動いているのかを、文化・慣習・道徳のベールをかき分けて、探偵のごとく探っていこうとする本である。

社会の表層では様々に雑多な出来事が起こっている。が、善行であれ腐敗であれ、人の営みと金や物の動きは切っても切り離せない。そこに解消しがたい根深い腐敗があるとするのなら、そこにはそれを合理的に支える経済システムが動いているのに違いない。それを解き明かすことは、腐敗や違法行為などと戦う方法を導きだす上で大いなるヒントを与えてくれるだろう。

彼らのこうした問題意識の基盤は「途上国に対するこれまでの国際援助が、なぜこれほどまでに失敗したのか、多額の資金を投入しても貧困等から脱却出来ないのはなぜなのか」というところにある。「今度こそうまくやる」ために、もう一度状況を分析しなくてはならないというわけである。まず腐敗に対処すればあとは自ずと経済成長するはずという論と、いや先に経済成長してこそ腐敗をなくすことができるのだという論の、いわゆる鶏が先なのか卵が先なのか論争を脱却して「より良い現実世界の回答」を求めようとする試みだ。

さあ、そうはいうものの「腐敗」を経済的に分析するのは難しい。「今年のワイロ総計」とか「国別の不正なキックバック率」とか、そんな定量的なデータは無いからだ。そりゃあそうですよね、入札で決めるわけじゃないし。ワイロはアンダーグラウンド。無申告。阿吽の呼吸。闇の取引。

しかしそれでは困る。どうしよう。

ということで、あの手この手で経済探偵が探りを入れる。

僕らの主要目的は腐敗・暴力・貧困の因果関係問題の複雑さを、話術ではなく冷徹で確かな事実を使って理解することにある。〜政策決定のベースを、イデオロギーではなく合理的な分析におくことにある

僕らが使う経済的な探偵のブランドは〜シャーロック・ホームズに近い

探索の舞台はバラエティに富んでいる。

たとえばインドネシアの30年に及ぶスハルト政権下で。大統領の親族・関係者によるあらゆる腐敗と富の独占が横行しながら、同時に経済成長を成し遂げられているとき、ビジネスの価値はどこまでがコネの力でどこからが実力なのかを、大統領の息子が所有する会社の株価の動きと、スハルトの健康状態との関連を詳細に分析することで数値化する。

スハルトが健康診断にいくだけで株価は上がったり下がったり。で、答えを言ってしまえばスハルト政権下のコネの総価値は会社の価値の25%であった。ちなみにアップルがiPhoneを発表したとき、株価は8%上昇した。iPhone3回分かあ。

タンザニアにはメアトウ地区というところがある。なんとここでは通報のあった殺人事件の半数が「魔女殺し」なのだという。これはもちろんタンザニアの宗教的信条に根差すところが大きい。なにか災いがあればその原因は魔女の呪いであり、だから魔女を見つけて殺さなくてはならないというのだ。

しかし仔細にみていくと、魔女狩りには経済的法則が見えてくる。犠牲者はほぼ全員が絶望的貧困家庭の年配女性で、しかも悪天候で農業所得が激減した年に圧倒的に多い。家庭内経済が破綻に瀕したときに歳を取り生産性の低い女性を見捨てる言い訳として機能している可能性がある。

アンゴラやコンゴでは、子供が魔術使いの非難を受けて放棄されることがあるが、これも同じく、生きるか死ぬかの危機的状況における弱者からの経済的収奪という本質を、宗教的な習俗がおおい隠しているのかもしれない。

ところで「腐敗の文化」は氏か育ちか。

それを探るためには、国連加盟国の外交官が集まる町、ニューヨーク市における外交官たちの駐車違反をデータ化する。外交官特権に守られて、交通違反を犯しても罰せられる心配の無い、有り体にいって「止め放題」の外交官たちは、「ちょうどいい駐車スペース」を見つけることが困難な町・ニューヨークで、交通ルールを守るのか守らないのか。法令遵守の傾向は、それぞれの外交官派遣国の腐敗「文化」とリンクするのか。

実は、外交官を起訴することは出来なくとも、ニューヨーク市は外交官の交通違反を詳細に記録している。違反の正確な時刻・位置・氏名・国籍、そして罰金の未払いがわかる。そこで1997年から2002年の5年間のデータを整理し、駐車違反に関する「恥の殿堂ランキング」を作成、それと外交官の本国の腐敗度を照らし合わせていくのである。

すると意外な一面が浮かび上がってくる。腐敗度の高い国の外交官はやはり駐車違反が多いのだが、それだけでは説明のつかないケースがあるのだ。さてどう読み解くか。どうやら国家アイデンティティや愛国心の強弱が関係してくるらしいが…。われらがニッポンの外交官のお行儀は如何であったかも含めて本書を読んでほしい。

この他、中国の密輸の規模を公開データからそうやって導きだすか、ケニアで道路建設におけるワイロをもっとも抑制したのは外部のチェックか共同体の相互監視か等々の事例が次々に出てくる。客観的データが示す事実を積み上げることによって、偏見や思い込みのウロコが一枚一枚落ちていくのが実に面白い。「事実」の強さを感じるのである。

そして読後には、こうした真摯な分析を心底必要としている人々の存在を思わされた。いまこのとき、貧困に喘ぎ苦しみながら対抗する手だてを見いだせない夥しい人々と、援助に文字通り命をかけて取り組んでいる人々の存在だ。

世界は容易には変わらない。絶望的なまでに変わらないことも多い。それでも、様々な分野で丁寧に事実を積み上げ、それに基づく知見に立てば、きっと少しずつでも事態を改善していくことに繋がるに違いないという希望を感じさせる一冊である。

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