『カウンセラーは何を見ているか』 - 常套句の罠、共感という欺瞞

内藤 順2014年05月11日 印刷向け表示
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カウンセラーは何を見ているか (シリーズケアをひらく)
作者:信田さよ子
出版社:医学書院
発売日:2014-05-01
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いわゆる業界ものというジャンルは古くから存在するわけだが、まさに玉石混交の世界である。業界内の人間から見ると、どこか通り一辺倒な言及に留まっていたり、業界外の人間から見るとチンプンカンプンだったり。また、あるあるネタとして笑い飛ばして終わりなものもあれば、業界との決別を覚悟して”立つ鳥後を濁しまくり”なものまでと幅広い。

ところが昨今、その業界に蔓延する問題を、内外の双方に上手く訴求し、業界自体のバージョンアップを試みるような「マイルドな告発もの」が増えてきているように思う。我が広告業界では上梓されたばかりの『おざわせんせい』がそのような任を担っていると思うし、先日HONZにてレビューされた『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です』などもその一種であるだろう。いずれにしても業界の圏域を越えられるかということが、肝になってくる。

ケアをひらく」というシリーズ名の通り、本書もそういう役割を果たしうる一冊だと思う。そこで注目したいのは、どのようにして圏域を越えているのかという点である。カウンセラーという職業にどこか胡散臭さを感じているような人でも、著者による以下の定義を聞けば、引き込まれる部分もあるだろう。

カウンセラーとは、バーやクラブのチーママ、占い師、そして新興宗教の教祖を足して3で割り、そこに科学的な専門性という装いをまぶした存在である。

これをもう一歩踏み込んで説明すると、カウンセラーとは、精神科医やセラピストとは一線を画す職業のことを指す。「診察」ではなく「見立て」を行い、病理や症状の「治療」ではなく、問題や困りごとの「解決」を援助する。精神科の中に組み込まれている場合もあれば、独立しているケースもあり、著者は後者の部類に属している。


本書でひときわ目を引く、一ノ瀬かおる氏のイラスト
(左)「カウンセラー」を「そのまんま」っぽく演じる。そこにはいくつもの「キャラ」がある。
(右)クライエントによる感情の津波が襲ってきたときは、とにかく高台に避難せよ、とも。  

要はカウンセラーの仕事を、心の病を持つ人を相手にする特殊な仕事ではなく、「依頼主の課題をコミュニケーションで解決する」と捉え直しているところがポイントである。これだけで、多くのマスコミ人にとって他人事ではいられなくなるだろう。

そこから、依頼主と向き合う際のパワーバランスや取りべき距離感について解説していくのだが、日頃何気なく使っている常套句が早々に封じ込められてしまうから愕然とする。たとえば多くの営業マンが一度は口にしたことがあるであろう「結局、得意先が決めたことだからさ。主体は得意先だしね。」というような言葉。 これについては以下のように述べ、介入へと背中を押す。

「クライエントが主体である」と述べれば私たちも自己正当化できる。決め台詞をスローガンやお題目のように使うことで、クライエントのことを考えているように見えて、実はカウンセラーである自分たちを守っている。

ならば「共感」と「傾聴」でとことん分け入っていけば良いのかというと、そこは入り込み過ぎない。

そう、しょせん「他人事なのだ」。(略)

他人事だから聞けるのだし、経験がないからこそ精いっぱいの想像力と脳髄を絞り込むほどの知識と論理的思考力をフル稼働させて聞く。そうやってカウンセラーとして歩いてきた。はたしてそれが「共感」といえるのかどうか。

一見正しい言葉は、無意味なスローガンに過ぎないケースも多い。両サイドに存在する陥りがちな罠をクリアにすることによって向き合いの範囲をガシっと鷲掴みにし、その感覚がダイレクトに伝わってきて気持ち良い。これを完結にまとめると、以下のような刺激的な表現になる。

あからさまな強制によって外海に泳ぎ出てしまうより、「自分で選んだ」満足感のもとに生け簀の中で泳いでもらう。そして生け簀ごと、望ましい方向に移動させること。これがカウンセリングにおける独特の強制であり介入なのである。


(左)エクス・メド(脱医療の援助論)を構築しようと志す。
(右)クライエントの語りを、自分の手で加工し、正六角形の蜂の部屋に保存していく。

さらに興味深かったのは、「感情労働」という概念についてである。多くの人は世の中の仕事が、肉体労働と頭脳労働の二つに分かれると思っている。恥ずかしながら僕も、自分の仕事を頭脳労働の部類だと思っていた。だからこそ蠢く感情に翻弄されたり、実施の可否を左右されることを、アンラッキーな厄介事と捉え、フラストレーションが溜まっていくのである。

だが知的労働でいくら良い企画を考えても、それを実現するまでの営みは、まさに本書で紹介されている感情労働に該当するものであり、一見、知的労働のように思える仕事も大半は感情労働なのかもしれない。この概念をまずは知っておくだけでも、リソースの割き方が変わるという意味で有益であることだろう。そのうえで著者は、「感情」の特権化が生み出すリスクについて警鐘を鳴らす。

本書で繰り広げられる開けっぴろげな論考に、顔の見えぬ黒子が権威化するような時代は終わったんだなということを痛感する。いや終わっていないのかもしれないが、パワーバランスは常に入れ替わる可能性があるということだ。昨日まで受発注の関係だったものが、明日から競合相手に変わることなど、珍しくもない時代である。これを、カウンセラーとクライエントの向き合い方を通して実感することが出来る。

読みながら、自ずと著者に心理戦を挑みたくなるような部分があるだろう。だが残ったのは、同業者的敗北感であったことを白状しておく。 

<画像提供:医学書院>

申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。
作者:カレン・フェラン
出版社:大和書房
発売日:2014-03-26
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シリーズ化して欲しい一冊。『申し訳ない、冷蔵庫のヨーグルトを食べたのは私です。』とか『申し訳ない、風呂場にパンツを忘れたのは私です』とかいろいろ出来そう!レビューはこちら

おざわせんせい
作者:博報堂「おざわせんせい」編集委員会
出版社:集英社インターナショナル
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ビジネス書の9割はゴーストライター
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発売日:2014-05-25
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この本がどのような切り口で来るのか、注目している。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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