『メッシと滅私 「個」か「組織」か?』サッカーW杯をもっと楽しむために

栗下 直也2014年06月10日 印刷向け表示
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メッシと滅私 「個」か「組織」か? (集英社新書)
作者:吉崎 エイジーニョ
出版社:集英社
発売日:2014-05-16
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今週末に開幕するサッカーW杯。日本代表は辛くも前哨戦を勝ち、15日に初戦を迎える。ただ、W杯を迎えるたびに私のようなニワカは思ってしまうことがある。

 
なんだか日本代表も強くなりましたけど、海外の選手の方がうまそうなんですよね。歴然とした差があるようにみえるんですよ。
 
日本でサッカーがプロ化されて約20年。振り返れば顔に変な絵の具塗ってオレオレ言っていたのもたったの20年前である。急速に質が上がりすぎたがために、いまさら声を大にしていえないが、一部のサッカー通を除けば誰もがぼんやりと抱いているのではないだろうか。そのような、今更聞けずに変に聞いてしまうと海外に劣等感持っているダサイ奴と思われかねない疑問を解き明かすのが本書だ。メンタリティこそがプレーの違いを生み出す最大の理由と位置づけ、宗教との関係や歴史学者の阿部謹也氏の社会論を踏まえながらサッカーを通じた比較文化論を展開する。書店で山積みの戦術やフォーメーション論とは一線を画す内容だ。
 
タイトルに「メッシ」とあるが、これはスター選手であるアルゼンチンのリオネル・メッシを指している。だが、本書はメッシの本ではない。著者自身も「はじめに」でいきなり「メッシはほとんど出てこない」と認めている。完全にオヤジギャグに釣られて買ってしまったが読後には、絶妙なタイトルであると納得させられる。というのも、本書を貫くのは個が先か組織が先かという視点。「メッシ」は「個」を強く意識する社会で育ったプレーヤーの象徴として使っており、「滅私」とは言わずもがな、個を殺してでも組織で戦える日本(正確にはアジア)人選手を指している。
 
個か組織かの意見には、欧州こそフォーメーションの先端ではないかという議論もサッカー好きからは聞こえてきそうだが、著者はばっさり切り捨てる。戦術論の本場の欧州ではシステムは分かり合えない個人同士がピッチ上で合理的に動くためのツールであり、あくまでも個ありきであると説く。確かに彼らは常に主張しまくる。味方同士でもピッチ上で罵りあう。試合に出られなければ監督に直談判する。欧州に移籍したアジア人がまず直面するのがこうした自己主張の強さであることを本書は生々しいエピソードを交えながら紹介する。
 
こうした西洋とアジアの「文明の衝突」はサッカーに限らなければ、これまでも幾度と無く我々が目にしてきた議論である。だが、サッカーの現場でこうしたメンタリティの違いが何をもたらすかについた記した本は珍しい。
 
例えば、02年に韓国代表を指揮したルース・ヒディングは驚くべき現実に直面した。ヒディングはチーム通訳を通じて選手に指示していたが、ある時、ぎこちなさを感じたという。短く英語で伝えたはずの一文がどうも長くなっている。通訳が年上の選手には敬語を使っていたのである。
 
当時のベテラン選手、ホン・ミョンボに「ミョンボ、一歩前に出てパスを受けろ」という指示はこのように伝えられていたという。
「ホン・ミョンボ選手、パスは黙って立ってもらわずに、一歩前に出て受けて下さい」
 
その後、ヒディングは敬語の使用を禁じ、通訳は意を決してホン・ミョンボに敬語を使わなくていいかを尋ねる…。
 
「おいおい大丈夫か」と思ってしまうが、日本も笑ってはいられない。部活的メンタリティが支配的な日本では練習中に年上の選手にはきつく体をぶつけられないことは少なくなかったと本書では現役の複数の選手が証言している。試合中でも09年の代表戦で本田圭佑が中村俊輔にフリーキックを譲るように要求したことが話題になった。だが、海外では蹴りたかったら蹴らせろと要求するのは当たり前だし、何も言わなければ蹴りたいと思っていないと見なされるという。
 
とはいえ、滅私型のアジアのそして日本のサッカーが劣っているわけではない。長所もある。例えば、日本人やアジア人選手の多くはポジションを調整して、味方のミスや空いたスペースをカバーする。これは当たり前の考えに映るが、海外でプレーする日本人選手の発言からはアジアの特長であることが分かる。
「ここ(フランス)のセンターバックはね、基本的に自己責任で守っているんですよ。抜かれたらその人の責任だと考えている」(松井大輔)
「確かに、向こうのプレーヤーは各自が運だめしでプレーしているようなところがあるんですよ。(中略)守備のところでも一か八かのプレーが本当に多い。取ればスター、抜かれたら批判される、という」(酒井高徳)
「ここ(オランダ)では、サイドバックの自分はオーバーラップがなかなかできないんですよ。攻撃参加した分のスペースは自分で戻って埋めろ、という考え方なので」(イ・ヨンピョ)
 
本書は基本的に笑いながらも読めるサッカーを通じた比較文化論だが、最終章だけは日本代表について熱く語っていて前章までの流れを受けつつも若干それまでとトーンが異なる。現在は、日本代表は海外組が増え、欧州での体験と滅私型のメンタリティが混じり合って混乱を生み出していると指摘する。「日本のサッカー」というものに軸がないのだと著者は嘆く。メッシでも滅私でもいいが、混沌としていて方向性が見えないと。
 
問題は根深く、中田英寿や本田圭佑に見られるような強烈な個が持ち込まれてもそれを支える日本のサッカー界の土台である高校サッカーが滅私型の枠組みで動いている。全国大会の常連校レベルでも監督によるしごきや上級生の下級生へのかわいがりは今でも後を絶たないという。このような理不尽を生み出す背景にあるのは「個」の尊重の欠如だと指摘する。日本の縮図がここにはある。
 
とにもかくにも、ひとつひとつのプレーには理由があり、その背後には文化的背景があることがわかる。「大久保!」、「本田、打て!!!」と90分叫ぶ続けるのもよいけど、本書を読むとW杯の観戦の面白さが増幅することは間違いないだろう。
 
オレもサッカー「海外組」になるんだ!!!
作者:吉崎 エイジーニョ
出版社:PARCO出版
発売日:2007-03
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「サッカー海外組」を何故か目指してドイツに渡った著者。ドイツ10部リーグでプレーして受けたカルチャーショックが『メッシと滅私』につながった。

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