実録が現実を喰う!『映画の奈落』
北陸代理戦争の仁義なき場外戦

内藤 順2014年07月21日 印刷向け表示
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映画の奈落: 北陸代理戦争事件
作者:伊藤彰彦
出版社:国書刊行会
発売日:2014-06-02
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やくざ映画にドンパチはつきものである。だが、映画と全く同じシチュエーションで実際にモデルとなった組長が殺害されるーーそんなミステリーさながらの事件を引き起こした、前代未聞のやくざ映画があった。

映画『北陸代理戦争』は、”北陸の帝王”と呼ばれた福井川内組組長、川内弘をモデルにした「東映実録やくざ映画」である。映画と現実が連動し、シナリオが進行中のやくざの抗争に影響を与えたという逸話のインパクトは、他の追随を許さない。

この映画、様々な意味で曰くつきの映画と言われている。当初は、東映のヒットシリーズ『新・仁義なき戦い』の最終作として企画されながら、主演の菅原文太が降板したため、『仁義なき戦い』のタイトルを外される。撮影が始まるや否やトラブルが続出し、予告編に登場する渡瀬恒彦は事故のため映画に出演していない。挙句の果てが、俗に三国事件と呼ばれる事件での新聞沙汰である。

そして事件が起こるまでの経緯には「やくざ」と「映画」、畑こそ違えど二人の男の似通った境遇が大きく関与していた。映画のモデルとなった川内弘・組長の野心、そして脚本家・高田宏治の挑戦である。

川内弘は1977年当時、全国14県に支部を置き、400名の組員を擁する日本有数のやくざ組織であった。だが、山口組内で最も大きな勢力を誇る菅谷組の下部団体という苦哀を味わう中で、次第に親分格の菅谷政雄と反目し合うようになっていく。

一方で脚本家・高田宏治には、『仁義なき戦い』シリーズで名を馳せた脚本家・笠原和夫という超えねばならぬ壁があった。『仁義なき戦い 完結編』における脚本家の座を、笠原の降板という形で引き受けることになった当時、高田へ向ける周囲の目は冷ややかなものであったという。だが高田は持ち前の批評眼を活かし、新境地を開くために苦闘する。

その人を倒さんと男になれん、それが北陸やくざいうもんでね…… わたしはその人を倒いて男になった

『北陸代理戦争』の取材中、高田が川内のこの言葉を聞いて感銘を受けた瞬間、運命の扉は開かれた。『北陸代理戦争』がクランクインしたその日、川内は菅谷によって破門にされる。そして映画がクランクアップした日から約1ヶ月半後、まるで映画の襲撃場面をそのまま再現したかのように、川内は4人の男によって襲撃され、喫茶店のソファで射殺されてしまうのだ。

本書は、この映画がどのように制作され、そしてどのように三国事件にまで至ったかを、関係者の証言と膨大な関連資料により紐解いていく。中でも特筆すべきは、シナリオ分析を軸に構成されている部分であるだろう。実際の川内組の歴史とシナリオの第一稿、決定稿の違いを緻密に分析していくことにより、脚本家・高田が何にこだわり、何を主題としたのかが明確に見えてくる。

装丁を外すと、表紙・裏表紙に映画のポスターやスチールが刺青のようにプリントされている。

第一稿から決定稿に至る推敲作業の軌跡からは、高田の意地が垣間見える。『仁義なき戦い』を始めとするそれまでの東映実録映画では、大きな流れそのものを主役に見立てることが多かった。だが高田は「一人の個人を主役に共感をもって書く」ということに勝機を見出し、それまで描かれることの少なかった「やくざ社会の女」に筆先を向けてゆく。

これは、その後の東映映画の歴史から振り返ると、実に慧眼であった。『鬼龍院花子の生涯』や『極道の妻たち』を代表とする80年代には「東映女性やくざ映画」が全盛となり、そのプロトタイプとしての役割を演じていたことになる。『北陸代理戦争』は、70年代の『仁義なき戦い』から80年代の『極道の妻たち』へと変貌するヤクザ映画の中間点に位置する、蝶番のような存在であったのだ。

その中でコマとコマの間に丁寧に張り巡らせていったのが、<血と水の相克>というテーマである。<血>とは親子、兄弟など血縁のある者同士の関係、<水>とは男と女ややくざ社会の兄弟分など、血縁のない者同士の結びつきを指す。ヒロインは自分の中の<血>と<水>のどちらが濃いかで懊悩し、抜き差しならない場面で、血よりも水のつながりを選びとるのである。

一方で、実際の川内組の歴史と決定稿との違いからは、何が事件の引き金を引いたのかという落とし穴が見えてくる。本来、「実録」とは事実に虚構が入り交じったものであり、特にモデルが実在のやくざである場合、さまざまな配慮をすることが必要不可欠であった。高田とて、取材した逸話を頭の中で「パッチワーク」し、自分のフィクションへ作り変えていったのである。

だからこそ、映画のラストシーンにおいて

北陸じゃ、盃くれた方がマトにされるんです、あんたも、長生きしたかったら、早い目に俺を殺した方がいいですよ

という台詞も、以下のように和らげられはした。

勝てない迄も、刺し違えることは出来ます、虫ケラにも、五分の意地って言いますからね

だが、菅谷政雄を想起させる人物へ宣戦布告するというニュアンスは残されたままであった。それは高田の川内という素材への惚れこみが完全に裏目に出たことを意味する。モデルである川内と菅谷への配慮が足りなかったことによって、シナリオは予言の書となり、二人は「いま起こりつつある抗争」の真っ只中へと突っ込んでいってしまったのだ。

そして著者は、東映映画の伝統が育んできたものも、要因の一つになったと指摘する。

映画は ーなかんずく東映映画はー その時々のスキャンダルや事件をライブ感覚でつかみ、モデルを食い散らし、客に強い興奮をあたえる見世物に仕立てることによって、危険な匂いのする見世者であるからこそ観客が飛びついて来るのではないか。

つまり、<血と水の相克>を描いた高田は、自らが<虚と実の相克>に直面し、見世物を作っていたはずが、結果的に自らも見世物になってしまったーーこの皮肉こそが、映画そのものを凌駕するもう一つのエンタテイメントになっており、本書の筆致によって川内と高田は再び奈落から這い上がることが出来たとも考えられる。

頂きの先には奈落があり、奈落の底には花道があった。「実録映画」と「実際の事件報道」と「ノンフィクション書籍」、現実を取り巻く3つのメディアを重ね合わせることによって見えてくるのは、人間の浮き沈みの「真実」とそれを見守る「観客」の存在である。

これをやくざという特殊な世界に起こった過去の出来事と思うなかれ。「見せて」「見せられ」が常態化した昨今。「炎上」という奈落も、そこからせり上がる「いいね!」の花道も隣り合わせに偏在化しているのが現代社会なのだ。  

北陸代理戦争 [DVD]
監督:深作欣二
出版社:東映ビデオ
発売日:2003-06-21
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この事件をきっかけに、深作欣二はやくざ映画を撮らなくなったと言われる。iTunesでのダウンロードはこちらから
 

伝説のやくざ ボンノ (幻冬舎アウトロー文庫)
作者:正延 哲士
出版社:幻冬舎
発売日:1998-12
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「ボンノ」こと、菅谷政雄の評伝的作品。
 

憚りながら (宝島社文庫)
作者:後藤 忠政
出版社:宝島社
発売日:2011-05-12
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川内の弟分であった後藤忠政の自伝。後藤をかばったことにより、菅谷との反目につながっていくのだ。

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出版社:中央公論新社
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