『「知」の読書術』教養人が思想の構築を怠れば、反知性主義が物語を語る

鰐部 祥平2014年09月18日 印刷向け表示
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「知」の読書術 (知のトレッキング叢書)
作者:佐藤 優
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2014-08-26
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世界は混迷を深めている。中東で起こっている血なまぐさい事件の数々は言うに及ばず、東ヨーロッパではウクライナ危機が加速し、アジアでは台頭する中国が帝国主義的な政策の基で、世界秩序に挑戦している。日本もまた、中国の覇権主義の挑戦を受ける形で、自国の安全保障の見直しを迫られている。そんな中、各国の国民の間で再び強烈な民族主義と排外的な感情がその鎌首をもたげ始めている。我々は何を基軸にしてこの時代を読み解けばいいのか。

本著の著者、佐藤優はその答えを教養に裏打ちされた知恵に求める。我々に今求められているのは、真の教養であるという。そして真の教養とは時間という風雪を耐え抜き、なお読み継がれてきた古典の中に存在する。本著は佐藤優が現代社会を読み解くために必要と思われる古典を、関連する現代の書籍なども交えつつ紹介し、それをどのように読みこなすのかを指南するブックガイドだ。

では、我々が生きる現代とはどんな時代なのであろうか。著者はそれをイギリスの歴史学者エリック・ホブズボームの「長い19世紀」と「短い20世紀」という概念の中に求める。「長い19世紀」とはフランス革命が始まる1789年から第一次世界大戦が勃発する1914年までをとし、「短い20世紀」とは1914年からソビエトが崩壊する1991年までという区分だ。なぜフランス革命から第一次世界大戦までが長い19世紀かというと、ホブズボームがこの時代を「啓蒙思想の時代」と考えているからだ。

理性を尊重すれば、理想的な社会を造ることができる。そう考えた当時の人々は、政治的には「民主主義と」と「自由主義」を、経済的には自由経済を基盤とする「資本主義経済」を発展させていった。しかし、行き着いた先は「大量破壊と大量殺戮」だった。ホブズボームはここに時代の区切りを見たのだ。

ホブズボームは「短い20世紀」の時代を『20世紀の歴史―極端な時代』で「破局の時代」「黄金時代」「危機の時代」に分けているという。破局の時代は第一、第二次世界大戦で、ホブズボームはこの戦争を二つの戦争とはとらえず、ひとつの戦争「三一年戦争」ととらえている。危機の時代を乗り越えておとずれた「黄金期」の改良資本主義は結局は行き詰まり、新自由主義へと移行するのだが、この結果も「経済的にもはなはだ悪く、社会的、政治的には壊滅的なものに終わった」とホブズボームは述べているという。

さらにホブズボームはグローバル経済が国家を解体していくにつれ、「知的な無力感」が「絶望的な大衆感情」が結びつき大きな政治的力になっていることを懸念する。この状況は同著が発売されて20年が過ぎた現在もそのまま当てはまる。ここから、佐藤優は「短い20世紀」は未だ終わっておらず、現代は「長い20世紀」のさなかではないか、と仮説をたてる。

「長い20世紀」という危機の時代を生きる我々は、この危機を生み出した近代という時代がどのようなものであったか一度、振り返ってみる必要がある。

近代を読み解くうえで最初に紹介される本がエルンスト・トレルチ著の『ルネッサンスと宗教改革』だ。近代の始まりとされるルネッサンスと宗教改革だが、実はともに真の意味での近代の始まりを意味しないという。初期のプロテスタンティズムはカトリックと同じで国家は宗教に規定される、としていたという。つまり、初期のプロテスタンティズムから近代的の政教分離という思想が直に生まれてきたのではないとトレンチは考察している。

ではなにが人類を近代へといざなったのか。それは、30年戦争の果てに締結されたウェストファリア条約であるという。ウェストファリア条約により国家は宗教という軛から解き放たれた。このことにより、国家が宗教の代わりに共同的目的を供給するようになる。国家が宗教の代用をなすようになった。またウェストファリア条約が締結されたこの時代は「科学革命の時代」とも言われる時代でもあり、科学的合理主義が宗教の代用物としての地位を手に入れた、国家にも合理主義を与えることになる。

しかし、トレルチは「こうした合理主義的な国家像は、不可避的に〝非合理な力〟を生み出してしまう」という。著者はこの言葉こそトレルチの洞察の鋭さだと指摘する。

国民国家や民主主義を発達させた、近代国家が内包する非合理な力の源がなんであるの。そしてそれが、資本主義経済においてどのような効果を生むのか、その結果、何が生じるのか、詳しくは本書を読んで確かめて欲しい。また本著の後半は教養を身に着けるために、電子書籍をいかに使いこなすかといった実利的なハウツー本としても読むこともできる。

啓蒙思想は大いなる光を生んだ。しかし、光が強ければその影の闇もまた深い。啓蒙思想の闇が生み出した非合理な力は、今も私たちの社会を覆っている。そこから生まれる、排外的な思想やヘイトスピーチといった反知性主義が日々その力を増している。そして、この反知性主義は日常的に読書を行う習慣を持つ教養人が、思想の組み立てや教養の構築を怠ることから生まれる隙間を縫うように物語を語り出す、と著者は指摘する。いま身につけるべき教養とはなにか。本著は、現代を生きる私たちが持つべき「羅針盤」がどこに存在するのかを示した、一枚の地図なのである。

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ルネサンスと宗教改革 (岩波文庫)
作者:エルンスト トレルチ
出版社:岩波書店
発売日:1959-01
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歴史と階級意識 (イデー選書)
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20世紀の歴史―極端な時代〈上巻〉
作者:エリック ホブズボーム
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