世界は「なりすまし」で溢れている!『詐欺と詐称の大百科』

麻木 久仁子2014年09月24日 印刷向け表示
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詐欺と詐称の大百科
作者:イアン・グレイハム
出版社:青土社
発売日:2014-08-22
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「なりすまし」というと、ツイッターのなりすましアカウントに釣られて真に受けてしまい、ちょいと恥ずかしい思いをする、というのは今やよくある話である。

ある選挙の際、候補者の名を騙るアカウントが現れて大勢がフォローするも「これはニセモノだ」というアナウンスがあって、「いやいやホンモノだ」という話もあって、あげく真贋騒動自体が話題作りじゃないの?といいだすものもあり、と、訳の分からないこともあった。

「わたしは原子力については素人ですが、みなさん一緒に勉強しましょう」といって議論をリードしていたアカウントが、じつは原子力関連のリスクコミュニケーションの専門家で、「これは世論誘導の一環じゃあるまいか」という例もあった。

わたしたちは日頃、いかなる根拠をもって人を信じているのだろうか。「この人はこんな人」と、プロフィールや人柄を認識しているが、それがどこまで正確なのか、ほんとうにわかっていると言えるのだろうか。あなたの隣のその人は、見かけ通りの存在ではないかもしれないし、意外な思惑を隠しているかもしれないのである!

本書には、古今東西の「なりすまし」たちの実話がずらりと並べられている。大仕掛けの壮大な詐欺もあれば、ちまちまコツコツ詐称して欺くものまで、いろんなヤツがいるもんだなあと感心するばかりだが、かれらがアイデンティティを偽るのは、ひとえに真の目的・動機を隠すためだ。そして様々な目的と動機は結局のところ僅か四つの「E」に要約できるのだという。

すなわち、羨望(Envy)、エゴ(Ego)、逃亡(Escape)、スパイ行為(Espionage)である。

物理学者に憧れるも大学に行かれなかったある男は、実在の学者の経歴を拝借してまんまと教師の職を得る。熱心に学生の指導をし論文を書き、ついにはホンモノよりも出世してしまうのだ。やがてことが露見し新聞沙汰になるのだが、すべてを承知で彼を研究者として雇う会社があったほどの優秀さであった。ついに「自分が“なりたい自分”」になったのである。

どこの国でも医者とパイロットは人気と信頼のプロフィールのようだ。この二つの職業を騙り、次々と小切手詐欺を働いては高飛びを繰り返した男は、26カ国を股に懸け、何百という犯罪を犯したが、そのあまりの巧みさが買われて、有罪判決を受けて服役したのちにセキュリティコンサルタントとなり、こんどこそは合法的に大金持ちになったという。

あるいはまた、19件の殺人、薬物犯罪、強奪などで指名手配をされていた男。彼の財布は偽のカードでパンパンで、どのカードを出すかでカメレオンのごとくアイデンティティを使い分け追っ手の目を晦ませた。写真付きの公的な証明書や指紋、DNA、様々なデータベースと、個人を特定する情報や手段が豊富にある現代でも、どこかひとつ穴を見つけて偽造し、それを額面通りに信用させることができれば、他のチェックは為されずに終わる。ならばあつかましく、大胆にふるまうに限る。

アイデンティティを偽るのは犯罪者だけではない。正体を隠した警察官や諜報機関のエージェントが、“国家の敵”とみなされた組織に潜入するのは、手法としてはオーソドックスなものである。イングランドの、地球温暖化に対する反対運動をおこなっていた環境保護活動家グループ内で石炭火力発電所占拠という過激な計画を主導していたのは、潜入警察官だった。彼は活動家たちを一網打尽にすることに成功したが同時に身分がばれてしまい、今現在、身を守ってくれなかったスコットランドヤードに対し過失責任を問う訴訟を起こしている。

アメリカではたびたびネイティブアメリカンを詐称するものが現れるという。詐称者はネイティブアメリカンの歴史の悲劇を背負いつつ、同時に、今日のネイティブアメリカンにふさわしい尊敬を得ることが出来る。過去にはメディアでもてはやされて高い社会的地位を得た者もいた。激しい人種差別を受けた時代から、尊敬を持って正しく遇される時代へと社会の態度が変化していくのを巧みに利用したのである。問題は、かれら詐称者はネイティブアメリカンの歴史や文化を誤って伝えるということだ。マジョリティが受け入れやすいマイノリティ像を演じてしまうのである。長い目で見たときに真の理解を妨げることにつながってしまうことを思えば、その罪は重い。

こうして“詐称する者たち”の物語を次々に読んでいると、実は、これは“だまされた者たち”の物語なのだとわかってくる。ひとは「見たいものを見る」。本当にやすやすと詐称者たちの自己申告を信じる。知り合った“感じのいい”“気持ちのいい”人のことを、いちいち疑ったり、裏を取ったりはしないのだ。

本書に登場する多くの詐称者たちは、最終的にはバレた者たち、失敗した者たちである。さて。天網恢々、すべての詐称者たちはこうして終わりをみるのか。それともこれは氷山の一角なのか。

いやそもそも、一切の偽りがない人間なんてどれほどいるというのか。人は皆、ほんのちょっぴりの詐称をしているものだとも言えるかもしれない。

一読して荒唐無稽。だが、やがてじわじわリアル。そんな物語の数々が楽しめる本である。

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