『ピクサー流 創造するちから』 創造する組織を創造する

村上 浩2014年10月12日 印刷向け表示
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ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法
作者:エド・キャットムル 著
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2014-10-03
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 7つのゴールデングローブ賞、11のグラミー賞、そして27のアカデミー賞。1995年の『トイ・ストーリー』を皮切りに、ピクサーが生み出した14の長編映画は、数えきれないほどの賞を獲得し、世界中の観客の心を動かしてきた。芸術面での高評価にとどまらず、どの映画も多くの人々を映画館へと向かわせ、商業的にも大きな成功を収めている。水物と言われることもあるコンテンツビジネスにおいて、ピクサーの勝率は驚異的だ。

この偉業は1人の天才の手によるものではない。なにしろ、14の映画で14名もが監督にクレジットされているのだ。もちろん多くの稀有な才能に支えられてはいるが、“ピクサーという組織”が継続的に映像技術を革新し、胸打つストーリーを創造してきた。そして、その組織を動かす“ピクサーの仕組み”が、16年間も公開時興行成績1位を逃し続けていたディズニー・アニメーションを蘇らせた。ピクサーには、本書の原題である『Creativity, Inc.』という名がよく似合う。

本書では、ピクサーの共同創業者・社長でディズニー・アニメーション社長も兼任するエド・キャットムルが、ピクサーがどのように生まれ、創造し続ける組織となったかを振り返っている。創造性を羽ばたかせるための様々な手法の中に、著者の「きちんとしたステップを踏めば創造的なプロセスを守ることができる」という信念が凝縮されており、芸術作品だけでなく、困難な課題に取り組む全ての人に示唆を与えてくれる。本書は幾度にもわたるストーリーの練り直し、厳しい品質チェックという、ピクサーの映画製作と同じ手法でつくられただけあり、世界に革命を起こした起業物語として読んでも抜群の面白さだ。

他の視点を遮断したいなら、自分が正しいと確信することほど効果的なことはない。

エドの言葉は刺激的だ。しかし、彼は繰り返し、耳に心地よいスローガンは「わかったような幻想」を抱かせ、行動に結びつかない恐れがあると注意を促している。そのため本書では、エドが考え抜き行動してたどり着いた経営の要点だけでなく、危機的問題にどのように対処したのかが失敗の過程も含めた具体的なエピソードとともに描写されている。抽象と具象を往復しながら、多くの失敗と成功を追体験することで、エドと対話しているような感覚になすらなる。

1945年米国生まれのエド少年は、ダイナミックに動きまわる恐竜、カラフルに繰り出される魔法、本物より格好良く走る車に夢中になった。ディズニーのアニメは、彼をその世界にのめり込ませるのに十分な力を持っていた。ところが、高校生になる頃には自分がディズニーのアニメーターになる実力がないことははっきりしており、同じくらいわくわくするサイエンスの道へ進むことを決意する。この決断が、アートとサイエンスの融合を体現するピクサーの誕生へとつながっていく。

ユタ大学で物理学とコンピュータ・サイエンスを学ぶことになったエドは、まだ揺籃期にあったコンピュータ・グラッフィックス(CG)と出会う。またネットスケープ設立者ジム・クラーク、アドビ共同設立者ジョン・ワーノック、そしてアラン・ケイなどの同級生から大きな刺激を受け、エドはテクノロジーの未来に大きな可能性を感じながら、研究に没頭していく。そして、26歳のときに人生の目標に辿り着いた。

鉛筆ではなく、コンピュータを使ってアニメーションをつくる道を開くこと、そして映画に使えるくらい美しく、説得力のある映像を作ること。

当時のコンピュータは平面を描写することさえ得意ではなく、美しい曲面など夢のまた夢。エドの掲げた目標は、多くの人には不可能なものに思われた。エドだけがCGの可能性を信じ、その先にある未来を描いていた。もちろん、エドでさえ将来を完璧に見通せていたわけではない。確かな技術と未踏の地へ一歩を踏み出す情熱が、数えきれない困難へと足を踏み出す勇気となったのだ。エドは、「自分の指針、意図、目標に頼って前進」していくことこそが、難しい問題を解決し、新たな価値を創造するために必要となるという。そして本書には、難しい問題に立ち向かうための具体的な方法論が多数紹介されている。

例えば、ピクサーでは失敗が奨励され、失敗の少なさは危険信号とすら考えられている。未知への挑戦である創造的行為において、失敗の欠如は挑戦の欠如である可能性が高いからだ。そうは言っても、失敗を恐れない文化を構築することは容易ではない。ヒトは本能的に失敗を避けようとするし、経営視点は無駄のないプロセスを追求してしまう。ピクサーでは会議のときのデスクの並べ方や席順にまで気を配り、誰もが挑戦し易くなる環境をつくっているという。

また、2006年にディズニー・アニメーション・スタジオを率いることとなったエドが最初にやったことは、「監視グループ」の廃止だった。経営者の代わりに予算とスケジュールに目を光らせていた監視グループは、スタジオのボスにリスクの少ない安易な選択肢を選ばせる存在になってしまっていたのである。

失敗が歓迎されるといっても、何でもやってみれば良いというわけではない。失敗は検証され、新たな行き先を照らす灯りとされなければならない。そのためピクサーには、ブレイントラストという独特のフィードバックシステムが存在する。このブレイントラストは、ただ問題点を指摘し、改善案を指示するものではない。なにしろ、経験豊かなメンバーから構成されるブレイントラストには、解決策を強制する権限が与えられていないのだ。弱々しい生まれたばかりのアイディアを磨き、品質をあげていくために重要な役割を果たしているこのブレイントラストの仕組みは実に考え抜かれている。

本書は、『トイ・ストーリー』の大成功によって26歳のときから追い求めた目標を達成したエドが、「クリエイティブな組織文化を想像し、持続させる」ために全力で取り組んだ軌跡だ。ウォルト・ディズニーですら実現できなかったこれまた不可能に思える問題に、エドがどのように挑んでいくのか、今後も目が離せない。

スティーブ・ジョブスやジョージ・ルーカスのようなスターがこれでもかと登場するピクサーの成長物語を興奮とともに読み進めながらも、つい考えこみ、何度も頁をめくる手が止まった。自分だったらエドが向き合った課題にどのように挑むだろうか、自分の仕事でどれだけ創造性を生み出すための挑戦をしているだろうか。読み進めるほどに、創造性を生み出す簡単な道など存在しないこと、「暗くて曖昧な領域」に失敗を恐れることなく足を踏み入れることが必要なのだと痛感される。ピクサーの想像する架空の世界とキャラクターに人間以上の存在感を感じるのは、それを生み出す過程がなにより人間臭いものだからなのかもしれない。

ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか
作者:ピーター・ティール
出版社:NHK出版
発売日:2014-09-25
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 どのようにゼロから1を生み出すのか、なぜそれが決定的に重要なのか。ピクサーのエドが挑んだのはまさに、難しい問題だった。本書と合わせて読むと、更に多くの発見がある。内藤順のレビューはこちら

「科学者の楽園」をつくった男:大河内正敏と理化学研究所 (河出文庫)
作者:宮田親平
出版社:河出書房新社
発売日:2014-05-08
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 自然科学の分野で次々と創造的な結果を生み出し続ける組織が日本にもあった。「科学者の楽園」とまで言われた理化学研究所をつくった男、大河内正敏の物語。レビューはこちら。久保洋介のレビューはこちら

世界の技術を支配する ベル研究所の興亡
作者:ジョン・ガートナー
出版社:文藝春秋
発売日:2013-06-28
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 この研究所の成果なくしては、現代の我々の生活は成立し得ない。本当のイノベーションを驚異的なペースで生み出したベル研究所の真の姿に迫る。成毛眞の解説はこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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