『誰も調べなかった日本文化史 土下座・先生・牛・全裸』

麻木 久仁子2014年10月24日 印刷向け表示
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誰も調べなかった日本文化史: 土下座・先生・牛・全裸 (ちくま文庫)
作者:パオロ マッツァリーノ
出版社:筑摩書房
発売日:2014-09-10
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現在に不満な人は、未来に期待せず、過去を美化して懐かしむのです。歴史の中でもっとも捏造されやすいのは、庶民史と文化史なんです

ああもうマッツァリーノ先生のおっしゃる通り。

日本は豊かにはなったが、肝心の心を失ってしまった、昔は貧しくとも大家族で笑顔でくらしていた、誇り高く礼儀正しく生きていた云々かんぬんが、近年やたらと目につくのである。

昔を懐かしんで楽しく酔っぱらって寝る、というだけなら罪もないが、捏造した歴史をもとに未来を決める政策がまかり通り、はたまた捏造した美しき国をもとに他国を見下げて歩く、となるとやっかいである。じつにやっかいである。ほんと、誰か止めてください。

というわけでマッツァリーノ先生の出番だ。

『反社会学講座』『反社会学の不埒な研究報告』等々、世に流布し定着してしまっている捏造や思い込みを、次々に暴きだしてきた先生。毎度毎度面白く、膝を打つばかりなのである。
曰く。
「キレる若者」「増加する少年犯罪」と言われて久しいが、実際には昭和35年に17歳だった世代こそが、若い頃の犯罪率がとてつもなく高かったこと。
「今の若者は嫌な仕事はすぐ辞める」というが、高度経済成長期の若者もすぐにやめるし、江戸時代はみんなフリーター。
「ゆとり世代」とかいって学力低下を嘆くが、1960年代からすでに大学生の学力低下が叫ばれっぱなし。
理想とする子供の数と現実に産む数が一致した時代は、人類史上一度もなく、昔の日本人も生活水準を保つために子供を持とうとしなかった。

そして本書だ。サブタイトルに飛びつく。土下座・先生・牛・全裸。

他の国には見られない、日本独自のエンターテインメントとしての「謝罪会見」から「土下座」の歴史を紐解き、土下座の変質を暴きだしている。日本人にとって謝罪とはなんなのか。誠意とはなんなのか。土下座する相手に果てしなく誠意を問い続けて、「人を罰する」という楽しみをむさぼらせてくれるエンターテインメントは、土下座の価値を下落させカジュアル化させてしまったのである。もうあっちもこっちもあやまれあやまれの大合唱になる一方で、「許し方」を忘れていく社会のありようが浮き彫りになる。

もしその人に誠意があるならば、「誠意があるか。」と問うことは、その人に対して非礼である。
もしその人に誠意がないならば、「誠意があるか。」と問うことは、その人に対して全く無意味である。

土下座は本来、宗教儀式やよほど高貴な方にのみ向けられた礼法であった。したがって土下座なんぞ滅多にお目にかかるもんでもないというのが本当で、江戸時代の大名行列でさえ、這いつくばった土下座で送るというのは「時代劇のうそ」なのである。300あまりもの藩が次々に格式に応じた行列を仕立てて参勤交代で登城してくるのに、全部カエルのように平伏して延々見送っていたら、江戸の町はまるで機能しなくなるだろう。言われてみればそうですよね。毎週毎週東京サミットやって東京マラソン走って隅田川で花火上げて国賓お招きして、いちいち交通規制、みたいな感じですかね。ではどうしていたか。えっ、そんなんでよかったの? という庶民のお作法については本書をご覧ください。

そのほか昭和30年代まで見られた牛車(うしぐるま)から遡って、いつの世も変わらないお上と庶民の果てしない攻防、これまた昔から意外と自由度が高かった子供の名付け方の歴史に見え隠れするキラキラネームの片鱗。

そして数千年の昔から、手を変え品を変え、人々の心を惑わす「終末論」や「亡国論」。
「女子大生亡国論」「フリーター亡国論」「セックス亡国論」「食パン亡国論」「ランプ亡国論」「こたつ亡国論」「沢庵亡国論」エトセトラ。(なんでそんなもんで滅びるのかは、本書にざっと書いてあります。)

ありていにいえば、亡国論や滅び論は、私憤を大義にすり替えるための装置にすぎないのです。自分が個人的に気に食わない相手がいたり、そいつらのやっていることが気にくわなかったとき、冷静にスジを通して批判するのでなく、そいつは国や世界にとっての敵だぞ、そいつが国を滅ぼすぞ、と感情的にわめきたてることで、お手軽に批判対象を公共の敵に仕立て上げようとする、せこいトリックなんです

マッツァリーノ先生が頑張って数えてくださったところによれば、2000年代になって亡国論やら「〇〇が滅ぼす」の雑誌掲載記事が爆発的に増加しているそうである。「滅ぶぞ滅ぶぞ記事」をたくさん寄稿している執筆者ベスト6も紹介されているのでこちらも本書でご覧ください。

嘘やら捏造は思うより容易に蔓延する。が、それを正すのは実に手間とコストがかかる。嘘は言いっぱなしだが、反論はいちいち論拠をそろえなくてはならないからだ。なおかつ、反論によって論理的に白黒ついても、「いや、白黒つけるのも野暮だよね。」「諸説あるよね」と、悪しき中立主義が出てくる。ウソとホントの真ん中に立とうとする人間は、結果的にウソの味方なのだ。そうした隙をついて、今日もいろんなことが自覚的にも無意識にも捏造され続けているのだろう。

知能の高い低い、教養のあるなしに関係なく、人は自分の信じたいことだけを信じるいきものなんです。

軽妙な文体に声をだして笑いながらマッツァリーノ流歴史社会学に浸る。つまらない思い込みを捨てて虚心坦懐にものをみることの清々しさを思い出させてくれる一冊である。

(※本書は『パオロ・マッツァリーノの日本史漫談』の文庫化です)。

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かね@勝どき2014.10.26 17:31

こんな面白そうな本知らなかったorz うーん面白そう。

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