もうゆり子さんの鼻歌は聞こえない。『さようならと言ってなかった』

麻木 久仁子2014年11月24日 印刷向け表示
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さようならと言ってなかった わが愛 わが罪
作者:猪瀬 直樹
出版社:マガジンハウス
発売日:2014-10-30
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5000万円の借入金問題を追及される猪瀬さんの姿をテレビで見たとき、見る影もなく打ち萎れた姿に愕然とした。札束に見立てた発泡スチロールを鞄に押し込もうとするとき、目は虚ろで汗が噴き出していた。400万票もの支持を得て東京都知事となり、五輪誘致も見事に成し遂げ、歴史に大きく名を残す知事になるはずだった。が、猪瀬さんの挑戦は、あっけなく終わりを告げたのである。

20年ほど前、私はある情報番組に思いがけず抜擢され、キャスターという役割に初めて取り組んでいた。が、私は局のアナウンサーのような訓練を受けておらず、知識も経験もない素人キャスターだった。それを厳しく指導してくれたのが猪瀬さんだった。番組で取り上げる個々のテーマについて、常に私に「どう思う?」と問い、「いやそれではまだ駄目だ」とさらに考えることを促した。「物事を一方から見るな。複数の視点から見ろ。なにか自分なりの意見を持ったら、必ずそれと反対の意見を聞け。」と言われた。

ある大物政治家がゲストで来たとき、ピリピリとしたスタジオの空気をよそに、猪瀬さんは相変わらずの傲岸な態度で切り込んだ。「公共の電波なんだ。視聴者が聞きたいことを遠慮なく聞くべきなんだ。」と言った。

こうして猪瀬さんに叱られながら多くのことを学んだ。放送前日の深夜には翌朝の生放送の内容について、必ず猪瀬さんから電話がかかってくる。当時、出産したばかりだった私は、左腕で子供を抱いてミルクを飲ませながら肩と頬で電話の受話器を挟み、右手でひたすら猪瀬さんの言葉をメモした。「君はどう思うのか」と延々と追い込まれながらも必死で返すうちに、伝えるべき物事の優先順位がいつのまにか見えてきて、生放送でも臨機応変に対応できるようになっていった。あのころの猪瀬さんは、私にとって、まさに「師」だった。

その後、猪瀬さんは道路公団改革、地方分権改革推進委員、そして東京都副知事と、作家として設計図を提示する役割から、政治のプレーヤーへとその立ち位置を移していった。猪瀬さんにとってどれも使命感をもって取り組んだミッションであり、充実した日々だったのだろうと思う。が、それは同時に、権力に対峙していた猪瀬さん自身が、権力そのものになっていくことでもあった。いよいよ都知事選に挑むとき、ひさしぶりに電話をもらい「一声、応援演説してくれないか」と言われた。師が人生最大の勝負に挑もうとしているときである。本来なら喜んで駆けつけるべきだったのだろうが、ラジオの選挙特番のキャスターの仕事が決まっていたのでお断りした。が、白状すれば、そうでなくても何か理由をつけて断っただろうと思う。すでに下馬評は「猪瀬圧勝」であり、「権力と距離を取ること」を私は当の猪瀬さんから学んでいたのである。

その後のことは散々報道された通りである。短い時間に絶頂と絶望が訪れた。漏れ聞くところでは、猪瀬さんの「一直線のエネルギー」は多くの人を傷つけていた。たとえ志が正しくても、権力は諸刃の剣なのである。多くの人を惹きつける力は、同時に多くの人を傷つけもするのだ。猪瀬さんは急ぎすぎているようにみえた。

そして激動のさなかに、18歳と19歳で巡り会って以来47年間を共にした妻、ゆり子さんをも亡くしてしまう。

政治家として失った信用を、今再び、一作家に戻って取り戻そうとする第一歩が本書である。
就職もせず、何の成算もなく上京した猪瀬さんを追って、ゆり子さんは夜汽車に乗った。以来、二人の子どもを育てながら教師として働いて家計を支えた。勝負をかけるべきテーマを見つけようともがく夫を支え続けてきた。いま、失意のどん底で、そのゆり子さんの思い出を書く。死してなお、夫の背中を押したのはゆり子さんだったのだ。

「おれが原稿用紙をまえにウンウンうなってると、女房が楽しそうに鼻歌を歌いながら掃除機をかけてるんだよ。それを背中で聞きながら、すまないなあって思うんだよ」
猪瀬さんがちょっと照れくさそうに、でもちょっと自慢げに、そんなことをぽろりと漏らしたことを思い出す。

わがままで不遜で思い込んだら一直線の夫に寄り添いつづけた、天真爛漫で楽天家の妻が倒れて意識を失ったとき、その枕元で夫は妻の書き残した記録を読むことになる。子どもたちのことや夫のこと、日常のエピソードが綴られている「保育園の連絡帳」。教師だったゆり子さんの「学級通信」。いかにも明るいゆり子さんの人柄がしのばれる。

なかでも、ゆり子さんが言語障害児童の指導に当たった三年間の記録「微笑子の物語」には、ゆり子さんの大切な一面が現れている。ひとりの児童と向き合い、こどもの可能性を信じ、ときに辛い訓練を施しながら、その成長を心から喜ぶ、ひとりの教師の姿である。「微笑子」は三年のときを経て、言葉を身につけていく。「微笑子」の家族もそれによって少しずつ変わっていくのである。

ゆり子さんは良き母であり、良き妻であったが、同時に教育のプロフェッショナルでもあった。自分の仕事に邁進することで頭がいっぱいだった夫は、妻もまた充実した職業人としての時間を生きたことを、死に瀕した枕元で知ることになる。

ゆり子が静かな寝息をたてている病室のモニターの画面に、赤や緑や青の波が無機質に揺れている。ゆり子と出会った、そしていまも同じ時間を共有している、それは、単に長い時間が通り過ぎていったということではなく、夜空の無数の星と同じくらい数えきれないたくさんの輝いた瞬間をいっしょにつくることができた時間であった。人と人が出会う、凄いことではないのか。

作家に戻った猪瀬さんが、再び書くべきテーマを見いだし、読者の信頼を取り戻すのは容易ではないだろうと思う。もう背中にゆり子さんの鼻歌は聞こえない。それでも書くしかない、書くよ、と言ってほしいと、思うばかりである。

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