『あんなに大きかったホッケがなぜこんなに小さくなったのか』

2015年1月24日 印刷向け表示
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あんなに大きかったホッケがなぜこんなに小さくなったのか (単行本)

作者:生田 與克
出版社:KADOKAWA/角川学芸出版
発売日:2015-01-23
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ホッケの干物といえば居酒屋メニューの定番。大皿にもおさまらないくらい大きくて、仲間たちとワイワイつつく魚。家で焼こうとしようものなら、魚焼きグリルからしっぽがはみだしてしまうような。

ところが、そのホッケがいま、年々小さくなっているという。それこそアジの干物ほどの大きさに。しかも値段は高騰、居酒屋メニューのような庶民の味ではなく高級魚になってしまったというのだ。たしかに言われてみると、スーパーの鮮魚売り場で見かけるホッケは、こじんまりと品よく高い。なぜこんなことになったのか。

ホッケの漁獲量が減ってしまったのだ。もはや海に大きなホッケはほとんど見当たらなくなっているという。1998年の20万トンをピークに、2011年にはなんと!75%減のたった5万トンになってしまった。獲りすぎたのだ。

こうして獲りすぎて、いなくなってしまった魚はホッケだけではない。マイワシ、ニシン、マサバ、ウナギ…。クロマグロも…。

それにしても、日本の漁業と言えばしっかりと資源管理をしているはずなのでは?と思いきや。それがそうでもない、いやまるでなってないということに、まず驚かされる。

日本の水産資源管理の方法は、自主的管理と公的管理だ。自主的管理とは休漁期間や体長制限、操業期間や操業区域の制限などに漁業者自らが取り組む。しかし利害が一致する当事者の管理では限界がある。そもそも魚はじっとしていてはくれない。ある地域の漁業組合が資源管理を厳しくしたとしても、隣の県の漁業者が獲ってしまえばそれまで、である。広い海を泳ぎ回る魚を相手に、地域単位、漁業組合単位での管理にはやはり限界があるだろう。

では、国が主導する公的管理はどうかといえば、これが大問題なのだという。
日本の水産資源管理の方法は「その年に漁獲してもよい総量を決める」という制度だ。TAC制度(Total Allowable Catch)と呼ばれる。

たとえばサンマだったら、今年はこれだけ捕ってよいですよぉと発表される。もしあなたが漁業者だったら、このときにどう考えるだろう?少なくともオレだったら、「なるほど!TAC数量に達したら終漁になっちゃうんだな。だったらその数量に達する前に、他船より早く、より多く捕ってやろう」って気になる。漁業者みんながこう考えて先を競ってやたらと捕る、イコール乱獲が起きてしまう。

とにかく早い者勝ちなのだから、魚が大きかろうが小さかろうがその魚種を捕りまくらざるをえない、ということになるのだ。だが、まだ卵を産んでいない小さい魚を獲ってしまえば、資源量に影響が出るのは明らかだ。

ある魚種の漁が解禁になると一斉にたくさんの船が全速力で出漁し、大漁旗をかかげて揚々と寄港する風景を、ニュース映像でよく目にする。そのときに報じられるのは「○○トンの水揚げ!」という“量”である。しかしその内実をみたときに、小さいがために商業価値の低く値段がつかない魚が多くの割合を占めているとしたら。量が“収入”に結びつかないとしたら。それは豊漁と言えるだろうか。

網の目を大きくしたり禁漁区や禁漁期間をさだめたりといった規制が行われているとはよく聞くが、必ずしも効を奏していないようなのである。

ではどうすればいいのか。じつは日本以外の「漁業先進国」がみな取り入れて成果をあげている制度があるという。

魚獲枠個別割当制度である。あらかじめ個々の漁業者や漁船に、それぞれが捕ってよい量を割り当ててしまうのである。

解禁期間中であればいつ漁場に行ったってよいってことだ。逆に漁獲量が保障されているのだから、相場のよいときに捕りに行きゃあよいんだ。仲間と相談し、日をずらして漁に出かけ、水揚げを分散するもできるようになる。これで相場は安定し、品質は保たれ、さらに価値の高い魚になる。

この方法でノルウェーやアイスランド、ニュージーランド、アメリカといった漁業国は資源量を増やすと同時に漁業生産金額も上がった。ノルウェーの漁師の手取りは2000万円にもおよぶというのだから驚きだ。

最近スーパーで見かけるサバは軒並みノルウェー産だが、じつはノルウェーではあまりサバを食べないそうだ。が、大きくて脂ののったサバなら日本人が高く買うというので、日本をターゲットに資源を育てている。当の日本のサバは早獲り競争で小さくやせたものが多くなり、それらは養殖のエサなどとして途上国などへ投げ売りされているという。

日本の消費者が払ったサバの代金でノルウェーの漁師は潤い、日本の漁師が一生懸命に働いて獲ったものが安い値段でエサになるというのか。こんなことがあってよいのだろうか。わたしは日本の漁師が獲ったまるまるとしたサバが食べたい!

こうした日本の水産資源の現状に関する水産庁の見解は、本書に書かれているのでぜひ読んでみてほしい。これをみなさんはどう思うだろうか。

著者の生田よしかつ氏は東京・築地市場のマグロ屋の三代目だ。本書はちゃきちゃきの江戸っ子らしい、明るくわかりやすい語り口調で書かれている。

うまい魚の食い方や魚食文化を育んだ先人の知恵の数々も面白い。築地で食中毒が皆無なのはなぜか、日本の森林と刺身の意外な関係、マグロ一本釣りの極意(想像していたのとまるで違う!)等々、魚河岸35年の著者ならではの講釈は実に楽しく、ためになる。本書の主役「ホッケ」がこれほど好まれるようになるまでのいきさつ話も「ああ!そうだったのか!」と膝を打った。

それにしてもこの本は、読んでいるうち猛烈に魚が食べたくなる。「春のアサリがぷっくり…」だの、赤が目にもあざやかな「マグロのネッチョリした味わい云々…」だのと、登場する魚介類それぞれにたいして、著者の長年の経験と実感がこもった言葉が飛び出してくるからたまらない。誰にでもあるはずの「うまい魚の記憶」が、おおいに刺激されることだろう。さて、みなさんの舌は何を思い浮かべるだろうか。大人になって初めてカウンターで食べたトロ、母の作るサバの味噌煮、商店街の総菜屋のアジフライ…。

うまい魚の記憶が浮かべば浮かぶほど、うまい魚を味わう楽しみを失ってはならないという気持ちにさせられる。うまい魚を食卓に届けることこそが魚河岸の使命と心得る著者の魚に対する強い思いが伝わってくる。

養殖漁業の落とし穴や、マグロの初競りの本質などについて書かれているくだりもとても興味深い。この一冊で、日ごろ見慣れて聞き流していた魚に関する様々なニュースが、全く違うものに見えてくるはずだ。

本来、長い海岸線を持ち、暖流と寒流が出会う条件の良い豊かな海に恵まれている日本の漁業が衰退産業の烙印を押されているなど、おかしな話なのである。日本の海、日本の魚、日本の漁業の力にもっと自信をもつべきなのではないだろうか。

和食が世界遺産だ、東京オリンピックでおもてなしだというが、さて。そのときどれほど日本の魚でまかなえるのか。先日の総選挙でも、漁業振興と水産資源管理に関する抜本的な政策を掲げた党は皆無であった。明らかに日本の水産資源と漁業が危機に瀕しているのに、この問題に取り組もうとする政治家は限られている。

が、消費者である私たちがこの現状を知らなくては、争点にもなりようがない。まずはぜひ本書で魚のこと、日本の海のことを“知って”ほしい。政治や行政・漁業者の問題ばかりではなく、ひとりひとりの消費者に何が出来るのかも提案されている。

あまり時間はない。いま知ろうとしなければ、間に合わないかもしれない。手をこまねいているあいだに、魚はどんどん減っていく……。

漁業という日本の問題

作者:勝川 俊雄
出版社:エヌティティ出版
発売日:2012-04-12
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魚はどこに消えた?―崖っぷち、日本の水産業を救う

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出版社:ウェッジ
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