『原爆を盗め!』 天才科学者・ソ連のスパイ・決死の秘密作戦

村上 浩2015年03月12日 印刷向け表示
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原爆を盗め!: 史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられた
作者:スティーヴ シャンキン
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2015-02-28
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失敗は絶対に許されない。1943年のノルウェーで行われたガンナーサイド作戦は、そういう作戦だった。だからこそ、クヌート・ハリケードは命に替えてもこの作戦を成功させると決意し、その口中に青酸カリ入りのカプセルを仕込んでいた。ハリケードはこの作戦の成否が世界の行末を左右すると信じていたのだ。

ノルウェーにあるヴェルモク水力発電所の破壊を目的としたガンナーサイド作戦が、なぜそれほどまでに重要だったのか。それは、重水を大量生産できる施設は世界でもこのヴェルモクだけであり、この重水を使用してドイツが原爆開発を進めていたからだ。ガンナーサイド作戦直前にも同様の破壊工作を試みた連合国側は、何の成果をあげることもなく34人のイギリス兵の命を失っていた。それでも、この作戦は決行されなければならなかった。ヒトラーが原爆を手にする、この未来だけはどれだけの犠牲を払ってでも避けなければならなかった。

本書では、このようなヨーロッパでのナチス・ドイツと連合国軍の攻防戦、アメリカ中の天才が総力をあげて原爆開発へ取り組んだマンハッタン計画、さらにはアメリカの情報をあらゆる手段で盗もうとするソ連のスパイという3つのストーリーが同時進行していく。そう、この本には天才科学者、スパイ、秘密作戦などハリウッド映画に欠かせない要素が漏れなく登場するのだ。単独でも十分にエキサイティングな3つの物語が複雑に絡み合いながら1つの結論へと収束していくのだから、面白く無いはずがない。

まさに「事実は小説より奇なり」であるが、読み進めていて少々不安な気持ちになるかもしれない。あまりにドラマチックな展開に、「これってフィクションだっけ?」と思わずにいられないのだ。しかし、臨場感あふれる文中の「」付きの台詞は全て当事者たちの遺した文献・資料からの引用であり、著者の創作などではない。歴史教科書の執筆・編集を10年務めていたという著者は、執筆よりも資料収集に時間を割いたという。

もともとこの本は13歳から19歳のヤングアダルト向けとして出版されている。そのため、本書には多くの科学者が登場し当時の最先端技術が物語の鍵となっているものの、この本を楽しむために核物理学の知識など必要ない。多くの読者が歴史の面白さを実感できるはずだ。また、ヤングアダルト向けとはいっても、マンハッタン計画についてある程度知識がある大人でも十分に知的興奮が得られるはずだ。

原爆開発の物語を彩る魅力的登場人物の中からあえて本書の主人公を1人選ぶとすれば、それはロバート・オッペンハイマー。13万人以上が携わったマンハッタン計画の科学部門責任者であった天才オッペンハイマーがいなければ、アメリカの原爆開発の歴史は、いや世界史そのものは今とは違っていたものになっていたはずだ。「原爆開発の父」とまで言われたオッペンハイマーがなぜ仲間のはずのFBIにマークされ続けていたのか、そして戦後には原子爆弾製造中止を訴えるに至ったのか。そこには、人類の運命を変えてしまった男の葛藤があった。

マンハッタン計画の中心地となった米ニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所にはオッペンハイマー以外にもノイマンやファインマンなど、キラ星のような天才が多数いた。そんな天才たちの中で、わずか19歳でロスアラモスにやってきたセオドア・ホールは、科学的貢献以外で歴史にその名を残すこととなる。14歳で大学に入学したホールもまた人並み外れた頭脳の持ち主であったが、他の研究者と明確に違う点があった。それは、アメリカへの不信感である。アメリカが超兵器を独占することへの不安は、幼いホールの心の中でどんどんと大きくなり、ついに危険な発想に支配されていく。

別の大国もそのつくり方を知っていたほうが世界は安全になるのではないか。(中略)ソビエト側に接触したいという気持ちがしだいにふくらんでいった。

1942年、ソ連の若き物理学者ゲオルギー・フリョロフは、米国物理学雑誌の精読中に違和感を覚えた。つい先日まで活発に議論されていたウラン核分裂に関する研究が一切掲載されていなかったのだ。研究成果の消失が、アメリカ科学技術の停滞ではなく、進展と秘匿を示していることに彼は直ぐに気がついた。気がかりなのはアメリカだけではない。あまりに危険な男に率いられたドイツの地に目をやれば、そこには一流の物理学者が大勢おり、ウラン鉱石が豊富にある。ソ連は原爆開発競争に完全に出遅れていた。

フリョロフは即座にソ連政府に注意を促したが、政府はドイツとの激しい戦争に手一杯で、とても不確かな新兵器に科学者を投入する余力はない。自分でつくることができないのなら、ソ連に残された方法はひとつ。盗むしかない。KGBはあの手この手を使ってアメリカの開発状況、とりわけロスアラモスの研究成果を掴もうとする。本書の記述を読むと、スパイ映画もあながち大袈裟なものではないのだと感じるほど、様々な方法でアメリカの情報はソ連へと漏れていく。

映画脚本家としての経験もある著者の構成は非常に巧みで、冒頭で紹介したガンナーサイド作戦などは、鼓動の高鳴りを抑えて読み進めるのが困難なほどに興奮する。アメリカが世界に先立って原爆の開発に成功したこと、そして広島と長崎に大きな悲劇が待ち受けていることは誰もが知っているのだが、それでも物語に没入させる力を持っている。

著者はアメリカからの視点のみに立つことなく、歴史に対して自信の価値判断を持ち込むことなく、その筆を進めていく。それは、“スパイスリラー”として本書をより際だたせるためであり、若い読者に自ら判断して欲しいからだと著者は言う。1986年以来世界の核弾頭の数は減少しているものの、2007年以来50%も増加したロシアの軍事関連費の1/3は核兵器に充てられているという。そして、原爆の技術はもはや超大国だけのものではなくなった。これから私たちがどのように核の脅威と向き合うべきか、核とどのような未来を築くのか、世界は改めて考える必要があるのかもしれない。

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
作者:リチャード P. ファインマン
出版社:岩波書店
発売日:2000-01-14
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もし、未読の人がいるのなら何にも優先して読むべき一冊。『原爆を盗め!』でも度々登場するファインマンの、読んでいるだけで楽しくなる自伝である。”天才物理学者”という言葉からイメージされるものとは大きく異る、ユーモアと人間味に溢れるその姿に、誰もがファインマンが大好きになるはずだ。
量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突
作者:マンジット クマール
出版社:新潮社
発売日:2013-03
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核兵器にもつながる量子力学。その発明の中心地で真の天才たちはどのような議論を闘わせていたのか。門外漢には何ともとっつきにくい量子科学であるが、本書でその意味するところがよく理解できるようになるはずだ。大学時代に苦労して嫌々勉強した量子科学がこれほど面白いものだったとは。成毛眞のレビューはこちら
無人暗殺機 ドローンの誕生
作者:リチャード ウィッテル
出版社:文藝春秋
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核兵器によって総力戦を禁じられた各国は、より効率的に局地戦を闘うすべを探っていた。テロとの戦争でも大きな役割を果たし、戦争以外の日常も変える可能性を秘めたドローン技術の創世記である。天才技術者、CIAと空軍の縄張り争いなど多角的な読み方ができる。レビューはこちら
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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