『超ひも理論をパパに習ってみた』

成毛 眞2015年04月27日 印刷向け表示
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「シャープペンシルを使って文字を書くためにはどんな力が必要ですか?」と質問されたら、あなたはどのように答えるだろうか。

シャープペンシルを持って動かすための筋力、芯が紙を滑ることで作られた黒鉛の粉を紙の繊維のなかに残すのだから摩擦力、文字を書くのだから思考力も必要だ、などと答えるのではなかろうか。

しかし、世界中の物理学者に同じ質問をすると全員から同じ答えが返ってくるはずだ。それは電磁気力である。物理学者たちにとって力は4種類しかないからだ。重力、電磁気力、弱い力、強い力である。

筋力も摩擦力も脳の働きもすべて 電磁気力が引き起こした現象である。いろいろな原子をまとめて水やタンパク質などの分子を形作るのは電磁気力だし、その分子同士がどう結合し動くかも電磁気力によって決められる。それでは他の3つの力は何を意味しているのだろう。

重力については説明する必要はないだろう。宇宙で無重力状態を体験するために何億円もかかるのは重力があるためだ。

残るは2つ。強い力とはクォークを結びつけて陽子や中性子を作りだす力。弱い力とは中性子が放射線の一種であるベータ線を出して陽子に変化するときの力だ。このふたつの力はすでにヒッグス粒子を見つけた加速器実験などで確認されている。力を媒介する粒子が見つかっているのだ。

この4つの力はそれぞれ到達する距離も、力の大きさも方向もバラバラだ。もしかして、なにか人類がまだ知らない原理からこの4つの力が生まれているかもしれないと考えるのは物理学者の本能である

本書はその究極原理を探す過程のひとつの到達点である「超ひも理論」 についての入門書だ。超ひも理論は最新の研究テーマだが、意外にも歴史は古い。1970年に南部陽一郎博士らが提唱したのが事実上の発端である。以来40年余り、研究は着々と進んでいるようだ。

1997年に書かれたマルデセナという研究者の論文がすでに1万回以上、引用されていることをみても、 研究の裾野が広がり、しかも深くなっていることが予想される。その論文内容を正確に記述してみよう。

マキシマル超対称なヤン─ミルズ理論のラージNかつ強結合極限が、 五次元反ド・シッター時空と五次元球面の直積上の超重力理論と等価であると予想する。

どこか危ない感じがする。満員電車のなかでこの論文の題名を呟いただけで不審者と思われ、周囲に空間が生まれるかもしれない。一般社会においては反重力として作用しそうである。

本書はその危ない、いや理解しにくい超ひも理論を驚くほど簡単に説明しようと試みたものである。副題の「70分講義」は誇張ではなく、3時間もあれば読めるであろう。じつは冒頭に紹介したシャープペンシルに使われる力の質問も本書から抜き出したものだ。身近な事柄から難しいことを説明しようとしているのだ。

本書の魅力は超ひも理論の入門書ということだけではない。物理学者という危ない、いや超天才たちが日頃どんな生活を送っているのか、競争はあるのか、どんな話し方をしているのか、などを垣間見ることもできることにある。

本書の存在を知ったのはYouTubeに新設された理研チャンネルからだった。「高校理科から最先端研究へ」というシリーズがある。「生物─RNA編」「物理─電磁波編」「物理─光編」などがあり、本書の著者 橋本幸士教授は「物理─素粒子編」 に登場していたのだ。

とんでもなく難しいことを柔らかい関西弁で説明されると理解した気になるのが不思議である。本書もその柔らかい関西弁で書かれている。 超ひも理論だけでなく、関西弁の素晴らしさも味わえる一冊であった。 

(週刊朝日4月24日号掲載)

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