『気候カジノ』気候変動を経済学から考える

佐藤 瑛人2015年04月30日 印刷向け表示
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HONZが送り出す期待の新メンバー第二弾。佐藤 瑛人(あきと)はアドテクノロジー企業に勤め、シリコンバレーと日本を行き来する外資系ビジネスマン。ある日HONZへセールス目的で訪れたところ、うっかり本の話をしてしまったばかりに捕獲され、メンバー入りへと至った次第。最初のレビューで選んだのは、世界中を飛び回る彼にふさわしく「気候変動」をテーマとする一冊であった。今後の活躍に、どうぞご期待ください!(HONZ編集部)

気候カジノ
作者:ウィリアム・ノードハウス 翻訳:藤﨑香里
出版社:日経BP社
発売日:2015-03-20
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地球温暖化あるいは気候変動。日々ニュースを騒がせるトピックであり、関連する書籍もたくさん出版されているにも関わらず、これほど良書に巡り会うのが難しい分野も珍しい。

それは気候変動について書かれた本の多くが、仮説検証を繰り返して論理の精度を高めるというよりも、最初から「温暖化で人類は滅亡する」あるいは「温暖化は嘘っぱちだ」というどちらかの結論を最初に決めつけた上で、結論に合致する証拠だけを並べた政治的な本であることに起因する。

本書によれば、アメリカで2010年に行われた調査において「地球が温暖化しているという確かな証拠がある」と回答した人の割合は、高卒以下の人で61%、大卒以上で60%と、教育レベルによる差はない。ところが、同じ質問に対してリベラル派の民主党支持者では89%が「地球が温暖化している」と回答したところ、保守派の共和党支持者ではその割合は33%だったという。これをみても、温暖化=気候変動は科学の問題というよりも政治の問題であることが浮き彫りになる。

これが仮に素粒子物理学の超ひも理論であれば、ほとんどの人にとってそれは日常生活とは関係なく、理論が正しいのかどうかでポジションをとることもできないが、気候変動については究極的には「暑い寒い」「地球の将来が心配だ」といったレベルで私たちの生活に密接に関連しているため、私たちの観点は主観的になりがちだ。

本書もその呪縛からは決して自由ではないが、経済学者である著者は温暖化論が100%正しいという確信に達することは不可能であることを認めた上で、「100%の確証を得てからこの問題を食い止めようとしても、そのときはもう手遅れである」と呼びかける。

気候変動の主な要因は二酸化炭素に代表される温室効果ガスの増加だが、この排出量は経済が成長しなければ増加することはない。世界の平均気温の上昇幅を予測するモデルは多数あり、中位推計では2100年までに産業化以前と比較して3.5℃の上昇が見込まれているが、その背後には世界が21世紀を通じてこれまでと同様の経済成長を遂げ続けるという前提が存在する。その結果、21世紀末には世界全体の一人当たりGDPが13万ドルまで伸びると予測されているが、これは2015年の日本における一人当たり名目GDPの4倍だ。

これに対し、もし今日からまったく経済が成長しなくなり、二酸化炭素排出量も今日の水準がキープされ続けた場合に、同じ21世紀末に予想される平均気温上昇幅は2.5℃にとどまる。しかしその代償は大きく、アフリカ、アジア、中東などにおいて数十億人規模の人々がこれからも病と貧困の中に取り残されることを意味している。

私たちはどちらの道を選ぶべきなのだろうか。高所得国である日本に住んでいる人々の中には、経済成長をするべきでないと考える環境保護至上主義者もいるだろうが、そういった考えは高所得国住人の特権だ。飢餓で明日の食料にも困っている人々に対して「経済成長を諦めろ」という権利は私たちにはない。事実、経済成長まっただ中にいる中国やインドは1997年の京都議定書の枠組みにも参加しなかった。

このような状況に対し、炭素価格の引き上げなどの経済メカニズムを導入することによって、「気候変動の抑制は比較的安いコストで達成することができる」のだという。気候変動抑制の目標は、厳しすぎても(産業化以前からの伸びを1℃に抑える)、緩すぎても(産業化以前と比較して6℃の温暖化を許容する)、前者は経済成長への負担によって、後者は温暖化による被害によって、私たちは莫大なコストを背負うことになる。

本書によれば経済成長をストップすることなく、将来的な温暖化の被害を最小に留められる温度目標は、産業化以前との比較で2.3℃とのことだ。そしてその目標を達成する方法は、二酸化炭素に価格を付けて、費用の最小化を経済メカニズムに委ねることとなる。方法は大きく分けて二つあり、一つは排出権取引(キャップ・アンド・トレード)、もう一つは炭素税を課すことだが、どちらの手段をとってもその効用は等しい。

いずれの場合でも製造や流通の過程で二酸化炭素を多く消費する商品の価格が高くなり、私たち消費者が自然とそういった商品を敬遠することによって結果的に二酸化炭素の排出量が抑えられる。もちろんその過程で技術革新も促進されるだろう。

これらと比較すると、政府が低エネルギー製品に補助金を支給するようなやり方は極めて効率が悪い。炭素税か排出権取引いずれかの方法において二酸化炭素を1トン削減するのに必要な費用が12ドルであるのに対し、省エネルギー住宅支援減税を通じた削減費用は255ドル/トンもかかる。似たような政策だと最近ならエコポイントなどが思い浮かぶが、これもやはり極めて効率の悪い方法のようだ。

著者は経済学者であるため、経済的な手法で気候変動を解決しようとするためのポジショントークが含まれている可能性は否定できない。それでも、ヒステリックな「脱成長」論やその反対の懐疑論が横行しがちなこの領域において、気候変動を経済問題として位置づけ、現実的に対応可能な最適解を探すという本書のアプローチは、頭に入れておいて損はないだろう。 

佐藤 瑛人 米系広告テクノロジー企業に勤務し、シリコンバレー、香港、東京を行ったり来たりする日々。20代前半は主にミュージシャン/作曲家として活動し、海外でのライブ経験もあり。日本人として外国人とどう効率的に協力・競争するか、が人生のテーマ。読書以外の趣味は一眼レフと海外旅行。テレビは12歳から見ていない。 
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