日本語って、深い 『辞書編纂者の、日本語を使いこなす技術』

足立 真穂2015年05月13日 印刷向け表示
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辞書編纂者の、日本語を使いこなす技術 (PHP新書)
作者:飯間 浩明
出版社:PHP研究所
発売日:2015-04-16
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『舟を編む』(三浦しをん著)が本屋大賞を受賞したのが2012年。そのころだろうか、「辞書ブーム」が来たのは。本書は、その立役者のひとり、三省堂国語辞典(「三国」[さんこく]とも呼ぶ)の編纂者が語る、人間関係をスムーズにすることばの作法集。ちょっとした一言で伝わり方が違う。絶妙だ。

NHKの「どうも!にほんご講座です。」やTwitterでもおなじみの著者の飯間さん。ご存じの方も多いかもしれないが、「編纂(へんさん)ってなにするの?」という人は、まず『辞書を編む』という別のご著作からスタートするとよいだろう。

簡単に紹介すると、「編纂」とは、執筆者の原稿をとりまとめて形にして行く行為のこと。「編集」とは異なり、辞書づくりにおいては、世の中で使われ始めた新しいことばを掘り起こす「用例採集」、どのことばを辞書に掲載するかの取捨選択、そして選んだことばの「語釈」を書く作業を行う人、といえる。

改訂版の場合は、世の中の移り変わりとともに必要となる、手直しを加える作業も含まれる。改訂するといっても大変な作業なのは言わずもがな、前版から6年ぶりという最近出た「第七版」は、改訂までの間隔が短い部類とのことだが、追加したことばは約4000語にのぼる。

と言われても、多いのか少ないのか実感がわかないかもしれないが、項目数が82000なので推してしるべし。版と版の間の「用例採集」や「手入れ」の地道な作業こそが編纂であるといっても過言ではないだろう。

ちなみにこの「用例採集」は、新聞や雑誌、テレビを見て拾う場合もあれば、バスや電車で女子高生の会話をiPadにメモするような事もあるそう(女子高生とは限らないが)。はたまた、カメラ片手に町歩きをして、看板や広告を撮影して回るということもあるようだ。

そのあたり、『辞書に載る言葉は、どこから探してくるのか?』というご著作にも詳しい。詳しいというよりも、東京中を歩き回ってそれぞれの地域特有の言葉を拾って行く、エッセイのような、実践的東京歩き用例採集ガイド読本だ。そういえば、この本のサブタイトルには「ワードハンティングの現場から」とある。あまり聞かないこの言葉、「ワードハンティング」をこちらは用例採集したいくらいだが、どうだろう。

話がはてしなくそれていきそうだが、今回紹介したいのは、そんな、編纂に携わる日本語職人が、人とのつきあいを潤滑にするためにどんな点に心を砕いているかの本だ。本屋で見つけて、冒頭の「敬語をうまく省いてみる」(第1章 コミュニケーション 相手との距離を近づけることば)の文章に心奪われ、この本をレジに持って行った。

というのも、私はちょうど「問い合わせの電話をしているだけなのに、いちいち『よろしいでしょうか』『させていただきます』と何度も言われてうるさい」というTwitter上での知り合いのつぶやきを読んだところで、大いにその意見に賛同していたのだ。

これは敬語の濫用に腹を立てているわけだが、本の中でも“敬語を使う事によって生じてしまう相手との距離感”についての危惧があり、敬語を使用する際のチューニングの難しさがどちらも問題となっている。

それでは、敬語の使い過ぎを避ける方法はなんだろうか。飯間さんは「動詞をぼかしておく」「独り言の形式を使う」という技を提案されている。つまり、「もう昼ごはんは食べましたか?」と「もう昼ごはんは食べた?」の違いは、最後の動詞「食べる」のかたちだけ。それならその動詞を会話で省けばよい。「○○さん、もう昼ごはんは……?」とぼかすのである。

「独り言の形式を使う」も結構使えそうだ。『ブラタモリ』の同行の女子アナのようなもので「鎌倉って、骨がたくさん埋まっているんだ!」と独り言のごとくつぶやくことで、丁寧になりすぎずに視聴者に強調ポイントが伝わっていく。

まとめてみよう。昼食への前哨戦としては「ああ、おなかが空いてきた」と自分につぶやけばまずその意図が伝わり、相手も「そういえば……もうお昼なんだ」と独り言返しすれば合意形成ができる。次のステップとして「もしよかったら、一緒におすしか何か(食べにまいりましょう)」「わあ。うれしい。じゃあ、ぜひ(お願いします)」と進めば結果オーライ、独り言&動詞ぼかしの技で、丁寧すぎず、かといってなれなれしくもない会話が続けられるというわけだ。多用は禁物だが、やってみる価値はあるだろう。

ほか、気になる小見出しを拾って読んでいくのもこの本の場合はよさそうだ。「お疲れさま」は時と場合による/物も言いようで角が立つ/穏やかに注意するための「基本文型」/ことばが私に嘘をつかせる この辺りは、私にはとても参考になった。

第2章の「分かりやすい表現 確かに伝える方法を考える」も参考になることが多い。そのあと後半になると、ことばとのつきあい方や対する姿勢も書かれており、第3章の「ことばを蓄える 知って、調べて、味わう」、第4章「ことばの基礎知識 もっと掘り下げて考えるために」、第5章「ワードハンティング アンテナを張り巡らしてみる」など、初めて読む人には逆に興味深い部分になるのではないだろうか。

さて、楽しく紹介していたら、あっというまに字数がきてしまった。それにしても、ご本人には読まれたくないレビューだ。まちがいを指摘されたらどうしよう。と、そんな意地悪な方ではないのは本を読めばわかるのだが、逆に「こりゃおもしろい」と言って採集されるようなことばをもっと入れた方がよかったか……。

ことばは、まったくもって使い方次第なのである。

三省堂国語辞典 第七版
作者:
出版社:三省堂
発売日:2013-12-11
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辞書を編む (光文社新書)
作者:飯間 浩明
出版社:光文社
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辞書になった男 ケンボー先生と山田先生
作者:佐々木 健一
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出版社:中央公論新社
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