『寺院消滅 失われる「地方」と「宗教」』諸行無常の響きあり

内藤 順2015年06月01日 印刷向け表示
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寺院消滅
作者:鵜飼 秀徳
出版社:日経BP社
発売日:2015-05-21
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今、日本全国には77,000にも及ぶ寺院が存在するという。コンビニの数が52,380店というから、その多さに驚かれる方も多いだろう。だがもっと驚くのは77,000のうち、住職がいない無従寺院の数が20,000を上回るという現実である。

昨年「地方消滅」という言葉が、世間を賑わせた。2040年までに人口が急減し、896もの自治体に消滅の可能性があると報じられている。この地方の人口問題はまだ警鐘が鳴らされている段階にすぎないのだが、寺院の問題は既に消滅期へと突入しているのである。

本書は、そんな寺院の未来、現在、そしてターニングポイントとなった過去までを連ねた一冊である。著者は、僧侶の資格を保持する経済記者。消えゆくものを見える化するために全国津々浦々を回り、情報を足で稼ぐ必要があった。北海道、鹿児島から、離島や被災地まで。その取材量が、まさに圧巻である。

限界集落とも呼ばれる過疎の村。その多くの地域が、深刻な寺の空き家問題を抱えている。空き寺を放置することによって伽藍の崩壊や、犯罪を誘引するリスクも高まるわけなのだが、有効な手立ては打てていない。また人口の移動だけでなく、地方から都市へと墓が移動する「改葬」も増えてきているのが実情だ。

(左)離島を去る人達は、墓を倒していく。(右)長崎県宇久島の妙蓮寺より一望できる風景。手前が「墓じまい」した後。

墓が全国を彷徨うーーこのような現象の背景には、寺と檀家との関係が希薄になっていることが影響している。そして改葬が増えるとともに、埋葬文化の差から生じるトラブルなども噴出してくる。檀家と菩提寺という言わば「都市と地方」の相容れない立場の隙間を埋めることは、なかなか難しいのだ。

このような光景からは、「市場経済」に押されて苦境にあえぐ「贈与経済」の姿が見えてくる。寺院の生業の根幹にあるのは、檀家制度と呼ばれる仕組みである。江戸時代に幕府が定めたこの制度により、日本国民は漏れなくどこかの寺の檀家になることを義務づけられ、お布施が安定的に入ってきたのだ。このカラクリにより、長らく寺院の経営は支えられてきた。

そこへきて、昨今の人口減少問題である。地域差こそあるものの、寺院が専業で食べていくためには、少なくとも200軒の檀家数がなければ難しいと言われる。その屋台骨が揺らいでいるのだ。

この側面だけに着目すれば、「寺院消滅」は「地方消滅」と相似形の問題のようにも思える。一極集中か、地方創生か。だが寺院の問題には、「選択と集中」だけでは解決しえない問題も横たわっている。

東日本大震災における宗教施設の被害について取り上げられることは、あまり多くない。寺や神社が津波にのみ込まれ、跡形もなく消えた「被災寺院」ーーこれらの宗教施設は、震災から4年以上が経過した今でも、ほとんど再建できていないという。いわゆる「政教分離の原則」があるため、宗教団体は公の支援を受けることができないのだ。

津波で破壊された陸前高田の龍泉寺。本堂や庫裏は流されて位牌堂だけが残っている。

また仏教特有の格差問題として「尼僧」を取り巻く厳しい現実もある。一般寺院とは本店、支店のような関係にあり、脇役に徹するのが常のため、当然経済的な基盤も脆弱だ。かつては3000人ほど存在した尼僧も今や約250人で、そのほとんどが70代以上。一方で40歳以下の若い尼僧は皆無のため、もはや”絶滅危惧種”に近い状態であるという。

このまま「消滅可能性寺院」の問題が進行し、寺院が跡形も無くなったら、どのようになってしまうのか? そんな宗教なき時代の未来予想図は、意外にも過去の歴史の中にあった。およそ150年前の鹿児島県において、県内から寺院と僧侶が完全に消えてしまった事例があるのだ。本書の後半では、ここを起点に日本仏教の黒歴史へと分け入っていく。

仏教は長らく神道と共存共栄の道をたどり、神仏習合こそが、日本特有の信仰の形であった。だが幕末の尊王攘夷論の中で国学思想が浸透し、明治時代になると「神仏分離令」が出される。これが、幕末から明治初期にかけて全国的に実施された「廃仏毀釈」と呼ばれる仏教弾圧を引き起す。

特に全体主義の県民気質が強かった鹿児島では、過激に「仏」が破壊されたのだという。廃仏毀釈の後、寺を失った墓地は市民墓地として再編され今日へと至った。寺と墓が切り離されているという現在の鹿児島県に見られる特徴は、幕末に由来を持つのである。

(左)首と腕が破壊された鹿児島県園林寺の仁王像。(右)感応寺の境内にある石仏。首は一度刎ねられたが、モルタルで修復された。

その後も権力と宗教との激しいせめぎ合いの中で、仏教は「方便」と「変容」を重ね、互いに利用し合う存在へとなっていく。戦時下の伝統仏教教団の多くが戦闘機や軍艦を提供し、「従軍層」や「大陸布教」といった矛盾も存在した。さらに戦後の農地改革によって、土地を保有する寺院が壊滅的なダメージを受けたことは、昨今の衰退に大きな影響を及ぼしているという。

国立市にあるモダンな外観の一妙寺


だが本書では、悲嘆にくれた終末論のみが展開されているわけではない。都市と地方の中間に位置するようなエリアで、様々なイノベーションが起こっているのも事実だ。賛否両論を承知のうえで「ゆうパック」による遺骨の送付を開始した埼玉県の住職。彼は檀家制度こそ諸悪の根源とし、新たな会員制度を開始した。またモダンな建築による感動葬儀を謳う寺院や、企業セミナーとして活用される事例なども紹介されている。

失われつつある寺院というテーマではあるが、改めてその実態を知るにつけ、良くも悪くも仏教という存在が宗教という範疇に収まるものなのかという疑問も湧いていくる。むしろ体系化されたナレッジと言った方が近い印象を受け、寺院の消滅はその一角が切り崩されているのに過ぎないのかもしれない。手付かず領域の多さを考えれば、未来を撤退戦と捉えるのはまだ早い。

そもそも「日本人は無宗教だから」という常套句の中で生きていく必要など、毛頭ないだろう。「葬式仏教」と揶揄する言葉は、我々の固定概念が生み出したものではなかったか。利用したいときに利用するーーその寛容性こそが、仏教の持つ最大の特長なのである。

いずれにせよ我々は「過去」と「未来」という連続性の中に生きており、寺院とは両者をつなぐ象徴のよう場所である。生きる意味を問う場所、それ自体がどのように生き長らえて行くのか。そこに注視する価値があることだけは、間違いない。

<画像提供:日経BP社>

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