『なぜ人類のIQは上がり続けているのか? 人種、性別、老化と知能指数』 知能の謎に迫る!

村上 浩2015年06月02日 印刷向け表示
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なぜ人類のIQは上がり続けているのか?
--人種、性別、老化と知能指数
作者:ジェームズ・R・フリン 翻訳:水田賢政
出版社:太田出版
発売日:2015-05-28
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 著者ジェームズ・R・フリンは1980年代に発表した論文で、アメリカをはじめとする工業国で、時代とともにIQ(Intelligence Quotient)が上がり続けていることを確かな証拠で示した。人類が過去100年にわたって賢くなり続けているという研究結果は大きな反響を呼び、このIQ上昇は著者の名前から“フリン効果”と呼ばれるている。

フリン効果は、更なる疑問を呼び起こさずにはいられない。なぜ、人類のIQは劇的に向上したのか、21世紀もこの傾向は続くのか、そもそも人類の知能は本当に向上しているといえるのか。本書はIQ研究の世界だけでなく、知能そのもののとらえ方に新たな視点を提供したフリン自身が、様々な時代と地域のデータを丁寧に分析することで上記の質問に答えを出しながら、「時代や場所が人類の知性にどんな影響を与えているのか」を解き明かしていく。

日本でのIQに対する関心は欧米ほど高くはなく、フリン効果に関する日本語文献もほとんどなかったという。しかし、IQは社会で重要な役割を果たすことも多く、アメリカではその高低が生死を左右する場合がある。なぜなら、アメリカ最高裁判所ではIQが70以下の人から死刑を免除しているからだ。フリン効果が正しいなら、アメリカ人のIQは年間0.300ポイント上昇し続けており、どの時点を基準にIQを計測するかで人の生き死にが変わってしまう。死刑以外にも記憶喪失の判定や教育制度の設計など、IQは現実の社会に、自らの生活に影響を与える指標となりうるのだ。本書では、どうすれば動き続ける基準を公平に活用できうるかも議論されている。

フリン効果の謎に迫るためには、そもそもIQが何の数値であり、どのように計測されているのかを知る必要がある。詳細な説明は本書に譲るが、重要なポイントはIQ数値が、あくまで同年齢集団の基準を100とした「相対評価」であり、「絶対評価」ではないということである。例えば、ウェクスラー式知能検査では標準偏差は15に設定されており、68%の人が85~115に分布するようになっている。

絶対的尺度のない知能を扱うために、フリン効果には「知能検査などの一般的に使われる認知能力の指標は、測定値を解釈するために欠かせない、真の比率尺度という性質に欠けている」という批判もよせられてきた。本書では、とらえどころのない知能を数値化することの意味から説き起こし、これらの批判に反論していく。フリン効果の正しさを支持する研究は次々と集まり続けており、今では多くの研究者がフリン効果を実在のものであると考えているのだ。

本書には多くの統計データが登場する。前半部分ではそれらの数値の読み解き方が議論の中心となるので、著者の論理展開を追うのに少々苦労するかもしれない。それでも、1つ1つの数値がどのようなサンプルから抽出されたものか、計算された数値の大きさはどのような意味を持つのか、数値から導き出された因果関係は実社会とどのように結び付けられるのかを著者とともに考える経験は、世の中に溢れるデータを読み解く目を一段上のレベルへと引き上げてくれるはずだ。

人類のIQ向上は社会に様々な影響を与えており、道徳の改善もこのIQ上昇に支えられているのではないかと考えられる。仮定的条件を真剣にとらえるという高度に抽象的な思考能力が、道徳の発展には不可欠だからだ。著者は、人種差別を擁護していた1885年生まれの父との苦い経験を紹介している。父を説得しようと著者が発した「もし父さんの肌色が変わったらどうするの?」という質問に、父は「バカも休み休み言え。肌色が変わった人なんて見たことあるか?」と答えたという。これは決して著者の父が愚かであったことを示すものではない。昔の世代の生活では仮定や推論が必要とされる機会が少なく、今の世代ではこのような能力が求められる場面が増えたに過ぎない。

フリン効果をもたらしたものは何なのか。これまでも、栄養状態の改善、公衆衛生環境の向上、高等教育の普及など、様々な説が提唱されてきた。著者はそれらを改めて検証することで、人種や性別と知能の関係にまつわる多くの神話のベールを剥がしていく。“女子大学生は男子大学生よりもIQが低い”というのは事実だが、“女性が男性よりもIQが低い”というのは事実ではない。大学生という属性は生まれつきのものではなく、選抜の結果であることを考慮する必要がある。つまり、勤勉さに勝る女性は低IQでも大学に入学することができるのでる。

著者は、あまりに多くの心理学者が相関係数や知能指数分布にのみ注目し、その裏にある人間の生活に関心を払っておらず、「知能の研究は、社会的想像力が欠けているせいで前に進んでいない」と指摘する。心理学者達が、的はずれな心理学モデルに拘泥するあまり、社会的側面が抜け落ちているというのだ。知能にはまだまだ解き明かされていない部分が多い。人類は向上したIQでどこまでその謎に迫れるだろうか。

暴力の人類史 上
作者:スティーブン・ピンカー 翻訳:塩原通緒
出版社:青土社
発売日:2015-01-28
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人類の歴史を狩猟採集時代から振り返ることで、暴力がどのように減少してきたかを解き明かす壮大な一冊。この本の著者スティーブン・ピンカーもフリン効果を用いて、自説を展開している。レビューはこちら

階級「断絶」社会アメリカ: 新上流と新下流の出現
作者:チャールズ・マレー 翻訳:橘明美
出版社:草思社
発売日:2013-02-21
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 フリン効果という名前は『Bell Curve』でこの本の著者によって付けられている。この『階級「断絶」社会アメリカ』では、既に決定的に断絶してしまったアメリカ社会の問題を鋭くあぶり出している。レビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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