『再生の島』離島の奇跡に学ぶ

峰尾 健一2015年07月09日 印刷向け表示
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再生の島 (文春文庫)
作者:奥野 修司
出版社:文藝春秋
発売日:2015-05-08
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 「そ・つ・ぎょうぉ~、オメデトウ!」

「イェーイ」
声をあげ、制服を着たまま数メートル下の海面に向かっていっせいに宙を舞った。いつ頃からはじまったのか、いまでは卒業式の直後に行われるこの島の儀式になっている。

表紙の写真は、その飛び込みの瞬間を収めたものだ。顔は見えないが、皆透き通るような笑顔だったに違いない。実は彼らの約半数は、数年前まで不登校生活を送っていた。

舞台は沖縄本島南部、南城市の沖合約5キロに浮かぶ離島、久高島。卒業生を含め10数人の子供たちが、この島の集落のはずれにある「久高島留学センター」(通称:センター)で共同生活をしながら近所の中学校に通う日々を送ってきた。卒業生9人のうちこの島で生まれたのは3人で、あとの6人は関東や関西など県外からやってきた、いわゆる山村留学である。

親元を離れてこの島で暮らすうちに、不登校児たちの大半は、まるで魔法がかかったのかのように生まれ変わる。この島で何が起きているのか。何が彼らを変えるのか。『ナツコ』や『心にナイフをしのばせて』などの著作で知られるノンフィクション作家の奥野修司氏が、2006年から2008年にかけての約1000日間の取材の結果を一冊にまとめた。本書は2012年に出た単行本版を改題、一部修正し、文庫化したものだ。

センターに来る不登校児たちは人間関係をうまく結べない点で共通しているが、特徴は皆バラバラである。人に迷惑をかけても気にしなかったり、何でもすぐに忘れたりしてトラブルをよく起こす「ゴン」。別居した両親の不仲や女の子が伝えてくる恋心など、他人の感情を読み取ることができない「ソウマ」。母親や姉がそばに居ないと学校へ行けず、小学校6年間のほとんどを不登校で終えた「ユウスケ」(なぜか修学旅行だけは喜んで行ったらしい)。などなど、程度の差はあれ閉じた世界を生きてきた彼らが、センターでの共同生活を通して他人との距離感を学び、精神心的にも自立していく過程が本書では描かれる。

子供たちを変える大きな要因は、彼らを取り巻く環境によってもたらされる「強制力」だ。不登校の時と真逆の環境にさらされることで、もがきながらも徐々に壁を克服していく。

センターでの生活は非常に規則正しい。朝6時までに起床し、散歩をしたあと7時に朝食をとって島の学校に行く。放課後は部活だけでなく、自分たちで食べる野菜をつくるための農作業もする。夕食は7時で消灯は10時。島にコンビニはなく、おやつはセンターで与えられるものだけ。さらにテレビも見られずゲームもできず、携帯電話も使えないという徹底ぶりだ。

プライバシーもまったくない。中央に大広間、その両側に男子部屋と女子部屋、といういたって単純な生活空間だから、常に周囲とつながっている。そもそも引きこもることができないのだ。加えて離島の小さなコミュニティでは皆が顔見知りなので、施設の外に逃げ場を求めることもできない。スケジュール的にも空間的にも拘束されていることで、周りと上手くやっていく方が得策だと半ば諦めがつくのだろう。

だが最も大きいのは、センターの代表である坂本清治氏の存在だ。愚直で武骨な性格の坂本氏は、子供たちにとってはうるさい頑固親父でありながら、大きな信頼を置かれている。絶対的な「父」を中心としたこの関係性は、「ひと昔前の日本ならどこにでもあった大家族の風景」のようだと著者は言う。

ある意味独裁的ともいえる坂本氏が信頼されるのは、指導の1つ1つが、本質を捉えた筋の通ったものだからだ。浜辺で1人ゴミ拾いに夢中になるソウマを島の海人たちが「浜を掃除する感心な子」と褒めても、坂本氏は「ゴミ拾いはソウマの逃げだからね。もっと人に関わりなさい」とピシャリ。近くの商店で万引きした子供に対しては「万引きしたことをみんなで話し合うんだよ」と言い、ただ謝って終わらせずに根っこにある原因を見つめさせる。

もちろん坂本氏だけでなく、子供たちと一緒になって海に飛び込むアクティブな兄貴分スタッフや、夜遅くまで相談に乗ってくれる聖母のようなスタッフなど、様々な役割を持った人々がセンターを支えていることも忘れてはいけない。孤高な坂本氏と周囲の間に立つ存在がいるからこそ、窮屈ともいえる環境で3年間も過ごすことができるのだ。

センターの卒業生は、久高島を去った後もそれぞれのステージで活躍していく。特に、小学校時代はほとんど学校に行かなかったユウスケが高校ではボート部に入り、選抜大会や国体に出場するほどの選手になったのには驚かされた。練習メニューを1日も欠かさずやり通したのだという。久高島で心身共が鍛えられたのに加えて、今まで内に秘めてきたエネルギーが一気に炸裂したのだろうか。

現在の久高島留学センターに坂本氏はいない。センターの募集要項には、「心身ともに健康な子」、「自分の身の周りのことは自分でできる子」など、以前はなかった条件が盛り込まれるようになった。坂本氏辞任の顛末が書かれた文庫版あとがきを読むと、本書の物語が奇跡的なバランスの上に成り立っていたことが分かる。詳細は本書に譲るが、単行本を読了済みの人もこの文庫版あとがきにはぜひ目を通して欲しい。

久高島が「再生の島」ではなくなったからといって、本書の価値が減じることはない。教育における「自由」と「強制」のバランス、環境による影響、親が子にもたらす影響、子供たちの繊細な心理など、一言では片づけられないようなことに対して多くの気づきを与えてくれる。離島の、大自然の、カリスマ指導者の、といった特別視をせずに、人を育てていく上での普遍的なエッセンスを読み取ろうとすれば、爽やかな青春物語にとどまらない一冊として読むことができるはずだ。

火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)
作者:オリヴァー サックス 翻訳:吉田 利子
出版社:早川書房
発売日:2001-04
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坂本氏は久高島に来る子供たちを「問題児」と言わず「まだ地球の生活に慣れていない宇宙人」と 言う。オリバー・サックスは「わたしは火星の人類学者のようだ」と語った。この名著が『再生の島』でも言及されているのは納得。

その〈脳科学〉にご用心: 脳画像で心はわかるのか
作者:サリー サテル 翻訳:柴田 裕之
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2015-07-01
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一般的に発達障害は脳の機能異常であるため治らないとされているが、脳の器量の問題ではなく「家族や家庭の問題として考えないと救いようがない」と坂本氏は言う。『その<脳科学>に~』でも麻薬の中毒者を例にとって、過度に脳のせいにすることで中毒者が治療薬に頼らず自分の意思で依存から脱する道を狭めてしまうという話が出てくる。本書の訳者あとがきが読める、解説から読む本はこちら

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しん22015.7.12 12:41

山村留学というものを初めて知りました。制度が変わってしまったのは残念ですが、とても興味深い事例ですね。 細かい点ですが、自身を「火星の人類学者」と例えたのはサックス自身ではなく、その本に取り上げられている動物学者のテンプル・グランディンではなかったかと思います。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
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