一つを極めれば、他は自ずと理解できる『習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法』

冬木 糸一2015年08月25日 印刷向け表示
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習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法
作者:ジョッシュ・ウェイツキン 翻訳:吉田 俊太郎
出版社:みすず書房
発売日:2015-08-18
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趣味でも仕事でもいい。

長く一つのことを継続的に行なっていると、そこで覚えた技術、感覚、発想などがよく似た別の分野や、あるいはまったく異なる場面でも「応用」できることに気がついたことがないだろうか。

自分の例を出せば、長年レビューを書いてきた経験が、本職であるWebプログラムの問題解決や、設計思想に影響を与え、逆にプログラムを学んだことがレビューで情報をどのように整理し、展開すべきなのかのヒントにもなることが何度もあった。これまではそうしたショートカットを「ラッキィ」という程度にしか捉えていなかったが、本書を読むとそうした「ラッキィ」な状態を意図的に引き起こすことができるのだと理解できるようになった。

本書『習得への情熱』は、かつて映画『ボビー・フィッシャーを探して』のモデルとなり、神童と呼ばれた天才チェスプレイヤージョッシュ・ウェイツキンが突如太極拳をはじめ、世界大会に出場する高い技量に至るまでの、「一つを極めることで、他の物事も理解できるようになる」習熟の過程を綴った本だ。まるで反響しあうように、チェスと太極拳で循環的な学びが機能していく気づきの連続は実にエキサイティングである。

たとえば、ある嵐の午後、バミューダの崖に座って岩に打ちつける波を眺めていたときのことだ。引いてゆく波の動きだけをひたすら見ていると、ここ何週間もずっと取り組んでいたチェスプロブレムの打開策が突然ひらめいた。また、ある時は、チェスプロブレムに没頭し、頭の中で八時間も手を読んだ直後に、太極拳の上達のきっかけを思いつき、その夜のレッスンで試してみると大正解だったりした。

そもそも、なぜ突然太極拳をはじめたのか

そもそもなぜ、映画が公開される前から高い技量と勝負強さを発揮し、その名を知られていたジョッシュ・ウェイツキンが突然太極拳を始めるに至ったのか。

実は、映画の公開後には、映画ファンからの注目を浴び、しきりとサインを求められ、どこにいっても「ボビー・フィッシャーの人」として扱われ、他のプロからのやっかみも買いと、真剣に競技に集中できる状況ではなくなってしまったという。そんなときに彼が出会ったのが老子の思想書『道徳経』で、これをきっかけにして仏教や道教の思想にのめり込み、ついには太極拳スタジオでレッスンを受け始めるまでに至る。

チェスも太極拳も最終的には世界最高レベルの腕前に到達し、同じく最高レベルの対戦相手としのぎをけずってきた著者であるから、単体のエピソードも興味深いものばかりだ。その上文章も抜群にうまい。たとえばチェスについて語った下記に引用する文章など感覚的なものだが、まるでこちらも緊張感を体験しているかのように内実が伝わってくる名文である。

チェスをしているときというのは、まず何かを感じてから、その後でそれが何なのかを頭で理解できるものだ。唐突に皮膚がざわめき、ちょうど野生動物が危険を察知したとき、または獲物を見つけたときのような高揚感に包まれる。それは意識を集中させてゲームに臨んでいるプレーヤーの頭の中で、無意識が「ここには発見されるべき何かがあるぞ」と注意を喚起してくる瞬間であり、その感覚を得た上でようやく意識的な探求がはじまるのだ。

チェスというロジカルな思考を基本とするはずのゲームをこのように感覚的な言葉で語り、一方で驚くほど地味ながらも衝撃的なパワーを発揮するまるで「気」としか表現できないような太極拳の動きは、実にロジカルで理屈っぽく「こういうことなんじゃないか?」と分析してみせる。

より小さな円を描く

たとえば、彼はまず具体的な例をあげなら、単純な太極拳の型、時には手を数インチだけ前に出す──を繰り返し繰り返し行うことによって、太極拳の感覚を研ぎ澄ませていく事の重要性を語る。苦労しながらそれを感覚的に行えるレベルにまで落としこんで、別の型に応用してみると、『突然、すべてが、もっと高いレベルで開花し始めた。』のだという。太極拳の退屈で基本的な型が、実は太極拳のシステム全体に広がる基本原理につながっていたのだ。

これもまたチェスと共通している方法論なのだ、と話は繋がっていく。チェスでも、あえて複雑さを取り払ったエンドゲームの局面、手持ちに合計3つの駒しかない状況からチェスを研究し、そこで駒の動きと戦術戦略の原理原則を叩き込んでしまえば、いきなり複雑なオープニングやミドルゲームを学ぼうとするよりも複雑な局面に対応することができるようになる。太極拳のシンプルな型とは、それと同じことをやっているのだと。

『まず課題となるテクニックのエッセンス(たとえば、高度に洗練され、自分の中に深く吸収した身体メカニズム、または感覚)に触れ、その上で、そのエッセンスの真髄だけを保ちながら、テクニックの外形を徐々に小さく凝縮させてゆく。』広く敷衍させられる、その分野の原理原則が詰まった凝縮させられた道からまずは始めること。そこをきちんと習得し、感覚のレベルにまで落とし込んだ後でより大きな円を描くように応用し、展開していくこと。本書ではこうした考え方を「より小さな円を描く」アプローチだといって分類している。

本書で紹介される技法はこれだけではない。徹底的に一つの技術を学び、プロセスを分割して知覚することによって「時間の流れを緩める」技法。対戦相手の意図をコントロールするための技法。プロチェスプレイヤーとして、また数々の世界選手権に出場した著者ならではの「平静を保ったまま緊張感を保ち続ける方法論」など多様かつ広範に応用可能な原理原則を他にも多く得ることができるだろう。

もちろん学ぶ対象が違えば、そのトレーニングや学習方法も変わってくる。太極拳をやったからといって、他に何もしないでチェスが強くなるわけがない。しかしより抽象的に捉えてみれば、学び、自分のものとしていくプロセスそれ自体はみな同じなのだ。一つの物事に一度でも習熟してしまえば、その感覚をクォリティの指標として、別の分野に応用する時の基準値とすることができるようになる。本書にはその為の技法が敷き詰められている。

ちなみに著者は2004年の中華杯国際太極拳選手権で推手二部門を制覇し、その後はブラジリアン柔術に転向。こちらでも世界屈指の柔術家マルセロ・ガッシアの元で黒帯を取得するなどその習熟への技法を発揮させ挑戦を行っている。彼ののちの経歴まで含めて、本書の理論の正しさが証明されているようにも思う。

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