凄みある現場の声 『「子供を殺してください」という親たち』

吉村 博光2015年10月03日 印刷向け表示
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「子供を殺してください」という親たち (新潮文庫)
作者:押川 剛
出版社:新潮社
発売日:2015-06-26
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本書は、精神を病んだ人を説得し医療につなげる「精神障害者移送サービス」に従事する著者がまとめた本だ。生命の危険を伴う仕事であろうことは想像に難くないが、全体の半分以上をしめる第1章「ドキュメント」では、想像をはるかに上回る壮絶な事例が多数紹介されている。その文章は、第三者によって安全な所から書かれたものとは違い、対象者の回復を願い行動を共にしている著者の目線で書かれたものだ。だから、読者は冒頭からグングン引き込まれていく。後述するが、私にとってこの第1章は、親として得たものが非常に多かった。

第2章以降は、精神保健分野の問題点について、法制度の面もふまえ解説し、提言している。これを読むと我が身の危険を感じ、背筋が寒くなる。危険をかかえた人が、長期入院を減らす国の施策によって退院を促され、市中に増える傾向にあるという。他人事ではない。すぐ身近に危険は迫っているのだ。私が本書を初めて読んだ8月以降、注意してニュースをみるようになったからかもしれないが、著者が危惧するタイプの犯罪が目に見えて増えているように感じられる。否応なく、危機感が募った。

第1章では教育について考え、第2章以降で制度について考えた。壮絶なドキュメントから始まり、現状への問題提起、そしてそれに対する提言。この凄みある現場からの声を、ぜひ多くの人に読んでもらいたい。内憂外患という言葉があるが、安保法制も大事だが、精神保健福祉法も大事ではないか。対外的な「平和」ともども、これまで当たり前だと思われていた「穏やかに暮らせる環境」が、実のところは砂上の楼閣にすぎない、ということを本書はあらためて気づかせてくれる。

過度の教育圧力に潰れたエリートの息子、酒に溺れて親に刃物を向ける男、母親を奴隷扱いしゴミに埋もれて生活する娘・・・・・・。ドキュメントで紹介されるのは、親も病院も扱いきれず、警察のお世話になる一歩手前のグレーゾーンにある人たちだ。事ここに至っても親たちは、専門家に任せればすぐに元の良い子に戻ると信じているそうだ。著者が長期戦になることを告げると、ならば金は払えないと逆上し、治る見込みがないならむしろ「殺してくれ」と懇願されるという。『「子供を殺してください」という親たち』というタイトルは、決して奇をてらったものではないと著者はいう。

幾度も耳にするようになったこの言葉に、非常に危機感を抱いたからです。私はこの言葉の背後に、「面倒なもの」「危ないもの」「厄介なもの」を徹底して排除しようとする、家族そして社会の姿が見えるような気がしています。本当にそれでいいのだろうか?と強く思ったことが、筆を執るきっかけとなりました。(本書「あとがき」より)

もし、現在進行形の当事者が本書のこういった指摘を読めば、気分が悪くなり、本を伏せてしまうかもしれない。当事者でなくとも、親のせいにするのは可哀想、という思いがはたらくだろう。しかし一方で、親の深い関与によって子供が立ち直った事例も本書では紹介されているため、著者の主張には強い説得力があった。中でも最も私の心をとらえたのは、必ず過去に分岐点となった出来事があるという教訓だった。このことから私は、「教育は、可塑性の高い幼少期に、より本腰を入れて取り組む必要がある」ということを学んだ。

要するに、子供部屋に入るのが怖くなってからでは遅い、ということだ。軽い気持ちで放置すると、時とともに解決が難しさを増していく。子供が親との時間を必要としている時期に、親自身が大切だと思うことを「本気で」伝える姿勢が大事だ。そこで「本気さ」を示すことは、自分がいかに大切にされているのかを子供に気づかせることでもある。もしそこから逃げて、子どもの望みを満たし続けていると、共依存が生まれ、子供は満たされなければ怒るようになる。私は本を読んで遊んでばかりいる大人だが、それなりに自分が正しいと思っていることはある。それを懸命に子どもたちに伝えていきたい。他人から見れば、間違っていることも含めてだ。これが、第1章を読んで得た私なりの結論だった。

このように親として読む一方、鳥になった気持ちで、社会的な考察もした。もし著者の言う“親力がない親”が増えれば、親との軽度な共依存をひきずったまま社会人になるケースが増える。その場合、どんなに上司が諭そうとも、部下は自らを認めてもらうまで引き下がらないだろう。入社して数年が経っても非常識な行動が後をたたず、忙しいさなか、やがて上司は途方に暮れることになる。もう大人なので極めて可塑性が低く、ハッキリ言って手遅れなのだ。本来、親が担うべき役割を他人が担うことの社会的なコストは、計り知れないだろう。そんな未来が来ないことを私は信じたい。

しかしながら当然、この問題が社会に与えるインパクトとして最も大きいのは、凶悪事件の発生であり、治安の悪化である。そのような事件の報道を見ると、「以前から周辺住民からの苦情があった」「犯罪歴があった」という容疑者情報が流れることが多い。その度に、「なぜ未然に防ぐことができなかったのか?」という憤りを感じる方は多いだろう。本書の読者は、全編を通してこの問いに向き合い、この状況を打開することの難しさを痛感するだろう。しかしそれと同時に、解決の糸口を見いだすこともできる。著者は、第5章「日本の精神保健分野のこれから」で次のような提言をしている。

今や、保健所や医療機関が好んで対応するのは、病識があり、通院や服薬も進んで行える患者です。こういった患者には、退院後のケアも含め、手厚い対応がなされています。しかし私からすると、病識があり、通院や服薬も進んで行える患者だけを精神障害者として扱う現状には、大いなる疑問があります。なぜなら私はこれまでに千件以上の移送に携わってきましたが、家族の最大の悩みは、本人に病識を持たせることができない点にあったからです。仮に医療につなげられたとしても、退院後、通院や服薬をやめてしまい、再びトラブルや問題行動を起こす・・・・・・この繰り返しに、家族は苦しんでいるのです。
(中略)
だからこそ私は、このような対応の難しい「グレーゾーン」の患者(対象者)の初動対応・介入・連携に当たれる、全国防犯協会連合会のような公益財団法人(以下スペシャリスト集団)を作ることを提言したいと思います。

教育に「本気さ」が必要なように、社会問題を扱う本には「本気さ」が不可欠だ。それが本書には、確実にある。私はこの「本気さ」によって著者を信頼し、この提言に与したいという思いになった。特に現実的だと思ったのが、このスペシャリスト集団は警察OBで構成されるべきだとしている点だ。現在、保健所をはじめとする行政機関は、家族に対して「何かあったら110番通報を」と促しているという。千件を超える経験を通して、初動対応・介入のノウハウが最もあるのは、現場の警察官だということを著者は知っている。この著者の提言について、その制度に関わる人に「本気で」検討してもらいたいものだ。対象者、家族、そして周囲の人々の命を護るために。

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