『国家を喰らう官僚たち アメリカを乗っ取る新支配階級』 訳者あとがき by 浅川 芳裕

新潮社2015年10月03日 印刷向け表示
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国家を喰らう官僚たち: アメリカを乗っ取る新支配階級
作者:ランド ポール 翻訳:浅川 芳裕
出版社:新潮社
発売日:2015-09-25
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著者のランド・ポール上院議員は、アメリカで最も注目を集める気鋭の政治家の一人である。

2011年に初当選したばかりの新人議員ながら、2016年共和党大統領選候補世論調査で「大統領にしたい政治家ランキング1位」に七度も輝き、ワシントンの政治アナリストたちを大いに驚かせた。また、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に2013年から2年連続で選ばれるなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いである。

なぜ、彼はそんなに人気があるのか。アメリカ政治の歴史的潮流をひもとけば、自ずとその理由は明らかとなる。

アメリカ合衆国は、イギリスからの独立を勝ち取るために、個々の民兵団(Militia)や個別の邦(State、一般に州)が団結し、連邦(Federation)を形成したのが、その興りである。そして独立戦争に勝利した後も、連邦政府の役割は軍事や外交などごく一部に厳しく制限された。

当時のアメリカの人々は、もし巨大な中央政府を作ってしまえば、いつか必ず官僚たちが越権行為を働き、イギリス統治時代と同様、自分たちの自由な生活を抑圧するだろうと確信していたのだ。そして、官僚機構の介入から個人の自由や私有財産を守るために、合衆国憲法(1787年)や権利章典(1791年)を制定したのである。

建国の父の1人トマス・ジェファーソンが起草した独立宣言(1776年)には、いみじくも(イギリスの)官僚機構に対する異議申し立てがこう記してある。

「現在のイギリス王の治世の歴史は、度重なる不正と権利侵害の歴史であり、そのすべてがこれらの諸邦に対する絶対専制の確立を直接の目的としている(中略)国王は、おびただしい数の官職を新たに設け、この植民地の住民を困らせ、その財産を消耗させるために、多数の役人を派遣してきた」(在日アメリカ大使館ホームページ掲載訳)

こうした官僚機構に対する深い猜疑心は、アメリカのフロンティア・スピリットとも密接に結びついていく。一獲千金を夢見て、荒野のフロンティア(未開地)に出発する開拓農民たちが頼りにするのは、自らの勇気であり、創意工夫であり、忍耐である。自分の身は自分で守る。そのかわり、自分の力で勝ち取った財産は、すべて自分の自由にできる。そのような生活の中で、政府から押し付けられるあらゆる制限やルールに抗する「究極の個人主義」が培われた。フロンティア・スピリットとは、逆にいえば、個人の自由を邪魔する政府官僚や規制と徹底的に戦う精神でもある。

ところがその一方で、アメリカでも次第に官僚の数が増えていく。1829年に初の民主党出身の大統領となったアンドリュー・ジャクソンは、自分の支持者を大量に官職につけるため、猟官制(スポイルズ・システム)を導入する。さらにその1世紀後、同じく民主党から大統領になったフランクリン・ルーズベルトが、個人の自由よりも社会の公平性を優先するニューディール政策を推し進め、在任当初は50万人であった官僚の数を、350万人にまで膨れ上がらせた。

伝統的に「小さな政府」を志向していたはずの共和党も、2001年に大統領に就任したブッシュ・ジュニアの時代に変節する。政府歳出を増大させ、経済活動や個人の自由を縛る規制を強化。さらには海外への積極介入主義を唱えるなど、「大きな政府・保守派(pro-government conservative)」路線に傾倒していく。とくに9.11後、ブッシュ政権が国土安全保障省(DHS)を設置し、愛国者法を施行したことは、多くの保守主義者を激怒させた。国民に安全を提供するためとブッシュは弁明したが、伝統的な保守主義者からみれば、個人の自由を略奪する新たな巨大官庁の設置であり、逮捕状なしに国民の情報をすべて吸い上げる天下の悪法である。

その後の選挙では、民主党のバラク・オバマが、2期連続して大統領の座を射止めている。「大きな政府」を標榜するオバマ大統領は、多くの国民の反発を押し切って国民皆保険を導入した。

現在では、あまりに官僚が増えてしまい、専門家でさえその正確な人数を把握できないほどだ。それどころか、各省庁の組織数さえわからないほど、官僚機構は肥大化してしまった(一説には、末端組織を含めて2000以上の組織があるといわれる)。そして、建国の父たちが懸念していた通り、官僚たちは自らの権限拡大と予算獲得に邁進し、国民の自由を圧迫し始めたのである。

そこに颯爽と現れたのが、ランド・ポールである。彼は、アメリカを浸潤しつつある官僚支配に公然と反旗を翻し、官僚たちの越権行為を厳しく追及する。官庁や公的企業への不信感を隠さない。もちろん国民皆保険には大反対である。そんなものは、彼にとっては国民の選択の自由を奪う象徴でしかない。銃規制に対しても断固として戦う。自由と財産を侵害する他者が登場すれば、たとえそれが政府の官僚であっても、いつでも武力で対抗できるのがアメリカ国民に与えられた神聖不可侵の権利だと固く信じているのだ。

ポール議員は自身の政治的立場を「立憲保守派」(constitutional conservative)と表現する。合衆国憲法に記された建国の父の理念を保守することこそが、自らの使命だと考えているのだ。それは端的にいえば、「官僚機構から、個人の自由と私有財産を守る」ということである。

そんな彼に、アメリカ国民は拍手喝采を送っている。彼が2016年の大統領選を勝ち抜けるかどうかはわからない。しかし、たとえ今回勝てなかったとしても、建国の父の理念を守ろうという彼の政治信条は、今後も多くのアメリカ人の心をとらえ続けるであろう。まだ52歳の若さである。この先20年はランド・ポールの動向から目が離せそうもない。

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