残念ながら、日本人の8割にこのビジネス書はいらない『異文化理解力』

佐藤 瑛人2015年10月07日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
異文化理解力――相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養
作者:エリン・メイヤー 翻訳:樋口武志
出版社:英治出版
発売日:2015-08-22
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

まずは下の写真を見て欲しい。これは「人物を撮る」ように言われた二人の被験者が撮影した写真だ。撮影した二人のうち、一人はアメリカ人、もう一人は日本人である。どちらの写真がどちらによって撮られたものか、お分かりだろうか。

多くの人が正解を予想できたのではないかと思うが、左がアメリカ人、右が日本人によって撮影された写真である。複数の被験者に対して行われたこの実験において、アメリカ人はほとんどの場合、人物の顔がはっきり分かるようにクローズアップ写真を撮った一方で、日本人は背景まで写るように撮影し、人物が非常に小さくなる傾向にあることがわかった。

西洋の実験参加者「だけど人物の写真を撮れと言われたんだから、左のこそが人物写真だよ。右の写真は部屋の写真だ。どうして日本人は人物の写真を撮れと言われて部屋の写真を撮るんだ?」

アジアの実験参加者「左の写真は人物写真とは言えない。顔のクローズアップ写真だ。これを見てその人物の何がわかるっていうんだ?右の写真には人物が、彼女の全身が、背景と一緒に分かっているから彼女の人となりを推し量ることができる。どうしてアメリカ人は大事な細部を省いて、顔のクローズアップ写真を撮るんだ?」

もしビジネスの場において、違う文化をもつ国出身の人と仕事をともにした経験を豊富にもつ人であれば、このような考え方の違いを目にしたことは一度や二度ではないだろう。

私たちの思考様式や行動パターンは、私たちが想像する以上に、生まれ育った文化によって規定されている。違う文化的背景を持っている人と接するときに、そういった文化的背景がもたらす思考や行動の差異に対して敏感でなければ、相手の意図を読み違え、ひいては思わぬ対立に巻き込まれてしまう。それは単に休暇中の旅行先でのマナーなどに留まらず、ビジネスの場においても多大なる誤解と非効率を生み続けているのだ。

私も個人的にたくさんの経験があり、大きく頷いてしまった一例を挙げてみよう。かつて「『NO』と言える日本人」という本が出版されたことがあったが、その題名が暗示する程に、日本人は表立って反論したり否定したりするのが苦手だと考えられている。その一方でアメリカ人は、何でもはっきりと口に出して主張する、と思われがちだ。果たしてそれは本当だろうか?

アメリカ人の上司から「この資料はとてもいいよ。君は本当によくやった。君には感謝している。後はここのグラフがもう少し見やすいといいんだけどな。」と言われたら、何と思うだろうか。日本なら、「凄く褒められた。よかった!」と考えてしまいがちだが、本当のところアメリカ人の上司が言いたいことは最後の一文だけだ。「ここのグラフがもう少し見やすいといいんだけどな。」とは、「なんてことだ。このグラフはいますぐ修正しないとダメだ。」という意味だと捉えても、言い過ぎではない。それに先立つ3つの文は飾りに過ぎない。

逆の立場で、部下が仕上げてきた資料に修正を求める際、あなたなら何と言うだろうか?「ここ間違っているからなおしておいて」などとぶっきらぼうに言おうものなら、あなたはアメリカ人の部下から「感情的で思いやりがなく、非プロフェッショナルな最悪の上司」の烙印を押されるだろう。

アメリカのビジネスの場では、上司が部下に対して、あるいは議論の場で同僚に対して、表立ってネガティブなフィードバックを口に出すのは、実は大変に失礼な態度だと思われるのが常識だ。アメリカ人の上司が部下にダメ出しをする際、まずは部下の良いところを3つ挙げ、相手を十分に褒めてから、ネガティブな内容に入る、というのが常套手段である。そしてネガティブな意見の内容も、非常にソフトでオブラートに包んだ言い方をしなければならない。

議論の場では、相手の意見に反論するとき、日本なら「それは違うよ!」などとついつい直接的に言ってしまいがちだが、アメリカのホワイトカラーの仕事の現場ではそれは御法度だ。「あなたの言っていることには一理あり、例えばこの部分は賛成できる。そして私としては、こういう考え方もあると思っている」などと、相手の良いところをまず挙げながら、回りくどく反論しなければならない。

少なくとも反対意見を述べるシチュエーションにおいては、日本の方が遥かに直接的で、ときには直情的な文化を持っている。だからこそ安保法制の際など、日本人は冷静な議論ができない、などとついつい思ってしまったのだが。

グローバル企業における異文化マネジメントのプロである著者は、こういった文化的な差異が誤解を生み出す例を大量に挙げた上で、誤解を解消しながら多様性のあるチームでうまく仕事をしていく方法を豊富に提供する。日本文化の例も多く出ており、日頃私たちが常識だと考えている慣習が、他の文化ではいかに異質なものとして捉えられるのかが分かり、思わずショックを受けるだろう。

著者は、ビジネスの場で文化的な差異が特に大きな影響をもつ8つの指標を挙げている。これらの指標におけるポジションの違いが、誤解やミスコミュニケーションを生み出す主な原因となっているのだ。

1.コミュニケーション:ローコンテクスト vs ハイコンテクスト
2.評価(ネガティブフィードバック):直接的 vs 間接的
3.説得:原理優先 vs 応用優先
4.リード:平等主義 vs 階層主義
5.決断:合意志向 vs トップダウン式
6.信頼:タスクベース vs 関係ベース
7.見解の相違:対立型 vs 対立回避型
8.スケジューリング:直接的な時間 vs 柔軟な時間

もう一つよい例を挙げよう。日本企業は4の「リード」指標において、階層主義的な文化を持っている。数千人の従業員を持つ大企業において、CEOと一般社員がファーストネームで呼び合い、気軽にランチに行くような文化を持つアメリカは極めて平等主義だが、上司を役職で呼ぶような日本企業は反対に階層主義的である。

この一方で、アメリカ企業は5の「決断」の指標においてはトップダウン式である。スティーブ・ジョブスを例に挙げるまでもなく、上司の決断は絶対であり、決まったことにはつべこべ反論せずすぐに従わなければならない。ところは日本企業は「決断」においては合意が何よりも重要視され、リーダーが独断で決めて素早く行動に移す、という方式が機能しにくい。

この「リード」と「決断」の二つの指標において、まさに日本的な文化を体現しているのが「稟議」だ。稟議とは、「多重階層の上から下まで、幅広くみんな合意しましたよ」という確認をとるプロセスである。非常に長い時間を要し、反対意見が途中で出ることもない。これが世界的には極めて特異な仕組みであるということは、知っておいて損はないだろう。

なお本書の著者はアメリカ人だが、この本は決して自国文化の優越性を説くことが主旨ではない。気づけばマイクロソフト、グーグル、ペプシコ、マスターカードなど、アメリカを代表する企業の多くでインド人がCEOをつとめている。多様性の高いアメリカにおいて、異文化を敏感に察知して空気を読む能力を身につけなければならない、というビジネスパーソンの謙虚な気持ちに応えるのが本書だ。著者はむしろ、経済発展の中心が中国やインドなどに移って行くに従い、今まで以上に(アメリカ人を含む)ビジネスパーソンは異文化を理解しなければならないと主張している。

なお、読者にとって身近に感じられるように敢えてアメリカと日本の差異ばかりを取り上げたが、本書の中では実に様々な国の組み合わせが紹介されており、なぜそれらの国の人々の間で誤解が生じるのかが詳細に分析されている。イスラエル、ドイツ、オランダ、フランス、メキシコ、中国、イギリス、ナイジェリア、韓国など、著者はよくここまで豊富な実体験を持っているものだと感心してしまうだろう。

HONZの代表である成毛眞は、かつて「日本人の9割に英語はいらない」という本を著している。その心は、9割の日本人にとっては英語よりも幅広い教養を得ることの方が重要であるという点が一つ。もう一つは、残りの1割の日本人は英語が必須であり、もっと英語力を高めなければならない、という点だ。

特に後者については強調しておきたい。本来は非常にハイレベルな英語力が求められるポジションに就いているにも関わらず、その英語力がお粗末な日本人ビジネスマンというのは信じられないくらい多いのだ。だがその英語力と同じくらい、本書のタイトルである「異文化理解力」も重要だ。

英語がペラペラに話せる帰国子女が、日本企業に入って「空気が読めない」「仕事ができない」と阻害されるケースが多いのも、帰国子女とそれを受け入れる側の双方に異文化理解力が足りていないからだと言える。

英語力だけでは、グローバル化の時代を生き残るには足りない。英語については音声通訳などの技術がいつか補ってくれるかも知れないが、異文化理解力はそうはいかないのだ。だからこそ、単なる英語よりもこの本の方が、多くの人にとって役に立つだろう。

※画像提供:英治出版

文明の衝突
作者:サミュエル・P. ハンチントン 翻訳:鈴木 主税
出版社:集英社
発売日:1998-06
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

世界を8の文明圏に分けた上で、冷戦終結後の世界における衝突は、異なる文明間の断層において起こると説いた、地政学の理論書。ハンティントンの定義で、唯一日本だけが、単一国家として一つの文明圏を構成している。単一民族、単一言語で構成される日本という国が、他のどの文明とも異なり相容れないという著者の指摘は、地政学的なリスクを把握する上で、私たち日本人が知っておくべき示唆に富んでいる。 

日本人の9割に英語はいらない (祥伝社黄金文庫)
作者:成毛眞
出版社:祥伝社
発売日:2013-06-12
あなたはどれだけ待てますか―せっかち文化とのんびり文化の徹底比較
作者:ロバート レヴィーン 翻訳:忠平 美幸
出版社:草思社
発売日:2002-06
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
多文化世界―違いを学び共存への道を探る
作者:ヘールト ホフステード 翻訳:岩井 紀子
出版社:有斐閣
発売日:1995-02-20
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
沈黙のことば―文化・行動・思考
作者:エドワード T.ホール 翻訳:國弘 正雄
出版社:南雲堂
発売日:1966-11
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら