『時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち』奇跡的な万年時計の研究

成毛 眞2015年10月24日 印刷向け表示
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福井県若狭湾近くに水月湖という湖がある。周囲長は富士五湖の西湖とほぼ同じ10kmほど。深さ38mの汽水湖だ。このほとんどの日本人が知らない湖こそ、世界中の考古学者や地質学者にとって奇跡の湖なのである。

この湖のおかげで各分野の研究者たちは5万年前に起こった天変地異や人類の進化などについて、より正確な時間を知ることができるようになった。その精度は5万年前で誤差170年だ。

たとえば世界のどこかで、津波の痕跡の中から植物片が見つかれば、その津波が何年に発生したかがたちどころに判る。世界中の研究者たちにとって、まさに万年時計が与えられたようなものなのだ。

水月湖が奇跡の湖と言われる理由は毎年1ミリの堆積物が間断なく湖底に降り積もり、その縞を数えることで正確に年代を特定できることにある。

他の湖の場合は川から流れ込む水や、魚などの影響で、水底がかき乱され、きれいな縞にならないという。それらの影響がなかったとしても、7万年で70メートルの厚さになるのだから、湖が埋まってしまう。ところが水月湖は、近くの活断層のおかげで、絶妙な速度で沈下し続けるという、じつに不思議な湖なのだ。

しかし、時間を特定するためには深さ70メートルもの地層に刻まれた、1本1ミリの7万本の縞を数えなければならない。気が遠くなりようなその作業は20数年間、日英独の科学者たちによって引き継がれながら続いた。本書は2012年にその成果を発表した本人による研究の記録である。

大村智さんと梶田隆章さんのノーベル賞ダブル受賞で、日本中の科学少年が興奮したはずだ。本書はわずか122頁だが、内容はぎっしりと詰まっていて、研究するとはどういうことなのかを学ぶことができる最良のテキストだ。是非、若者たちにこそ読んでもらいたい一冊である。

ところで、著者が率いた研究チームは日英独の混成だった。彼らは縞を数え上げるまで一本の論文も出さなかった。結果的に若い研究者は生涯にわたって誇れる大論文を1本出すことができたのだ。国際混成チームと指揮官の戦略の重要性はラグビーだけのものではないことも学べる一冊でもある。  

※産経新聞書評倶楽部から転載

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