『FIFA 腐敗の全内幕』FIFA腐敗のメカニズムを解明する 編集部解説

文藝春秋2015年11月05日 印刷向け表示
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マネーロンダリング、韓国戦での八百長、W杯開催地選挙、会長選挙で飛び交う実弾。FIFAの闇はここまで深かった! そして2015年5月に迎えた、FIFA幹部の一斉逮捕。本書『FIFA 腐敗の全内幕』は、その端緒をつくったアンドリュー・ジェニングス氏の、長年にわたる調査報道を余すところなく伝えた一冊である。今回は特別に、日本版を手掛けた編集部による解説記事を掲載いたします。(HONZ編集部)※レビューはこちら

FIFA 腐敗の全内幕
作者:アンドリュー ジェニングス 翻訳:木村 博江
出版社:文藝春秋
発売日:2015-10-30
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2015年5月の早朝、スイスチューリッヒの高級ホテルに米国司法省の意をうけたスイス警察が踏み込み、FIFA幹部を一斉に逮捕したそのニュースは記憶に新しい。

世界の人々は、突然FIFAの腐敗をつきつけられたような気がしただろうが、ジェニングス氏のこの本を読むと、その腐敗は、70年代半ば以降のスポーツの商業主義化と軌道を一つにして始まっていたものであり、しかも、その度合いは、読んでいるほうは、ジェニングス氏が次々にくりだす賄賂リストなどのハードプルーフがなければ、信じられないほどの凄まじさであることがわかる。

FIFA(国際サッカー連盟)は、世界各地の209のサッカー連盟や協会が加盟し、本部をスイスにおく。下部組織として世界の六つの大陸ごとに、サッカー連盟があり、その力の源泉は、これらの組織に属するサッカーに関する商業化の権利を有することだ。

4年ごとに行われるワールドカップサッカーの世界各地のテレビ局の放映権、各地のナショナルチームのユニフォームや靴などのマーケティング権、U-18など様々なサッカー大会の開催権、そしてこれらの大会の観戦チケットの発行権などだ。そしてなかでも24名で構成される最高意思決定機関の理事会は、4年ごとのワールドカップをどの都市で開催するかを投票で決定する権利を持つ。

本書は、これらの権利を利用して、いかにFIFAや世界各地のサッカー連盟の幹部たちが私腹を肥やしてきたか、そしてその利権を守るために、会長選挙の票がどのように買われ、ライバル追い落しのためにどのような手が使われるかが、これでもかこれでもかと語られる。

サッカーの放映権やマーケティング権を使って、ワールドカップの商業化をはかった前会長のジョアン・アヴェランジェ。彼は、スイスのFIFA本部に出張し、故国ブラジルに帰る度に金の延べ棒をブリーフケースに入れて持ち帰っていた。その頻度は年間5回にも及ぶ。空港の税関などで止められ、金の延べ棒の出所を調べられることはないのか?  FIFA会長という職権を持つ彼はブラジルの名士であり、外交パスポートを持っているため、税関はフリーパスということが明かされる。

あるいは、アヴェランジェの義理の息子でありブラジルサッカー連盟の会長であるリカルド・テイシェイラがFIFAの経理局に、突然現れた時のエピソード。鞄をあけると、40万ドルもの現金がこぼれおち、これをブラジルサッカー連盟に送金してほしいと経理担当者に頼む。断られると、それをFIFA振り出しの小切手にかえてもらう。この小切手を後日、FIFAの経理局に持ちこみ、現金化してもらう。FIFAが現金化したという証明をそえてもらうことで、金の素性はきれいになる。賄賂などの金はこうして資金洗浄されることの一例である。

著者が独自に入手したISL社の賄賂リスト。1997年3月3日の欄に「Garantie(承認) JH(ジョアン・アヴェランジェ)」という記載があり、150万スイスフラン支払われていた。

さて、こうした乱脈行為は、スポーツマーケティング会社ISLが2001年に破綻することでその一端が明るみに出だす。ISLは、アディダスが設立した会社で、ワールドカップの映権やマーケティング権を独占し、世界各地の放送局やその他に売っていた会社だ。そのISLの経理資料を著者は入手するのだ。そこには、FIFAの幹部たちへの賄賂の振り込みが記されていた。

この賄賂の額は、競合社のIMG社が、ワールドカップの放映権の獲得にのりだすようになると、どんどん高騰し、とうとう、会社の経営自体を危うくさせてしまう。

そして2000年代に、スイスのツーク州における捜査が始まるのである。国際組織であるFIFAは、スイス法によって設立されており、ISL社もスイスに登記されていたために、その破産法廷が、犯罪捜査へとかわっていくのだ。スイスの法制度には予審制度があり、法廷そのものが調査・捜査を行いながら、事件を解決していくという形式がとられる。

本書を読んでいると浮かび上がってくるのは、国際的なスポーツ組織は、そもそもこうした腐敗を呼び込むようにできているという点だ。たとえば政府機関や上場企業と違って法律による経理資料等の開示義務がない。すべては自主性にゆだねられている。また、公務員でもないので、収賄などの犯罪に問いにくい。スイスの法廷ではこの点が指摘され、ISL社から賄賂をもらったFIFA幹部はその一部を返済し、名前を公開しないということで、2010年5月、スイス当局の捜査によって始まった案件は終了した、FIFA幹部たちは逃げきったかにみえた。

ISL社の賄賂リスト。1992年〜95年にかけて、テイシェイラのトンネル会社であるサヌード社とアヴェランジェのシケレッタ社へ巨額の金が支払われていたことがわかる。

しかし、老ジャーナリストはあきらめない。ここから著者は、BBCの放送番組「パノラマ」2010年11月放送分で、くだんのISL社の賄賂リストをもとにし、ブラジルサッカー連盟会長リカルド・テイシェイラやアフリカサッカー連盟会長のイッサ・ハヤトゥらが、一億ドルにおよぶ賄賂をうけとっていたことを報道する。ジェニングス氏の報道をみたFBIの欧亜組織犯罪捜査班が、氏に接触、氏の渡した内部文書をもとに捜査を始め、2015年5月の一斉逮捕へとつながっていくという筋書きである。

現会長のブラッター氏は一連の不祥事の責任をとって、五選直後に、辞任を表明、この本が出る10月末には次期会長選挙の立候補が締め切られる。2016年2月26日には新しい会長が選ばれることになっているが、この本の校了作業中に、チューリッヒにいるジェニングス氏から気になるメールが届いた。

スイスの2000年代の捜査と、今回の米国司法省との捜査の関係について編集部が問い合わせたメールに対し、ジェニングス氏はこう答えてきたのだ。

2015年5月の米司法省による逮捕起訴は主に、北中米カリブ海サッカー連盟の腐敗に絞られていたが、「私のスイスとアメリカの最良のニュースソースによれば、ISL社の件でも、スイス当局と米国司法省の捜査が再開された」、というのだ。ロレッタ・リンチ米司法長官は、 さらなる起訴が予定されていると著者に明言したそうで、次期会長選挙の結果にも影響する第二の逮捕・起訴が、この本が出るころには、世間を騒がせるかもしれない。 その深層の情報をジェニングス氏はリオデジャネイロ、チューリッヒ、ワシントン、ニューヨークとまわり取材をしてきており、それは2015年11月にBBCの「パノラマ」スペシャル版で披露するとのことである。

本書は、2015年9月にペンギンランダムハウスUKから刊行される『The Dirty Game Uncovering the Scandal at FIFA』の編集とほぼ同時平行で進められた。したがって、英国版 と日本版では若干の差異がある。たとえば、日本版には、ジェニングス氏が入手したFIFA 幹部への賄賂の振込みの経理資料などの「ドキュメントおたく」(ワシントン・ポスト紙)のジ ェニングス氏の面目を躍如するようなハードプルーフの数々が写真で掲載されている (英国版にはありません) 。また、日本の読者にわかりやすくするために、登場人物表をつけたり、原書の一章と二章を入れ換えるなどの日本版独自の編集がジェニングス氏了解のもとに行なわれた。

日本版に掲載されている登場人物一覧

ジェニングス氏はこの本の価値をくだんのメールで控えめにだが、こう語っている。「今後も新たな起訴はあるだろう。この本は、その度にその背景にある腐敗のメカニズムを繰り返し繰り返し、説明することになる」。

ブラジルの犯罪組織とFIFA前会長とのつながりに始まる本書は、確かに、なぜ国際スポーツ組織に腐敗が起こり、それが租税回避地や、軍事政権の闇とリンクし、国境を超えて広がるのか、その仕組みを、カラフルなエピソードと証拠に基づいて、伝えてくれている。

2015年9月 日本版編集部

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