『私のインタヴュー』「女優の私」から「個人の私」へ

刀根 明日香2015年11月17日 印刷向け表示
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私のインタヴュー (河出文庫)
作者:高峰 秀子
出版社:河出書房新社
発売日:2015-11-06
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高峰秀子という大女優が市井の人々に対して抱いた恐れと羨望の気持ちを、本書はとても繊細に表している。

本書が最初に出版されたのは、1958年である。その後、2012年に新潮社より復刊され、今回文庫として再登場した。高峰秀子にとって、『巴里ひとりある記』と『まいまいつぶろ』に続く三冊目となる。今まで自分という人間に焦点を当てることを避けていた彼女が、いきなり堰を切ったように、本音を吐き出したのが本作だ。1958年は、彼女にとって一体どんな時期だったのだろうか。

それは、本書の巻末にある、斉藤明美氏の「”普通”へのあくなき憧れと畏れ 〜 亡き母・高峰秀子に捧ぐ」に書かれている。1958年とは、高峰が松山善三と結婚して1年半ほど経った頃だ。5歳で映画界デビューを果たし、年に20本も30本も映画に出演した子ども時代、小学校に通い学ぶ機会さえ与えられず、親類縁者の生活を担ってきた。働き続けて息も詰まりそうになる日々からの解放、それが結婚だった。〈女優の私〉から〈個人の私〉を大切にしたいという宣言のもと、一歩踏み出したのだ。

さて、インタヴュー相手に選んだ女性たちが多種多才でとてもユニークだ。アメリカから帰ってきた原爆乙女、芸者さん、灯台を守る人たち、セールスウーマン、サーカスの女性たち、ニコヨンさん・・・。時代は違えど、共感したり、憧れたり、哀しくなったりと、心を動かされるのは彼女の美しい日本語のせいだろうか。それぞれ、数々の試練と闘って自分を確立してきた力強さがとても眩しい。

座談会から見えてくるのは、高峰秀子の仕事に対する厳しい姿勢であったり、人間対人間の関係を大事にする愛情だったりする。例えば、女中さんと話す中に聞こえてくる、彼女からの厳しい言葉が私は好きだ。

私は主婦の立場として — 私の口癖は、仕事に責任を持ちなさいということをいつも言うわよ。「ああ忘れちゃいました」「忘れたじゃない。これは仕事なんだからたのんだら必ずやって頂戴ね」って。なんの商売でも同じじゃないかしら。ダラダラ無責任じゃ困っちゃう。

きっと仕事人からしたら当たり前すぎる言葉なのだろう。でも、ちょっと気が緩んだときに、高峰秀子の叱責がふと頭をよぎる瞬間、私は温かい気持ちなれるのだ。

また、ニコヨンさんとの座談会で、純粋に心を打たれた様子が綴られている。

それほど「生きるということ」に真剣であり、無駄も嘘も虚飾のかけらほどもなく、強くて清潔で、そして底ぬけに明るくて、こんないい生活がこの世にあったかしら、と目を見開く思いがしました。「神様は、砂漠にオアシスを作ることを忘れなかった」ふとこんなことを考えました。

たとえ相手がニコヨンさんでも、少年少女であっても、大監督であっても、常に目線を合わせ、対等に向き合う姿勢が、彼女らしさなのだ。日々の生活を丁寧に生きている姿勢に、私も心が洗われた。

社会人になって、何が辛いかというと、世のスピードについていけないことだ。「自分で考えろ」と言われても、考えている最中にどうしても置いて行かれる自分の不甲斐なさを感じながら、毎日会社に通っている。そんな中、本書を朝の電車で読むと、高峰秀子が〈何でも手当たり次第吸収してゆき、何よりも自分の眼でものを見ることに夢中である〉なんて、前向きな姿勢に、「今日もがんばろう」と励まされるのだ。 

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