こんな風に優しく社会と繋がる未来がほしい『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』

野坂 美帆2016年01月27日 印刷向け表示
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へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々
作者:鹿子 裕文
出版社:ナナロク社
発売日:2015-12-12
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福岡県福岡市、介護施設の発行する雑誌がある。タイトルは『ヨレヨレ』。発行以来、九州は元より、各媒体で紹介され、ひそかに名を広めてきた雑誌だ。編集方針は「読んで面白い雑誌」。介護に縁のない人たちが読んで、「腹を抱えてげらげら笑ってもらえたら最高」、その内容は介護施設で起こったエピソードが中心だ。

発行元は社会福祉法人福岡ひかり福祉会が運営する「宅老所よりあい」。世話人としてその活動を身近に見てきた雑誌『ヨレヨレ』編集者が、「よりあい」の起こり、宅老所に加えて特別養護老人ホーム建設に至った経緯を、様々なエピソードを交えて語ったのが本書『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』だ。

「宅老所よりあい」は、1991年、福岡市伝照寺のお茶室で始まったデイサービスに発する。当時、伝照寺界隈に、とある一人の女性が住んでいた。明治生まれのその女性は認知症を発症し、風呂に入らなくなり、下の具合も怪しくなってきて、ガスコンロで暖をとるようになり、度々ボヤ騒ぎを起こすようになった。同じマンションの住民にしてみれば不安でしょうがない。その女性のもとを訪ねたのが、勤めていた老人ホームを退職したばかりの下村恵美子氏である。誰もが手を焼く頑固ばあさんに、激しい剣幕で言い放たれた。

「なぁんが老人ホームか!あんたになんの関係があろうか!あたしゃここで野垂れ死ぬ覚悟はできとる!いらんこったい!」

下村氏はしびれた。

「おほぉぉぉ。この都会で野垂れ死にする覚悟で生きとる『ばあさま』がおる。こりゃあその『野垂れ死ぬさま』をなにがなんでも拝ませてもらわんといかん!」

氏は、元同僚二人に声をかけ、ホームヘルパーとして老女の部屋に通い始めたが、より賑やかに開かれた場所で老女と付き合いたい、そのような思いから、入居できる施設を探し始める。しかし、どこからもよい返事はもらえない。うちでは扱えない、他の利用者にも迷惑だ…。氏は怒った。

「けっ!ばあさま一人の面倒もみきらんで、なんが福祉か!なんが介護か!なんが専門職か!バカにしくさって!」

「ああもうわかった!もう誰にもたのみゃせん!自分たちでその場ちゅうやつを作ったらよかっちゃろうもん!」

浄土真宗本願寺派伝照寺に相談したところ、お茶室を貸してもらえることになった。しかし、老女がすんなりと出てくるとは思えない。一計を案じた。

「今度、お寺でよりあいがあります。住職さんが『大場さんに来てもらわんと近所の人にかっこがつかん』ちゅうてあります。ここは住職の顔ば立てると思って、一肌脱いでもらえんでしょうか?」

「わかった。そげんこつなら、あたしも行かにゃいかんめぇ!」

こうして、伝照寺のお茶室で“よりあい”―一風変わったデイサービスが始まった。

一人の困ったお年寄りから始まる。
一人の困ったお年寄りから始める。

 

制度があるからやるのではない。施設が作りたいからやるのではない。思いがあるからやるのではない。夢を実現したいからやるのではない。目の前になんとかしないとどうにもならない人がいるからやるのだ。

一日のプログラムと呼ばれるものは一切ない。リハビリもお遊戯もない。みんなでわいわいやる。花見に出かけたり、徘徊、ではなく、ぶらぶら散歩をしたり。みんなで同じ時間を楽しむ、それだけである。デイサービスを行う施設がまだ少なかった時代、クチコミで“よりあい”の噂は広まり、参加する人数も増え、いつしか寺の本堂にまでお年寄りが溢れるようになった。仏事に影響が出るようになり、拠点を寺のすぐ隣の民家に移転する。それが1992年のこと、「宅老所よりあい」の本格的な船出だった。

「よりあい」はデイサービス施設としてスタートしたが、施設数を増やす一方で、運営は苦しかった。「よりあい」の介護は、一人一人のお年寄りから始まる。一人一人のお年寄りから始める。利用者それぞれの心身の流れに沿って動く。それは、計画的な介護ではなく、個別の事情に即した介護だ。人も時間もお金もかかる「効率とは無縁の世界」だ。利用者の「一人の生活者」としての生き方を尊重し、支える。そんな介護はしかし、+αの介護報酬を受け取れるわけではない。そこにあるのは全く儲からない仕組みである。

しかも、それに加えて新たな問題が浮上した。グループホームとして使っている施設(というか民家)が、厳しくなった耐火基準を満たさないと判断され、使えなくなってしまったのだ。そして、デイサービス施設として支持されればされるほど起こるジレンマ。「通い」、つまりデイサービス利用を始めたお年寄りが「泊まり」を必要とすれば、通所施設として認可されている「よりあい」は、「泊まり」を自主事業として行うしかない。自主事業である以上、介護保険からの報酬はゼロである。「泊まり」の利用者が増えれば増えるほど経営状態は悪化した。またそれは、職員の疲弊も招いた。職員たちは、ただでさえ悪い経営状態をフォローするために、バザーや物品販売などの資金稼ぎにも励んでいた。増える夜勤日数。長時間労働。体調を崩す者が増え、退職者も増えていった。

そこで2011年、事態を打開すべく、特別養護老人ホーム建設に向けて動き出す。しかし「よりあい」が作る特養は、普通の施設とは違っていた。

「僕たちは、老人ホームに入らないで済むための老人ホームを作ります」

用意できた土地は福岡市内住宅街の中にある600坪ほどの「森のような場所」。資金を集めて土地を購入し、建っていたボロ屋をカフェに改装した。存在はクチコミで広がり、多くのお客さんが訪れるようになった。色んな年代の色んな人たちがそこで過ごしていた。もちろん「よりあい」からやってくるお年寄りの姿もあった。

代表・村瀬孝生氏は、特養建設のための住民説明会でこう言った。

「僕らはこういうふうにしようと思ってます。あの森のような場所に作る老人ホームは『老人ホームに入らないで済むための老人ホーム』にしようと。自分たちの安心は自分たちで作る、あの森はそういう場所にしていこうと。」

施設と社会がゆるやかに混ざり合うような佇まいの場所を作る。著者は「よりあい」がやろうとしていることをこのように表現する。

「よりあい」は介護を地域に返そうとしている。老いても住み慣れた町で暮らすには、もうそれしかないと考えている。人と人を自然な形でつなげ、顔見知りの人を増やしていくことで、そこに「困ったときはお互い様」というセイフティネットを作ろうとしている。

「よりあい」は、昔に比べて失われつつあると言われる「ご近所づきあい」のようなものを、宅老所という場を通じて新しくつなげていくことができないか模索することで、介護の新しいモデルを作り上げていこうとしている。

「わたしがそんなに邪魔ですか?」

ぼけた人を邪魔にする社会は、遅かれ早かれ、ぼけない人も邪魔にし始める社会だ。用済みの役立たずとして。あるいは国力を下げる穀潰しとして。どれだけ予防に励んでも無駄だ。わたしはぼけてない。話が違うじゃないかと泣き叫んでも無駄だ。

私たちを待ち受けている「老い」とは、どんなものなのだろう。自分の身に起こる加齢による変化、それは予測がつく。しかし、高齢者となった自分の周りにはどんな世界が広がっていて、どんな社会がつながっていて、その中でどのように生きていけばいいのだろう。将来に対する漠然とした不安、それは未来の自分の生きる場所がわからない、想像がつかない、ということに拠るものなのではないか。それを思えば「よりあい」の姿は眩しい。

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