『なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる』 自然選択は、年を取ると引退する

2016年2月2日 印刷向け表示
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なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる

作者:ジョナサン・シルバータウン 翻訳:寺町朋子
出版社:インターシフト
発売日:2016-01-27
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この200年間における人類の平均寿命の伸長度合いには目を見張る。1840年を起点にとれば、我々の平均寿命は1時間あたり15分も伸び続けており、この200年で倍になった計算となる。しかしながら、最先端テクノロジーをもってしても不老不死の実現はおろか、150歳まで生きるこすら全く不可能に思える。なぜ、ヒトは老いから、死から逃れることができないのか。

人類が思考を手にしたときから問われ続けているだろうこの難問に、エディンバラ大学進化生物学の教授である著者は、進化論を武器に切り込んでいく。進化論を軸に考えれば、最初に疑問に思うべきなのは「なぜ、ヒトは永遠に生きられないのか」ではなく、「なぜ、ヒトはこれほど長く生きられるのか」であることがよく分かる。著者は巧みな比喩と刺激的なエピソードを交えながら、進化が老化と死にどのような影響を与えてきたのかを教えてくれる。またその過程を通して、自然選択がどのようなものであるかが理解できる。

死と老いの真実に近づくためには、生命誕生時にまでさかのぼる必要がある。およそ35億年前に誕生した単細胞生物に、新たな仲間として多細胞生物が登場したのは8億年前のこと。「協力的な細胞からなるアパート」である多細胞生物は、新しい細胞を使って損傷を受けた細胞や病原体に感染してしまった細胞を作り直せる、専門化した免疫細胞が病原体を撃退できる、という強力なメリットを持っている。つまり、多細胞生物は自らの集団に自衛隊や医療団を抱えているようなものなのだ。

しかし多細胞生物への進化は、分裂や修復という役割を担った幹細胞が野放図に増殖してガン化してしまうという無視することのできないデメリットを伴ってもいた。つまり、「ガンにかかる危険性は、動物の多細胞性と、多細胞性によって得られる長寿に伴う代償」なのである。それでは、細胞の数が多ければ多いほど、身体が大きくなるほどガンにかかる確率は高くるはず。ところが、様々な生物種のガン罹患データは、大型の種だからといってガンに罹り易くなるわけではないことを示している。進化がガンをどのように飼いならして長寿を実現したのか、謎は少しずつだが確かに明らかにされていく。

ヒトが老いを感じるのは、鏡に写る顔にシワが増えたときだろうか、階段を駆け上がっただけで息があがってしまったときだろうか。その感じ方には個人差があるだろうが、老化の死亡率への影響は確かなもの。19世紀の保険数理士であったベンジャミン・ゴンベルツは、多くの人が何歳で死亡したかを示すデータを調べ、「死亡率は一定の期間ごとに倍になる」ことを示した。このゴンベルツの法則が特筆すべきなのは、同じ現象がヒト以外の種にもあてはまり、老化速度が種毎に一定である点だ。ただし、死亡率倍化期間は種によって異なり、イヌでは約4年で、ヒトでは約8年である(例えば、50歳の人間が1年間に死亡する確率は、42歳、34歳のそれと比べてそれぞれ2倍、4倍となる)。

老化速度が一定というのなら、なぜヒトは寿命を伸ばすことができたのか。それは、寿命が性的成熟期に測定される初期死亡率と老化速度から決定されるからだ。医療の発達は初期死亡率の低減に大きな効果を発揮し、寿命の慎重に貢献したのである。しかし、老化速度は変化しておらず、先進国でも発展途上国でも死亡率倍加時間に大きな差は見られない。それでも、この老化から逃れることに成功しているように見える集団がいる。それは、超高齢の人々である。100歳を超えるころからヒトの死亡率は50%程度にとどまり、それ以上に高くなることはないのだ。

残念ながら、この超高齢における老化の停止は、老化からの逃げきりを示しているわけではなさそうだ。そもそも超高齢になるまで生きている人は健康状態が良好であり、虚弱な人は既に死んでしまっているからこそ、老化がとまってみえるのだ。それでは、そのように超高齢まで生きることのできる性質は、遺伝するのだろうか、寿命と遺伝はどのような関係があるのだろうか。ここから議論は寿命と遺伝へと展開し、益々ページをめくる手が止まらなくなってくるはずだ。

数え切れないほど多様な生物を生み出し、あらゆる課題を解決してきた自然選択は、どうして死と老化を回避することができなかったのか。ポイントは「若いころに働く突然変異は生殖能力を損なう可能性が高いため、次世代に受け継がれる可能性は少ない」が、中年期以降に働く有害な突然変異は蓄積していくということにある。つまり、中年期になると自然選択は引退してしまうのだ。そのため、若年時に有利に働き、老年時に不利に作用する突然変異は蓄積していく。例えば、若い時に免疫系が十分に働いて感染から守ってくれることには大きなメリットがあるが、年を取ってからは免疫系が過敏となり関節リウマチを引き起こすことがあるのだ。遺伝的証拠からも、関節リウマチが近年の人類進化の過程で優遇されてきたことが確認されている。

本書にはこの他には植物が老いることなく成長し続ける理由や成体死亡率が高まると寿命が短くなることを示す実験、さらにはテロメラーゼとガンの関係などの興味深い事例が山盛りだ。老化とはなにか、死とはなにかを知ることで、進化の輪郭がよりはっきりとし、生の意味をこれまでとは違う角度から見つめ直させてくれる。

不死細胞ヒーラ  ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生

作者:レベッカ・スクルート 翻訳:中里 京子
出版社:講談社
発売日:2011-06-15
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世界中の研究室で培養され続け、死ぬことのない不死細胞ヒーラ。その細胞がどのように採取され、世界に広まったのか、そしてその細胞を提供したヘンリエッタ・ラックスはどのような人生を歩んだのか。多くのドラマが交錯する一冊。

病の皇帝「がん」に挑む ― 人類4000年の苦闘 上

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病の皇帝たる「がん」を扱った書籍の決定版。仲野徹の解説はこちら 

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利己的な遺伝子 <増補新装版>” title=”利己的な遺伝子 <増補新装版>“></a></p>
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作者:リチャード・ドーキンス 翻訳:日高 敏隆
出版社:紀伊國屋書店
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