自己肯定感を育てる教育とは? 『ほめると子どもはダメになる』

吉村 博光2016年02月15日 印刷向け表示
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ほめると子どもはダメになる (新潮新書)
作者:榎本 博明
出版社:新潮社
発売日:2015-12-16
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いま、世の中には「ほめて伸ばす」ことを標榜した子育て本があふれている。本書は、それを実践している親御さんにこそ、読んで欲しい一冊だ。子育てに答えはない。同じ主張の本ばかり読むよりも、違う意見に耳を傾ける余裕こそが大切だと私は思う。最悪なのは、入れ知恵されて子供を操縦しようと考えることだ。おそらく本書には、ほめる子育てを実践中の方をニュートラルに戻す効用がある。その状態を「迷いが深まった」というふうにとらえる人もいるかもしれないが、私はむしろ、それが子育ての正常な姿だと思う。子育ては単純なものではなく、一筋縄ではいかない千差万別なものなのだ。本書を書くにあたり、著者は「ほめて伸ばす」子育て本を数冊検討したそうだ。

結局、子育ての日々に疲れて、イライラしたり怒りを爆発させてしまいがちな親に向けて、冷静に叱れるようなヒントを示している内容なのだ。だが多くの人は中身は読まずにタイトルばかり目にするため勘違いが世の中に広まっているわけだ。  ~本書より

良心的に考えれば、それらの本の作り手側は、子育てのあるべき姿を読んでもらうための方便として手に取りやすいタイトルをつけているのだろう。しかし、これだけ数が増えてしまうと、タイトルが独り歩きをしてしまう現状があるのかもしれない。なにせこのような本が売れるようになってから10年以上が経っているのだ。その点数と継続のパワーたるや、もの凄いものがあるだろう。本の流通にたずさわる立場として、それは実感としてわかる。

一方で、本書のタイトルも十分に刺激的だ。その意図は後ほど触れたいが、意外なことに本書には「ほめる」ことのメリットもしっかりと書かれている。なかでも私が面白いと感じたのは、「頭が良い」と褒められた場合と、「頑張った」と褒められた場合では、後者のほうがチャレンジ精神が旺盛になるという実験結果だ。大まかにいうと、「頭が良い」と褒められると失敗を怖がって萎縮するようになり、「頑張った」と褒められると失敗しても良いからより難しい問題に取り組もうと考えるようになるということだ。そしてさらに、その後に書かれている「キャリアのカオスセオリー」という指摘が、私の心をとらえた。

失敗というのはだれでも避けたいものだが、新たな経験をする場面では、当然失敗することもある。失敗することで人はパワーアップし、成長していく。

とくに、現代のように先の読めない変動の激しい時代には、だれもが失敗をたくさん経験することになるため、失敗から学ぶ姿勢が重要となる。人のキャリアは偶然の出来事の影響を大いに受けるとするキャリアのカオスセオリーでも、失敗の価値を強調している。  ~本書より

先の読めない時代には、失敗してそこから学び、キャリアを切り拓いていく姿勢が不可欠になる。本書では、問題集の間違えた個所に×をつけたがらない子供の事例を紹介している。小学校の通知表にも、短所を書く欄がなくなっているケースがあるときくし、運動会でも敗者に配慮し勝ち負けをつけない場合があると聞く。これからの時代が求める人材像と逆行して、失敗を受け入れられない人材が育つ環境が広がってきているのかもしれない。

著者には、教師としての長いキャリアがある。最近になって、学生たちのかつてなかった言動に驚くことがあるそうだ。例えば、授業中に寝ている学生を起こすと、「僕は夜中じゅうバイトしてて、ほとんど寝てないんです。寝させてください」。寝たいなら教室から出て寝なさいと言うと、「友だちと一緒にいたいんです」。さらには「授業料を払っているから、ここにいる権利があります。他の先生は注意なんかしません」。と答えたという。

私は、最初にこのエピソードを読んだときに、面白い話だが、きっと特殊な例だろうと思った。しかし、本書には、同じような事例がいくつも紹介されており、若い世代の自己肯定感が年々弱まっていることを裏付けるデータも豊富に示されていた。「ほめると子どもはダメになる」というタイトルは、危機感をこめた著者の“心の叫び”なのである。でもその強いトーンに反し、著者の視線は、とても優しい。次のような言葉に、励まされる親御さんも多いのではないか。

模範的な子育てをしようなどと思う必要はまったくないのであって、自分流でよい。子育ては毎日が試行錯誤だ。気持ちが子どもにちゃんと向いていれば、どんな対応であっても、ときに感情的に叱ってしまい気まずいことになっても、すぐに修復できるし、気持ちは通じるものである。  ~本書より

最近になってようやく、ほめる子育てのデメリットや、厳しいしつけの必要性を訴える人が増えてきたように思う。それを証明するためのエビデンスをたっぷりと盛り込んだ本書の刊行も、その代表的な例である。それは、ほめて育てられた世代が社会に出て働き始めたのと、時期を同じくしている。叱っても行動が改善されない若手社員の扱いに悩む企業の事例が本書でも指摘されているが、今後、さらに大きな社会問題になる可能性もあるのではないだろうか。

その結果が、学校でルールや約束事を守らない子どもの増加となってあらわれ、教育現場の混乱、親や教師の教育力の低下を招いている。就職してからも、職場のルールを平気で破り、それを注意されると「傷ついた」「パワハラだ」と騒ぎ立てるといったことも続出している。  ~本書より

親から先送りにされてきた「叱る」役割を大学側や企業側が、今更請け負う余裕はない。しかし、これから「うかつに叱れない世代」を大量に受け入れていかざるをえないのは、大学側・企業側にとって現実の問題である。人事担当者が本書を読めば、おそらく著者の問題意識に共鳴される方が多いだろう。そのような人材を評価する土壌は必要ないが、せめて受け入れる土壌は作っておかなければならないと私は思っている。

本書の最終章に、民俗学者の柳田国男さんの言葉が紹介されている。「子どもには別に彼らの時代があり、また彼らの活きぬかねばならぬ人生があって、それはしばしばわれわれの想像を超越したものであり得るのであります。」ここであらためて、キャリアのカオスセオリーという言葉が私の脳裏をよぎった。結局、この先どうなるかもわからないし、教育に答えはないのだ。

私たちは子どもたちと向き合って、手を抜かずに自分が正しいと思うことを伝えていくしかないのではないか。本書でも書かれている通り、時には子どもの前に立ちはだかる「壁」となるくらいの覚悟が必要なのだろう。生きる時代が違うわけだから、意見の対立はあって当然だ。そういえば、私の父は厳しい人で私にとっては壁そのものだった。大学は実家から通える範囲だったが、私はお金をためて一人暮らしを始めた。周囲からは「なぜ?」と言われることもあったが、自分にとっては当たり前のことだった。

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