長崎から世界を侵略『Moving Plants』

吉村 博光2016年03月03日 印刷向け表示
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Moving Plants
作者:渡邊 耕一
出版社:青幻舎
発売日:2015-12-28
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本書は、シーボルトが長崎滞在の土産として持ち帰り、今やヨーロッパなどで侵略植物の代名詞となっている「イタドリ」という日本の在来植物の数奇で皮肉な運命を、10年の歳月をかけてまとめた異色の写真集である。この本を手にとるまで私は、この植物の存在も、それが世界に広がった経緯も、その忌まわしい現状も知らなかった。イタドリ。どこにでもある雑草である。表紙のハート型の葉に見覚えはないだろうか。プロローグには、この植物に秘められた壮大な物語に気づき、著者が取材の旅に出たときの思いが綴られている。

イタドリは日本ではごく普通に見られる雑草だが、19世紀に欧米諸国に渡り、その地で大繁殖しているという。春先3メートルの高さに成長して日光を遮ってしまうため、在来種の生育を阻害し、生態系を破壊する厄介ものであるらしい。この話を聞いて以来、私はいくつもの疑問に取り憑かれている。イタドリは異国の風景の中でどんな表情をしているのか?イタドリがヨーロッパに辿り着いたのはいつなのか?どうやって大海原を越えたのか?
私はイタドリが旅した足跡を辿る旅に出た。 ~本書「プロローグ」より

幸運なことに皆様は、異国の風景のなかにあるイタドリの「表情」を本書でご覧いただくことができる。そして、それを眺めながら、著者とともに上記の謎を解いていく醍醐味を味わうことができる。私には、皆様からその醍醐味を奪う資格はない。ここでその謎を明かしてしまうのはルール違反だろう。ヨーロッパに辿り着いたのはいつで、どうやって大海原を越えたのか?あぁ、写真集なのに、私はまるでミステリー小説のレビューを書いている気分だ。そのうえ、ページをめくる手がとまらない点も優れたミステリーと同じである。私は、ぜひ多くの方にイタドリの謎に挑んでいただきたいと思っている。

私がこのように書いたのは、写真だけでなく文章が素晴らしかったからだ。著者はこの植物の生の姿に触れるたび、そこに畳み込まれたいくつもの物語をみている。その文章は、観察日記にとどまらず、文学的ですらある。こう書いてしまうと、写真集である本書がどんな内容なのかイメージしにくいと思う。構成を説明すると、冒頭から、イギリス、ポーランド、オランダ、アメリカ、長崎のイタドリの姿を豊富な写真と文で次々に紹介している。その後、日本から世界にイタドリが広がっていったルートがレポートされている。私は、謎解きの愉しさを味わうとともに、イタドリがおかれた現状を知って複雑な思いがした。

子供の頃、よく母に手をひかれ買い物にいった、スーパーの近くにはブタクサが生えていて、秋になると私たち親子の鼻をモゾモゾさせたものだ。ブタクサは環境省の要注意外来生物に指定されているが、逆に日本の在来植物も、海外で人々を迷惑がられているものがあるのだ。私はその事実について、初めて考えさせられた。グローバル化にともない生物は拡散し、雑種化がどんどん進行しているのだろう。

雑種化されたイタドリに覆われた場所を訪れると、まるで人類がいなくなった未来の世界に来たような錯覚に襲われる。人類がいなくなり建物が崩壊しても、植物は毎年更新されていくだろう。そして雑種化したイタドリがこの場所の中心的な生物になるだろう。そのとき、この一帯の生態学的なバランスはどうなっているのだろうか? ~本書「エピローグ」より

ゾクっとした。一般にミステリー小説は過去の謎解きだが、この写真集には未来がほのかに投影されていて、それがうっすらと寒くて、読後感を複雑なものにする。ある植物へのプライマリな感傷の多くは、身近な草むらで生まれる場合が多い。実際このイタドリについても、茎を折ると聴こえるポキっという音を、幼少期に楽しまれた方がいらっしゃるだろう。日本では馴染んでいるこの植物がなぜ、海外では侵略植物といわれてしまうのだろうか。そこには、植物特有のからくりがあるらしい。

移入種は、原産地で受けていた生態学的なバランスから解放されて、新しい環境で巨大化することがあるそうなのだ。イタドリは、日本では1~2メートル程度のものだが、ヨーロッパなどでは3メートル以上の大きさになり、コンクリートやアスファルトを突き破るなどの被害をもたらしているという。彼の地でイタドリを目にした著者の実感を記した文章が面白い。

よそよそしい感じのする異国の風景の中にイタドリを見つけると、ふと古い友人に出会ったような親密な感情がわき上がる。しかしその姿は巨大で日本のそれとはかなり違っていた。 ~本書「エピローグ」より

本書を手に取ったのは、私の故郷の長崎からイタドリの旅が始まっていたからだ。心地良いが息苦しい故郷から、湿気を含んだ熱帯の風や冷たく乾燥した空気などを経て、形を変えながら地球上を旅してきたイタドリ。もしかしたら、私はこの植物に自分の身を重ねて旅をして、本書からきこえてくるこの植物の息づかいと自らの息をあわせ、夢見心地になれるかもしれない。例えば、子どもを寝かしつけるときのように。そんな風に思いながら、本を開いた。

謎解きに関する部分は書かないようにしてきたが、少しだけヒントを明かすと、世界に広がった背景にはやはり経済活動があった。人の手によって運ばれたのである。でも植物と違い、私は自ら場所を選べる。私は、なぜ東京にいるのだろう。故郷より息苦しいこの街に。イタドリがまさか侵略植物といわれるようになるとは、シーボルトも思わなかっただろう。それは、この植物にとって幸せだったのだろうか?人間にとって、地球にとって、それは良いことだったのだろうか?豊かさの尺度はこのままで良いのだろうか。あらたな謎が浮かんだ。本書を閉じて私は、出張でも観光でもなく、久しぶりに自らの意志で旅に出たいと思った。

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