『1493 世界を変えた大陸間の「交換」』 こうして世界は再び一つになった

村上 浩2016年03月02日 印刷向け表示
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1493――世界を変えた大陸間の「交換」
作者:チャールズ・C. マン 翻訳:布施 由紀子
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2016-02-25
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 タイトルの『1493』とは、コロンブスが新大陸から黄金の装身具やカラフルな鳥、先住民捕虜を携えてスペインへ帰国した年である。この年を境に、超大陸パンゲアが分裂してから2億年以上もの長きにわたって独自の生態系を育んだきた各大陸が、人類の手を介して再び出会うことになったのだ。コロンブス以前には、どのような生物にも大陸間を結びつけることは不可能であり、それぞれの大陸は規模の大きなガラパゴスのような状態だったともいえる。

コロンブスの大陸到達を契機として何十億年も隔てられていた生態系が急激に混ざり合う過程は「コロンブス交換」といわれる。コロンブス交換の影響の大きさは、食卓にあがる料理にもあらわれている。この交換がなければ、トマトもトウモロコシもジャガイモも、アメリカ大陸を飛び出してあなたの口に入ることはなかった。食物以外にも、本書ではマラリア、銀、タバコ、天然ゴムや奴隷などがどのように交換され、世界を変えたのかが明らかにされていく。「サイエンス」誌などにも寄稿するジャーナリストの著者は、これらの交換で中心的な役割を果たした多くの都市を実際に訪れ、コロンブス交換を過去の歴史としてではなく、現代世界にも大きな痕跡を残している現在進行形のものとして伝えてくれる。

コロンブス交換はあまりにも大きく世界を変え、地球史上例を見ない速度で均質化を進めたので、生物学者の中にはコロンブス交換以降の時代を「均質新世(Homogenocene)」と呼ぶものもいるほどだ。現代を生きるわたしたちは、世界各地で驚くほど同じものを食べ、同じ病気に苦しむようになったのである。

交換が呼び起こした出会いは多くのイノベーションを生み出し、人類の数は爆発的な増加をみせた。より多くの胃袋を満たすことを可能とした食物の伝搬は、コロンブス交換の大きな恩恵の一つである。しかしながら、長年の隔絶を経た後の再会には喜びだけでなく、多くの悲劇も伴われていた。意図せぬ外来種の持ち込みは固有種の激減を、異なる場所で生まれ育った人々の接触は病原菌の爆発的感染を、そして多くの変化の複合的帰結として生態系の不可逆的変化を、コロンブス交換はもたらしたのである。

1550~1850年ごろの北半球の寒冷期も、コロンブス交換がその一因であったのではないかと、最近の研究で指摘されている。そのシナリオは以下の様なものだ。もともとアメリカ大陸先住民は森を焼き払うことで土地を切り開き、農地を確保していた。そこへ、突然ヨーロッパから伝染病が持ち込まれ、先住民社会はズタズタに破壊された。先住民の減少は樹木の生い茂る森の再生を促し、空気中の二酸化炭素が減少することで気温の低下に繋がった可能性がある(現代の温暖化現象と反対の方向だ)。コロンブス交換の範囲は、地球規模にもなりうる。

コロンブスを送り出したスペインをはじめ、15~16世紀のヨーロッパ諸国はどこもその当時地球で最も栄えていた中国を目指していた。ユーラシアを通って中国にいたるルートはイスラム圏に遮られていたため、新大陸と太平洋を超えることで、ようやくヨーロッパは絹や陶磁器などの憧れの製品を生み出す中国へたどり着いた。ヨーロッパが中国のあらゆるものを欲しがったのとは裏腹に、中国にはヨーロッパから買いたいものなどく、政治的な理由もあり民間貿易は禁止されていた。この規制に穴を空けることになるのは中国での銀の不足だ。現在のボリビアに位置する都市ポトシで採掘された銀が、中国をコロンブス交換の世界へ誘うのに大きな役割を果たした様子も、本書では丁寧に描かれている。

中国には堰を切ったように新たなものが流れ込んできたが、その先陣を切ったのはタバコであり、タバコの中毒性は多くの人を虜にした。それ以降、サツマイモ、トウモロコシ、ピーナツやトウガラシなどが続々と中国に入ってきて、中国の食卓と農村の風景を瞬く間に変わってしまった。明から清へと中国の覇権が移行していったのは、まさにそんなタイミングだった。

清は明の残存勢力や海賊の補給路を絶つために、沿岸地域に住む人々を内陸部へと強制移住させた。この強制移住は人々を北や西へ、ついにはそれまでは住む者のいなかったような高地へと追いやり、彼らは棚民と呼ばれる存在となった。そのような急峻な高地ではコメをつくることなどできるはずもなく、棚民はアメリカ大陸から持ち込まれたトウモロコシ、タバコ、サツマイモに頼るようになっていく。新たな食物のおかげで人口が急増するまではよかったが、この移住には大きな落とし穴が待っていた。棚民によって丸裸にされてしまった山は、雨水を保つ能力を失い、洪水が頻発するようになったのだ。宋代(960-1279)には2年に3回程度だった洪水が、清代には年平均6回にまで増えてしまったのである。コロンブス交換は、巡り巡って洪水をもたらすことすらあるということだ。

本書を読み進めていくと、「グローバリゼーション」の影響は経済の範囲にとどまることなく、あらゆる側面でわたしたちの世界を変えてしまうたのだと痛感される。ふと周囲を見渡すと、街はコロンブス交換の影響に満ち満ちている。あらゆるものを交換し、均一化を強力に推し進める人類のパワーは、今後も弱まることはないだろう。インターネットの登場によって、均一化はむしろより強力に加速していくかもしれない。バラバラだった世界がどのように混ざり合い、変化してきたかを知ることで、グローバル化の進む世界を生き抜くヒントが得られるかもしれない。 

天然ゴムの歴史: ヘベア樹の世界一周オデッセイから「交通化社会」へ (学術選書)
作者:こうじや 信三
出版社:京都大学学術出版会
発売日:2013-05-13
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『1493』でも詳細に論じられるように、産業革命には天然ゴムの存在が欠かすことができなかった。『天然ゴムの歴史』は天然ゴムがどのように発見され、アジアに移植され、世界中に広まっていったのかを多くの冒険者の実像とともに描き出す。とくに、失敗ばかりの破天荒野郎ウィッカムの生き様からは目が離せない。レビューはこちら。

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)
作者:川北 稔
出版社:岩波書店
発売日:1996-07-22
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新大陸から旧大陸にもたらされた最重要製品の一つである砂糖を軸に、世界システムがどのように成立していったのかを分かりやすく解説している名著。同著者の『世界システム論講義』は簡潔にアメリカ大陸の発見が世界システムのあり方に与えた影響が解説されている。

1491―先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
作者:チャールズ・C. マン 翻訳:布施 由紀子
出版社:日本放送出版協会
発売日:2007-07
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コロンブス到達前のアメリカ大陸は、本当はどのようなものだったのかを当時の最新研究結果で明らかにした『1493』の前篇ともいえる作品。そこに広がっていた風景は、原始的な自然とたわむれる先住民、などというものではなかった。こちらもまた、読み始めたらとまらない。

 

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