『学びとは何か』乳幼児の言語発達から超一流の学びまで

山本 尚毅2016年03月26日 印刷向け表示
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学びとは何か――〈探究人〉になるために (岩波新書)
作者:今井 むつみ
出版社:岩波書店
発売日:2016-03-19
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記憶と知識の違いは何か、そもそも幼児はどのようにして言葉を学びはじめるのか、覚えても使えない知識と新しいことを生み出すことができる知識は何が違うのか、凡人と一流、そして超一流の学び方の違いは何か。「学び」についての疑問は、人生のどの局面においても好奇心をそそられる。

しかし、何を「学び」と定義するかはひとりひとり違う考えを持っており、「よい学び」という価値判断を含んだ問いが提示されれば、多くの人が自分の経験から自説を展開し、議論を論理的に収束させることが難しい。

現在のところ、共通見解となりうる「学び」の全メカニズムは解明されてはいないが、新たな道具や方法が開発され、新たな発見がなされ、「学び」について以前よりも明らかにされている。さまざまな分野で研究が進む「学び」であるが、本書では認知科学の視点から深遠な学びの世界を明らかにしていく。

認知科学はヒトのこころの成り立ちと仕組みを明らかにする学問であり、ヒトの知性をコンピュータの上に人工的に創りだそうとする「人工知能」研究と双子の関係にある。今後、高度化していく人工知能の開発には、認知科学に関連する分野のアプローチによる人間の「こころ」についての理解が欠かせないと言われている。人工知能がヒトの知性に近接し凌駕していく中で、ヒト特有の知性はいったい何かが非常に気になるところであり、ヒトの学びのメカニズムを明らかにしていく本書にも通じるところである。また、東大合格に挑戦するロボットや星新一賞の一次審査を通過した人工知能によるエッセイなど、話題は絶えない分野である。

さて、記憶と知識は何が違うのだろうか。実は記憶と知識の違いに対する決まった答えは存在しない。しかし、使える知識と使えない知識と置き換えれば、明確な区別があり、前者は「事実の知識」とそれを利用する「手続きの知識」とセットであり、後者は「事実の知識」のみである。「手続きの知識」は言葉でははっきり説明できないが体が手続きを覚えている類の知識で、日本語での「て」「に」「を」「は」の使い方や、自転車の乗り方がその代表例である。

次に気になることは、学んだ知識を使える知識にどうやって変換するかである。そのヒントは幼児の母語を学習する過程にある。幼児はまったく言葉を持たない状態からスタートする。言葉の意味を理解する以前に言葉を使い始め、学習しながら学習の仕方を学び、言語という複雑で巨大な使える知識のシステムを作り上げていく。ここは著者の専門領域であり、事例が豊富で、実験方法・実験結果ともに非常に興味深い。

しかし、使える知識であっても学習の妨げとなるときがある、それは自分自身が知識を構築するために作った「思い込み」が正しくないときである。ヒトは乳児の時から「思い込み」を自分でどんどん作ることで、次に起こることを予測し、新しい要素の学習をしている。新しい要素はブリコラージュ的に自分の知識システムに存在している要素と関係づけ、学習され、知識の枠組みをつくっていく。誤った思い込みを持つことは不可避であるが、誤った思い込みにどう対処するか、ここに熟達する道とそれ以外の道の分岐点がある。

熟達の特徴は自分の思い込みの破壊と創造を粘り強く、躊躇せず何度も繰り返すことにある。例として科学者があげられている。科学者が自分の仮説を持って研究を進めていた矢先、予測と違う観測値がでたときに、多くの場合は予想と違う観測値は無視され、実験の手続きの不手際にその原因を求める。しかし、科学史に名を残した科学者に多いパターンは、予期せぬデータに直面したときに、自分の仮説に縛られずに、データを説明できるありとあらゆる可能性を考え、データを説明する理論を構築しようと粘り強く取り組む。科学者に限らず、自らの思い込みを乗り越えた先に、熟達への道がある。

また、熟達したヒトの認知的な特徴は、直観や識別力、審美眼などにある。それらは脳のどのような変化によってもたらされているのか。脳内の活動や変化、ヒトから学ぶミラーニューロン、脳内における直観の在り処など、ぐいぐいとヒトの知性への探究を深めていく。

著者は乳幼児期のことばの発達を専門にする今井むつみで、認知科学の第一線で活躍している。本書は構想から出版までに5年以上の歳月をかけており、1ページ目を捲るごとに、章をまたぐごとに疑問が浮かび、ページをめくれば、答えはないがヒントはある、進める手が止まらないまま読み終えてしまう本に仕上がっている。読み手がふと疑問に持ちそうなところでは、すかさず手を差し伸べつつも、はっきりとした答えは書かずに自分で考えるように諭しながら、読者を探究へと誘う。

また、終章には子供用の玩具の選び方、数多ある遊びのプログラムを目利きする考え方、そして探究する子を育てるためのシンプルな鉄則に触れている。子育てのヒントを求めて、また時間の節約に終章だけ読んでも十分な価値はある。しかし、結果として冒頭から読みたくなるに違いない。

大局観  自分と闘って負けない心 (角川oneテーマ21)
作者:羽生 善治
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
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 「メタ認知」と「思いやり」が究極の学習、と本書の冒頭に推薦文を寄せている羽生善治さんの名著。

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雨宮かずひさ2016.4.1 14:42

「自らの思い込みを乗り越えた先に、熟達への道がある。」すばらしい。

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