パソコンより患者の顔 『がん哲学外来へようこそ』

吉村 博光2016年05月09日 印刷向け表示
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がん哲学外来へようこそ (新潮新書)
作者:樋野 興夫
出版社:新潮社
発売日:2016-02-16
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 「がん哲学外来」という言葉をきいたことがあるだろうか。本書は、その創始者である著者が、医療現場と患者の隙間を埋める一助となることを願ってまとめた本である。

当初は病院長から「冗談でもやめてほしい」といわれた、この無料外来が始まって10年。これまでに面談者数は延べ3000人にも及び、全国約80箇所で行われるほどに広がっているという。なぜそこまで浸透したのか。本書を読んで私は、その理由が創始者の人となりにあるのではないか、と感じた。がん専門の病理医になったきっかけを、次のように書いている。

じつは私は病理医になろうと決めていたわけではありません。医学部卒業後すぐは外科医を志し、大学病院の外科で研修医をしていました。
しかし、人と話すことや患者の問診があまりにも苦手で、悩んだ末に病理医へと方向転換したのです。  
~本書4章「医療のすき間に、誰か一人がいればいい」より

話すことが苦手で外科医になるのを諦めた──。こんなことを、わざわざ本の中であけっぴろげに書く医師がいるだろうか。私はたちまちこの著者が好きになった。著者はこう続ける。「人と話すのが苦手というのは、周囲の誰もが知った人ばかりという田舎で育ったことも影響しているかもしれません。」要するに田舎者すぎて話すのが苦手になり、夢を諦めたというのである。でも結局、患者との対話がメインとなる「がん哲学外来」の仕事を自らすすんで始めることになった。この矛盾について、私なりに考えてみた。

一般に病院の問診は、パソコンの画面ばかり見て、あまり患者の顔をみない印象がある。田舎で深い人間関係を築くことに慣れていた著者にとって、こういった短時間の人との接触は、違和感と不安に満ちたものだったのではなかろうか。本書に明記されているわけではないが、だから強烈に苦手意識を持ったのではないか。がん哲学外来で、著者は、白衣も聴診器も身に着けず、パソコンもノートもペンも持たない。机にはお茶だけ。ただ「暇げな風貌」を心がけ、その空間でゆったりと対話をするそうだ。また、本書にはこんな記載もある。

人は、尊厳に触れる深い場所まで潜ってそれを汲みあげないと、心が落ち着かないようになっている。これが、私なりの対話を続けてきたうえでの実感です。傾聴だけではすき間は埋まりません。
幸いなことに「あのとき先生に立ち入った話をしておいて良かった。あれ以来、人前でも普通に振る舞えるようになった」と言ってくれる人が多くいます。 
~本書1章「がん哲学外来とはどんな場所?」より

職業は?趣味は?親御さんは?…がん哲学外来で、著者が立ち入った質問をする理由である。自らの弱点を自著でサラリと書ける著者だから、きっとその場には包み隠さず話したくなる空気がみちているのだろう。ほとんどの相談者が“立ち入った話をして”笑顔になって帰っていくという。私事ながら、実父を食道癌で亡くし、その直後に実母の乳癌がみつかった時には、「なぜ次から次に」「自分の身は大丈夫か」という恨みと恐怖が交錯した思いを抱え、一人になると自然と涙が流れたものだった。

私自身、家族ががんになって初めて死というものを意識し、生きているうちに何をなすべきかを考えるようになった。一方で、多忙を極める医療現場は、患者の病状や治療の説明をすることで基本的に手一杯である。その隙間を埋めるために、がん哲学外来必要なのだ。著者には、ベストセラー『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』など、これまでにいくつかの著作があるが、本書で初めて、相談者との対話を再現している。

それを盛り込んだ理由は、三つあるという。一つには、「いま悩みを抱えている患者さんやその家族の方に変化を起こしてもらうため」。二つめは、「がんや治療への誤解に対する、病理医の本音を伝えるため」。そして最後は「医療関係者の仕事に何かしらヒントとなる考え方を提供するため」。家族や友人、親類縁者も含めると、がんと無縁な人生など考えにくい時代である。私たちは、がんとの付き合い方をあらかじめ考えておく必要がある。テーブルをはさんで著者とゆっくり対話するような気持ちで、読書されてみてはいかがだろう。

個々のエピソードに心を動かされるだけでなく、本書には、読後に心に刻まれる言葉がある。私が本書を多くの人にお薦めするのは、この点があるからだ。著者いわく、相談を受けるようになってから、自分自身に変化が起こった。自らの悩みなどどうでもよくなり、仕事においても「自分でないといけないもの」以外は他人に譲るようになり、患者にどう伝えれば良いかをひたすら考えるようになったそうだ。そして、尊敬する五人の先人たちの本を読み返すようになったという。南原繁、新渡戸稲造、内村鑑三、矢内原忠雄らである。引用する。

先人たちの言葉を度々引くのは、日本では何を言ったかよりも、誰が言ったかが尊ばれる傾向があるから、という面もあります。
「拍手されるより拍手するほうがずっと心が豊かになる」と私が言っても誰も感心しませんが、高倉健の言葉だと紹介すると、すぐさまみな納得してくれるというものです。
こうした意味で、「がん哲学外来」というのは、私が師と仰ぐ先人四人に病理学者の吉田富三を加えた「総勢六名によるチーム医療」でもあると思っています。  
~本書4章「医療のすき間に、誰か一人がいればいい」より

他にも勝海舟の言葉などが紹介されているが、「将来、自分が専門とする分野以外の本を、寝る前に30分読む習慣をつけなさい。習慣となれば、毎朝顔を洗い、歯を磨くのと同じように苦痛でなくなる」という、著者の恩師の言葉も紹介されている。ここで私の目にみえてきたのは、読書の習慣を通じて吸収した教養が、著者および「がん哲学外来」という媒介を通じて相談者を力づける、という構図である。こう書いては著者への敬意が欠けているように思われるかもしれないが、この構図を活かせば、誰でも人の役に立つ媒介に成りうるのではないか。その意味で、読者を勇気づける一冊でもある。

この書評では「がん哲学外来」についての説明が充分にはできない。従って皆さまは、様々な疑問を抱かれていることだろう。患者でなくても相談できるのか。がんで家族を喪った後でも大丈夫なのか。そこでは、具体的にどんな対話がなされるのか。…その答えは、本書に書いてある。またこの本は、がんに関する悩みを抱えている方への言葉の処方箋でもある。「○○でがんが消えた!」という言葉に耳を貸すくらいなら、人と話すことが苦手で病理医になり、結果として膨大な数のがんを見てきた著者が書いた誠意あふれる本書を、まずはお読みいただければ幸いである。

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