『人類進化の謎を解き明かす』 編集部解説

インターシフト2016年06月10日 印刷向け表示
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「気のおけないつながりは150人まで」というダンバー数などでおなじみ、ロビン・ダンバー氏待望の新刊が今月下旬に発売される。前著『友達の数は何人?』から実に5年ぶりとなる本作は、人類進化の謎を「社会脳」と「時間収支」から解き明かす一冊。その読みどころを一足早く、版元の編集部に解説いただきました。(HONZ編集部)

人類進化の謎を解き明かす
作者:ロビン・ダンバー 翻訳:鍛原多惠子
出版社:インターシフト
発売日:2016-06-20
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社会脳と時間収支が、ヒトの進化の鍵となる

人類進化の道筋は、穴ぼこや断層だらけだ。新たな化石の発見や、DNAの解析などによって、従来の説もたびたび変わっていく。また、いくら遺跡や骨などが発見されたところで、物として遺らない「心(認知)」や「社会的行動」のありようについては、類推するしかない。かくして、ヒトの進化の長い道のりには、まだまだ多くの謎が相変わらず残されたままだ。

本書は、従来の「骨と石」といった証拠に頼る研究とはまったく異なる斬新なアプローチによって、こうした進化の謎を一挙に埋めようとする野心的な試みである(しかも、さまざまな証拠もないがしろにせず、その整合性や近縁種との比較といった裏づけもとる「探偵」作業なのだ)。

著者のロビン・ダンバーは、オックスフォード大学の進化心理学教授で、「ダンバー数」や「社会脳仮説」で知られる。

ダンバー数とは、気のおけない仲間を維持できる上限は、ほぼ150人という指標のこと。一方、社会脳仮説は、社会的行動の複雑さ(相手の心を読み取るメンタライジング能力など)や社会の規模と、脳(新皮質)の容量には相関があるとする。逆に言えば、新皮質の容量から、その集団の規模や認知能力を推測できることになる。

ダンバー数(150人)も、こうして得られた仮説である。この社会脳仮説(ダンバー数)は新石器時代の村落から、現代のソーシャル・ネットワークに至るまで当てはまることが実証されている。

本書でダンバーはもうひとつ、伝家の宝刀とも言える「時間収支」モデルを登場させる。私たちが一日のうちにできる作業は限られている。「時間収支」モデルは、生きていくのに欠かせない「摂食・移動・休息」と、集団を維持するための「社交」を、限られた時間のなかで、どうやりくり(配分)するかに注目する。

この時間収支モデルを社会脳仮説と掛け合わせることによって、人類の認知や社会、コミュニケーションのありようを捉え、進化の段階を初めて統合的に展望できるようになるのだ。

たとえば、ヒトを含めた霊長類では、集団の絆を維持するための「社会的毛づくろい(社交)」の時間は、その集団の規模(ひいては脳の大きさ)に比例する。そして集団の規模が、社交に当てるべき時間を超えて大きくなってしまうと、その集団は崩壊し、別の小さな集団へと分かれていく。つまり、より集団が大きくなるには、社交以外の時間をやりくりし、社交に当てる時間を増やすか、あるいは社交をいっそう効率よくできる方法を編み出すかしかない。

このような時間収支の問題をいかに解決するか――それこそが、人類の進化を運命づけてきた大きな要因なのだ。こうした枠組みによって、本書には新たな発見や、通説をくつがえす知見があふれている。
 

脳や体が大きくなれた理由

ヒトの初期(初期ホモ属)において、脳や体の増大はなぜ可能になったのか? 

脳や体が大きくなるには、それだけ余分のエネルギーが必要であり、摂食・食べ物探しの時間を増やさねばならない。しかも、集団の規模も大きくなっているので、社交の時間を増やすことも求められる。当然、従来のライフスタイルのままでは、時間のやりくりは行き詰まる。

この問題の解決策として、肉食や料理による食性の変化があったとする有力な説(『火の賜物』の著者、リチャード・ランガムによる)がある。しかし、当時はまだ肉食や料理に欠かせない火の使用が習慣的ではなかったなどの推察から、本書はこの説を退ける。

また、気候変動や道具の複雑さといったことも、脳の増大の主要因ではないとする(ただし、気候変動は変化を早めたのかもしれない。また、捕食者からの保護、資源を入手する必要性、近隣の仲間による襲撃からの防御などは、進化の各段階で明らかにより大きな共同体を求める圧力となった)。

ダンバーはこの時間収支の解決策のひとつとして、「笑い」の感染・エンドルフィン作用という興味深い説を展開している。

音楽、言語、物語などはいかに生まれたか?

さて、本書の斬新なアプローチが威力を発揮するのは、やはりヒトの心や社会ネットワークなどがいかに進化してきたかという局面だ。歌や踊り、音楽、血縁、婚姻、言語、物語、宗教などが、いかに生まれ、どのような役割を果たしたのかが明かされる。

とりわけ言語の起源と進化についての考察はスリリングだ。まず本書は、神経解剖学的証拠、社交時間の需要、メンタライジング能力の三要素をとおして、言語の起源をさぐっていく。注目すべきは、言語・知能などとかかわるメンタライジング能力が、眼窩前頭皮質(前頭葉にある)の容量と相関があることだ。

ネアンデルタール人の言語が、私たち現生人類ほど複雑ではなかったことも、ここから推察される。というのも、ネアンデルタール人と現生人類の脳のちがいは、その全体の大きさよりも、前頭葉の発達が決め手となっているからだ。

ネアンデルタール人は、日差しの弱い高緯度地帯(ヨーロッパ)で暮らしていたため、視覚系(後頭葉)を発達させなければならず、そのため言語機能にかかわる前頭葉は大きくならなかった。驚くべきことに、私たち現生人類でさえ、高緯度地帯では脳の視覚野が大きい。しかし、現生人類は、日差しの強いアフリカの低緯度地帯ですでに前頭葉を発達させてから、高緯度地帯に侵出したのだ。

さらに、同じ言語を話す集団の規模が、低緯度(熱帯)では小さく、高緯度では大きいわけも明かされる。

ネアンデルタール人が絶滅し、現生人類が生き残った要因も多々考えられるにせよ、言語や社会・コミュニケーションの複雑さ、文化的な創造力、交易ネットワークによる協力体制といった、認知能力を根幹とする共同体の質・規模のちがいが大きいのではなかろうか。

このことは取りも直さず、今日にまで続く私たち「人間」とその社会の核心とは何かを改めて教えてくれるだろう。

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