『一人の詩人と二人の画家 D・H・ロレンスとニューメキシコ』

出口 治明2016年06月19日 印刷向け表示
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一人の詩人と二人の画家: D・H・ロレンスとニューメキシコ
作者:クヌド メリル 翻訳:木村 公一
出版社:春風社
発売日:2016-04-08
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僕は、大学では憲法ゼミに入った。テーマは表現の自由。チャタレー裁判や悪徳の栄え裁判を勉強しているうちにD・H・ロレンスに興味を惹かれて、一時期、愛妻フリーダの「私ではなく風が」を始めとした関係書を貪り読んだ記憶がある。それ以来ロレンスはずっと気になる存在で、ラヴェッロ(イタリア)を訪ねたのもロレンス繋がりだった。

本書は、ロレンス夫妻としばし生活を共にしたデンマーク人の画家(クヌド・メリル)の回想録であるが、これほど生身のロレンスの素顔を率直に表した評伝は稀であろう。著者はロレンスの言動をことさらに解釈したり評価したりしているわけではまったくない。絵を丹念に描くようにロレンス夫妻との生活を淡々と、しかし出来るだけ丁寧に画布に再現しているのだ。ロレンスマニアには垂涎の1冊となること間違いなしである。

 2人のデンマーク人の画家(著者とゲチェ)が、愛車を駆ってニューメキシコの町タオスを訪れる。2人はそこでロレンス夫妻と出会い、お互いに好意を持つ。芸術家と芸術家ならではの惹きあうものがあったのだろう。いくつもの歌を大声で歌いながら車でグランド・キャニオンにある温泉に向かう4人。何と楽しげなピクニックだろう。有名人の夫妻を多くの有象無象の人たちが訪ねてくる。しかし、こうした形だけの表面的な社交生活に嫌気がさしたフリーダは、秘かに「一生涯、誰をも知らず、ロレンスと二人だけで暮らしたい」と考えていたのだ。

 とあるきっかけで、人里離れたタオス郊外のデルモンテ牧場で一冬を過ごすことに決めた夫妻は、気心の知れた2人の画家に一緒に暮らそうと提案する。逡巡する2人を夫妻は小屋の外に出す、散歩して2人で決めておいで、と。この辺りの描写は本当に微笑ましい。こうして4人は2つの丸木小屋で暮らし始める。意外にも「夫妻は雑用をしたり、他人の手伝いをするのが好きだった」。ロレンスは料理も上手だった。ロレンスは「何とも魅力的な人物で」「彼の話を聞いているだけで楽しかった」。ロレンスはフリーダとしばしば諍いを起こす。もちろん勝つのはフリーダだ。ロレンスが2人の画家と諍いを起こした翌朝は「一言も詫びの言葉は無かった」が、「パンと美味しいケーキを焼いてきてくれた」。何というロレンスの可愛さ。

 本書は、「タオス」、「デルモンテ牧場」、「再びタオスへ」、「カリフォルニア」の4部から成っているが「デルモンテ牧場」が量、質ともに圧巻である。随所に挿入されたロレンスの詩が、その時々のロレンスの心情を鮮やかに照らし出す。愛馬に跨るフリーダの笑顔など、挿入写真もそれぞれ心に残る。フリーダは男3人を「三位一体」と呼んだが、この牧場での生活こそが夫妻にとっては最高のものだったのである。そのことは、カリフォルニアに旅立った2人の画家に宛てたロレンスやフリーダの手紙が何よりも雄弁に物語っている。

出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。 
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