『<わたし>は脳に操られているのか 意識がアルゴリズムで解けないわけ』 編集部解説

インターシフト2016年09月04日 印刷向け表示
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〈わたし〉は脳に操られているのか : 意識がアルゴリズムで解けないわけ
作者:エリエザー・スタンバーグ 翻訳:大田直子
出版社:インターシフト
発売日:2016-09-05
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あなたもアンドロイドだ

人工知能のめざましい進展は、人間の能力に迫り、さらに超えつつあるようにさえ見える。やがて、心や意識をもったAIも生まれると予測する研究者も少なくない。私たち人間と区別のつかないようなアンドロイドが、未来に登場するのだろうか? 

だが、想像の翼を広げる前に、あたりを見回してほしい。いまあなたの周りにいるひとたち、そしてあなた自身ですら実はアンドロイドだったとしたら?

これはSFの話ではない。脳科学の成果は、実際、私たち自身が<脳>に操られるアンドロイド(生きたマシン)にほかならないというのだ。

たとえば、本書でも紹介されているベンジャミン・リベットの実験。この実験は、私たちが意識的に自覚する前に、すでに脳が行動しようと実行しはじめていることを明らかにした。つまり脳(無意識)が私たちの行動を、まず先に自動生成しているというわけだ。

また、脳画像をモニターすることによって、意思決定や体の動きを事前にある程度予測できるという別の実験結果からも、このことが伺える。

ほかにも本書には、脳が私たちの心や行動を操っている研究や事例が次々と登場する。脳障害による人格の変貌、心を変える薬、衝動を抑えられなかったり、暴力や犯罪をおかしやすい脳の傾向、妄想を確かな事実として信じてしまう症状などなど。

 

人間に「自由な意志」はある?

今日の脳科学では、脳が人間の思考や行動を因果的に決めており、自由な意志は存在しないという「決定論」が多勢を占める。そしてこのことは、私たちの社会や倫理にとっても見過ごせない大きな問題を含んでいる。たとえば悪事を働いても、「それは脳のせいだ」ということになってしまうからだ。現に犯罪者を裁く法廷でこうした主張がなされることがあり、極刑を免れた例もある。

決定論と対立するのが、「自由意志」はあるという立場であり、本書もこちらに属する。すなわち、脳による無意識の決定を超えて、人間には意識的に熟考する能力があるとする。一方、決定論でも自由意志はあるという「両立論」も主張されるが、本書はこの説では疑問に答えられないと退ける。また、心と脳(体)は別だとする二元論の立場もとらない。

では、「自由意志はある」という根拠はなにか? 

本書は意志と脳にまつわるさまざまな研究や事例を参照しつつ、その根拠を批判的に探っていく。脳科学・認知科学における自由意志の主な論点が手際よくまとめられており、読者はいかにこの問題が広範な領域に及ぶかに気づかされるだろう(なお、心理学・哲学的な「自由意志」の論点については、『社会心理学研究(Vol.31、No.1)』所収の「自由意志信念に関する実証研究のこれまでとこれから」に詳しい。この論考はネットから無料でダウンロードできる)。

また決定論者でも、脳神経倫理学(ニューロエシックス)を主導するガザニガのように、最終的には自由意志は残るとの主張もある。しかし、こうした見解も本書は批判しており、脳科学の主流派にいかに斬り込んでいくかも読みどころとなっている。

 

アルゴリズムは「限りのない問題」を解けない

とはいえ、脳じたいが決定論的システム(アルゴリズム)を基盤とすることは認めざるを得ない。それを認めたうえで、なおかつ自由意志が生まれることを明かさなければならない。まず本書は、決定論のロジックには「飛躍」があり、理論というより「世界観」に過ぎないことを説明する。

さらに、「限りのない問題」というキーコンセプトによって、人間の論理的思考はアルゴリズムではないことを明らかにする。「限りのない問題」とは、たんに定義付けできないだけではなく、関係する概念がわかっても、その解釈の方法も無数にあるような問題であり、アルゴリズムでは解けない。しかし人間は、 「アルゴリズムを超越する――状況を理解し、意味を認識し、想像し、意識的に熟考し、限りのない問題を論理的に考え、自由な行為主体として行動する」ことができるのだ。

では、どのようにこうした自由な行為主体が、脳から生まれるのか? 

本書は興味深い説を展開していくが、そのひとつは脳科学者アントニオ・ダマシオの「ソマティック・マーカー仮説」に想を得ている。ソマティック・マーカーは、知覚的な刺激と、過去の情動や記憶・意識的な経験のあいだをつなげる。そして、その連携は、脳内の前頭葉が担っている。これに似て脳は、まず知覚や経験のデータ処理をアルゴリズムとして行いながら、内省的な思索へと移行していくのではないか。

さらに、自由意志や意識をもつ行為主体は、決定しているプロセスとランダムなプロセスとの相互作用によって、脳内で生まれるのかも知れない。本書はカオス理論なども援用するが、その解明には新たな科学的アプローチ(意識の物理学)が欠かせない。

 

人工知能に意識が芽生えるとき

意識(自己認識)をそなえた人工知能を創造する難しさも、まさにこの点にある。従来のアルゴリズムの能力を高めていく方向だけでは難しいのだ。

しかし、人工意識を目指す研究は日々進んでいる。たとえば、人間の認知発達や生命進化を模した学習プロセスを組み込む方法がある。赤ん坊が認知発達で得るような客観的な視点を獲得し、自発的な意志によって、自ら考え、学習し、限りなく成長しうるシステムが構想されている(荒木建治ほか『心を交わす人工知能』などを参照)。

また、脳型コンピューターと呼ばれるニューロモーフィック(神経形態学的)なプログラムが、やがて生命のように「カオスの縁」で働き、ある種の自己認識を持つようになることも考えられる(ジョージ・ザルカダキス『AIは「心」を持てるのか』などを参照)。

こうした未来像も含めて、本書には「自由と倫理」「意識とアルゴリズム」をめぐる刺激的な洞察があふれている。

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