『触れることの科学 なぜ感じるのか どう感じるのか』 めくるめく触覚の世界とその裏側

澤畑 塁2016年09月23日 印刷向け表示
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触れることの科学: なぜ感じるのか どう感じるのか
作者:デイヴィッド・J・リンデン 翻訳:岩坂 彰
出版社:河出書房新社
発売日:2016-09-21
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触って、触られて――。他人とのそうした身体的接触を、人生最大の愉しみと考える人も少なくないだろう。しかし、「なぜ感じるのか」「どう感じるのか」という問いに何かしらの答えを与えられるという人は、おそらくほとんどいないのではないか。本書は、そのようなめくるめく触覚の世界とその裏側に、『快感回路』などの著書でも知られる神経科学者がやさしく案内するものである。

先に断っておくと、本書はあくまでもまじめな神経科学の本である。ただ同時に、本書はある意味で「サービス精神旺盛」な本でもある。実際、性の話を適度に織り交ぜながら、読者を退屈させずに読ませてしまうというのが、この著者の真骨頂といえるだろう。そこで、そうした意味でも興味深いトピックを以下で見ることにしたい。

C線維と「愛撫のセンサー」

いま、タンスの角に足の小指をぶつけてしまったとしよう。そのときおもしろいのは、痛みがいわば二度やってくることである。最初に、小指に痺れるような鋭い痛みが走る。それはたしかに痛いが、でも耐えがたいほどではない。そう思っていると、その数秒後に、今度は重くて鈍い、ズキンズキンとした痛みがやってくる。あなたが苦痛で思わず顔を歪めてしまうのは、おそらくその第二波がやってきてからであろう。しかし、そもそも痛みはなぜそのように二手に分かれているのだろうか。

それは、痛みの信号を脳へと伝える神経線維が二種類あるからである。まずひとつは、A線維。その神経線維はミエリン鞘に覆われているゆえ、そこを電気信号が毎秒約30m(Aδ線維)ないし約70m(Aβ線維)の速さで伝わり、小指に異常が生じていることをいち早く知らせる。そしてもうひとつは、C線維。こちらはミエリン鞘に覆われておらず、毎秒約90cmという低速で信号を伝える。先に見たように、小指に鈍く重い痛み(第二波の痛み)が生じるのは、このC線維経由で信号が脳に届いてから、というわけだ。

ところで、そのC線維について、その一部がほかにも重要な役割を果たしていることが最近の研究で明らかになってきた。その役割とは、すなわち、「他人から触れられたときに『心地よい』と感じるための信号を伝達する」という役割である。それゆえ、著者に言わせれば、「C触覚線維と呼ばれるその神経は、人と人との接触に特化した、いわば愛撫のセンサーなのである」。

C触覚線維がそのような役割を果たしていることは、特定の神経障害の患者を調べてみるとよくわかる。A線維(とくにAα線維とAβ線維)は残っているのに、C線維(とAδ線維)が失われている患者(ノルボッテン症候群)は、やさしく腕を撫でられても、心地よいと答える割合が有意に低い。反対に、A線維は失われているが、C線維が残っている患者(急性感覚神経細胞障害)は、ほかの多くの触覚機能を喪失しているのに、漠然とした心地よさを感じることができる。つまり、C線維があるかどうかで、身体的接触を気持ちよく感じられるかどうかも変わってくるというわけである。著者がC触覚線維を「愛撫のセンサー」とみなすのも、そうした事実にもとづいてのことである。

3〜10cm/sのソフトタッチ

さらに指摘しておくべき事実がある。身体を撫でられると、C触覚線維が活性化し、その信号が島皮質後部に伝達される(島皮質後部は感覚処理の感情的側面に関わる脳部位だ)。だが、C触覚線維と島皮質後部が強く活性化するには、一定の条件があるようだ。その条件とは、「毎秒3〜10cmの速度で軽く撫でる」というものである。健常者でもA線維を欠いた患者でも、その速度で軽く撫でられたときに、C触覚線維と島皮質後部が最も強く活性化する。そしてその場合に、実験の被験者は現に最も気持ちよく感じたというのである。

となると、ここで得られる教訓がふたつある。まずひとつは、「C触覚線維は愛撫の感知器として働き、信号を島皮質後部に伝え、そこで漠然とした快感がゆっくり生まれる」ということ。またもうひとつは、「パートナーに快感を与えたいのなら、毎秒3〜10cmの速度で触れるべし」ということだ。それは、速すぎても遅すぎてもいけないのである(もし疑わしく思うのであれば、今晩試してみられるのがよいかもしれない)。

というのが、身体的接触と触覚に関する本書の説明である。ただし、ここであらためて注意をしておくと、本書で扱っている「触覚」は、なにも身体的接触に関わるものばかりではない。そこには、物体一般との接触も含まれるし、さらには温感、痛みや痒み、固有受容覚なども含まれる。だから本書は、触覚について多くを学べる、とても勉強になる一書なのである。

そして、本書のそれらの説明に独特な風味を加えているのが、やはりこの著者の巧みな話の展開だろう。再び性の話で恐縮だが、わたし自身、「股間で点字を読めるか」という議論や、「パートナーの乳首がとれたと勘違いして、愛撫中にパニックに陥った」という著者本人のエピソードなどには、忍び笑いをこらえることができなかった。そうしたネタを繰り出しておきながら、けっして話が下品になりすぎないのだから、これはもう著者ならではの名人芸としか言いようがないだろう。

そのように本書は、まじめさとユーモアが同居している、うまくバランスのとれた本である。ぜひ本書を読んで、触覚とその神経的基盤について学び、そして何より、著者の話を堪能してほしい。

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか (河出文庫)
作者:デイヴィッド・J・リンデン 翻訳:岩坂 彰
出版社:河出書房新社
発売日:2014-08-06
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著者のデイヴィッド・リンデンの前著。「快感回路」という脳の報酬系について解説している。村上浩によるレビューはこちら

あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源
作者:フランス・ドゥ ヴァール 翻訳:藤井 留美
出版社:早川書房
発売日:2005-12
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今回の本では「触れあうことで社会的な絆を強化する」というトピックも紹介されているが、それを実行している生物の象徴と言えば、やはりボノボだろう。そして、ボノボの本ではフランス・ドゥ・ヴァールのこの本がおすすめ。まずは巻末口絵に驚かされたい。

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