『脳はいかに意識をつくるのか 脳の異常から心の謎に迫る』 訳者あとがき by 高橋 洋

白揚社2016年11月05日 印刷向け表示
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脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る
作者:ゲオルク・ノルトフ 翻訳:高橋 洋
出版社:白揚社
発売日:2016-11-05
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『脳はいかに意識をつくるのか――脳の異常から心の謎に迫る』は、Neuro-Philosophy and the Healthy Mind: Learning from the Unwell Brain(W.W. Norton & Company, 2016)の全訳である。原題からわかるように、本書は、うつ病、統合失調症などの精神疾患を抱える患者の臨床的な症例、ならびに機能的磁気共鳴画像法(fMRI)などの最新の脳画像技術を駆使することで得られた実証的な成果をもとに、精神病患者のみならず健常者の意識がいかに構築されるのかを探究する。

まず著者のゲオルク・ノルトフ氏について簡単に紹介しておこう。ノルトフ氏はカナダのオタワ大学に所属する神経科学者、哲学者、精神科医で、このような専門分野の広さからもうかがえるように学際的な視野を持つ研究者だと言える。本人の言によれば出身はドイツで、10年前にカナダに渡ったのだそうである。なお、論文、雑誌記事等に掲載された業績に関しては、氏自身のホームページに公開されているので参照されたい。

簡潔に言えば、本書は「意識とは何か」を探究する哲学と、脳神経科学における最新の成果の統合を試みるきわめて野心的な書である。出身がドイツであることからも予想されるように、ノルトフ氏は米英の脳科学者や意識の研究者の多くとは異なり、3人称的、客観的、実証的な視点のみならず、1人称的、主観的、現象学的な視点を非常に重視している。それについて、氏との私信を通して得られた情報も交え、ここでやや詳しく述べておこう。

本書には、ハイデッガー、メルロー=ポンティ、ヤスパースらの現象学や実存主義を標榜する20世紀前半に活躍した独仏の著名な哲学者への言及が散見されるが、著者の哲学的素養の基盤には、これらの哲学者の他に、いわゆる現象学的精神病理学者の業績も含まれる。実のところ、訳者自身もかつて現象学的精神病理学には強い関心を持っていたことがあり、メダルト・ボス、ルードヴィヒ・ビンスワンガー、ウジェーヌ・ミンコフスキー、ヴォルフガング・ブランケンブルク、フーベルトゥス・テレンバッハ、木村敏らの諸著作を、みすず書房から刊行されている邦訳で読んで感銘を受けたことを覚えている。本人の言によれば、ノルトフ氏は、上記の著者すべてに関してその業績をよく知っているそうで、それどころか、まさに彼らの業績が著者の現在の研究の一つの基盤をなしているのだそうである。

ここで一人称的、主観的、現象学的な視点から意識という現象をとらえるとはどのような意味かを簡単に説明しておこう。それにあたり、訳者が個人的に大きな影響を受けたブランケンブルクの主著『自明性の喪失――分裂病の現象学』(みすず書房)の主題でもある「自明性」を例にとろう。

精神疾患を抱えていない健常者は、世界が次の瞬間も持続することが自明であるような世界を自ら主観的に構築しながら生きている。ところが、統合失調症患者などの精神病患者のなかには、世界が次の瞬間も持続することが自明ではない世界に生きている人もいる。ここで留意すべきは、そのような世界で生きることと、たとえば「わがマンションが立つ埼玉に、今夜ミニブラックホールが突如出現して埼玉がまるごと消滅する可能性はゼロではない」などといった、健常者が行なう論理的推論とはまったく別物だという点である。

統合失調患者は、次の瞬間には世界が消滅し得るような世界に実際に生きているのであって、論理的推論を行なっているのではない。現象学的精神病理学という分野は、自己の経験する世界がいかに構築され開示されるのか、そしてその構築を可能にするメカニズムの何がどのように崩壊すると精神疾患をきたすのかを一人称的な観点からとらえようとする学問であり、カントから現象学に至る長い知的営為の延長線上に位置する分野であるとも言えよう。これは裏を返せば、本書でノルトフ氏が試みているように、精神疾患によってどの精神機能がいかなる形態で崩壊するのかを知ることによって、そこから意識の正常な機能を導き出そうとする試みにもつながる。

ちなみにノルトフ氏は、「自明性」に関して次のように述べる。

(……)統合失調症は、社会との断絶によって特徴づけられる。世界との「正常な」関係が断たれるのだ。そのような障害にどうアプローチすればよいのだろうか? 私たち健常者は、世界、および自分と世界の関係を自明のものとしてとらえている。私たちの知覚、行動、認知のすべては、世界との関係や世界内における自己の統合を前提とする。(……)

 統合失調症患者では、世界内での統合をもたらす「世界‐脳」関係は、変質し、断絶し、最終的には失われる。アンドリューの例に見たように、統合失調症患者には、子どもの頃でさえ奇妙な行動が見られることが多い。議論をしている最中のうなずきが承認を意味することは、アンドリューにとっては自明ではなく疑問の対象になる。彼にはうなずきの意味がわからず、健常者のようにそれを自明なものとしてとらえられない。(189頁)

この文章からもわかるように、統合失調症患者が生きている世界は、健常者が特に意識せずに自明なものとしてそのもとで暮らしている世界とは圧倒的に異なる。では、この違いは何に起因するのだろうか? この問いに対して、著者は統合失調症患者における「世界‐脳」関係の変質という一つの答えを提示する。ここに至って「脳」が登場する。つまり「世界‐脳」関係の一方の極には「脳」という生理的な組織、言い換えると三人称的な視点から観察可能な客観的に存在する組織の働きが含まれ、そこに主観的な視点とは別の基盤としての客観的な視点が措定されるのである。この点に関して著者は次のように述べ、心ではなく脳に焦点を置かなければ意識の解明は成就し得ないと主張する。

(……)脳の神経活動を、私たちが心的活動として経験しているものに変換することを可能にしているのは、まさにこの神経‐遺伝子、および神経‐環境の関係であると見なせる。言い換えると、脳による神経活動から心への変換は、脳の遺伝子‐神経の結びつき、さらには脳の生態的、環境的な統合に依拠する。

 この定式化は、哲学者や、彼らが提起する心脳問題にとって重要な意味を持つ。心は、脳と神経活動に単純に還元できるものではない。脳は、脳+遺伝子+環境なのだから。ならば哲学者は、自分たちの見方を逆転すべきであろう。つまり、心の本質や、心と脳の関係を問うのではなく、脳の本質や、脳と遺伝子、そして究極的には世界との関係を問うべきだ。かくして心脳問題は、「遺伝子‐脳」問題、さらには「世界‐脳」問題に置き換えられる。(123頁)

ところで脳の探究という点に関して言えば、先にあげた前世紀の現象学的精神病理学者には利用できなかったが(したがって彼らは臨床的な所見に頼らざるを得なかった)、現代の脳科学者には利用できるようになった手段がある。言うまでもなくそれは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)などの最新の脳画像技術である。著者は、最新の脳画像技術を駆使して自身で行なった実験や、他者の実験をもとに、「安静時脳活動」を生理的な基盤とする時間/空間構造によって「世界‐脳」関係が構築されるという結論を導き出す。そのために安静時脳活動の異常は、正常な「世界‐脳」関係を変質させ統合失調症などの精神疾患を引き起こすのである。

このような論証を通じて著者は、一人称的、主観的、現象学的な視点と三人称的、客観的、実証的な視点の橋渡しを図ろうとする。言うまでもなく、この試みは壮大であり、しかも原題にもなっている「神経哲学(ニューロフィロソフィー)」は、まだ緒についたばかりの学問である。そのために未解明の問題も多く、本書にも「それについてはまだ明らかになっていない」などといった記述が、かなり目につく。この点を欠陥と見る読者もいるかもしれないが、今後の研究方向を示唆するために、書物としてはマイナスになり得る見解を敢えて率直に述べたと見ることもできよう。

ここで著者の姿勢がよくわかるエピソードを一つ紹介しよう。安静時脳活動を意識の構築の生理的基盤と見なす視点は、昨今脳神経科学でよく言及される「エラー予測(error prediction)」「随伴発射(corollary discharge)」「遠心性コピー(efference copy)」などの概念(*参照)のベースとなり得るのではないかと著者に尋ねたところ、「それらの概念は、現象学的な視点を欠くので話半分にすぎない」という回答が戻ってきた。もちろん「話半分」ということなので、著者はそれらの概念を否定しているわけではない。しかし、「話のもう半分」に相当する現象学的視点を欠いているので、意識の説明としては不十分だと見なしているのである。まさに客観的視点と主観的視点を統合しようと奮闘している著者の面目躍如といったところであろう。

このような著者の姿勢は、かつて現象学的精神病理学の諸著作に感銘を受けたことのある訳者にも強い親近感が感じられる。訳者は、ポピュラーサイエンス書の翻訳という仕事の一環として、また個人的な興味によって、米英の大手出版社から刊行されている、脳神経科学をテーマとする一般向けの最新の科学書はできる限り読むようにしているが、それらを読んでいると、ノルトフ氏の指摘する「話半分ではないのか?」という印象がどうしてもぬぐえない。もちろん最近では、脳科学でも主観性を無視することはできないと主張する脳神経科学者もいる。たとえば、拙訳『意識と脳――思考はいかにコード化されるか』(紀伊國屋書店)のなかでスタニスラス・ドゥアンヌ氏は次のように述べている。

 これらの証拠は、芽吹き始めた意識の科学における第三の主要概念である、「主観的な報告は信頼に足るものであり、また信頼するべきである」という重要な結論を導く。(……)

 つまり、行動主義心理学者や認知科学者らの、ここ一世紀間の疑念にもかかわらず、内省は有益な情報源になり得る。それは、行動の測定や脳画像によって客観的に検証できる貴重なデータをもたらすばかりでなく、意識の科学の本質を定義するものでもある。われわれは、意識的な状態を経験しているときに被験者の脳内で生じるニューロンの系統的な活動、すなわち意識のしるしを観察することで、主観的な報告の客観的な説明を探究するようになった。意識の定義上、経験している本人のみが、それについて語れるのだ。(64~65頁)

しかしよく読めばわかるとおり、ドゥアンヌ氏の主張は「被験者の主観的な報告は、客観的なデータとして扱うことができる」という点に尽き、fMRI等の最新の装置によって得られた客観的な実験データに照らして裏づけを取りつつ、現象学的、一人称的な視点に基づいて意識が形成されるあり方を分析するノルトフ氏のアプローチとはまったく異なる。その意味では、ノルトフ氏の観点からすれば、ドゥアンヌ氏の提言も「話半分」の範疇に入るのかもしれない。これは、カントから現象学に至る長い哲学的伝統を誇るドイツの出身でその衣鉢を継ぐノルトフ氏と、実証を重視し客観的であることを第一とする、米英圏出身の脳神経科学者(ドゥアンヌ氏はフランス人だが)の文化的なバックグラウンドの違いを反映していると見なせるだろう。そう考えて、木村敏氏の著作やハイデッガーの入門書が一般向けの新書で何冊も刊行される日本では、本書は米英でよりも受け入れられやすいのではないかという感想を述べたところ、著者も同様に感じているという返事が戻ってきた。

ここまでの説明からも明らかなように、率直に言えば、本書は誰もがすぐに理解できるというタイプの本ではない。昨今では、金融資本主義的性急さで、何に関してでも即席に理解できなければならないと考える風潮があるように思われるのは気のせいだろうか。そのような姿勢で本書を読めば、おそらく書かれていることの多くは理解できないであろう。ただし本書は、熟読し、繰り返し読み直すことをもいとわない心構えで臨めば、そこに書かれていることに賛成しようが反対しようが、新たな考え方が身につく、そういったタイプの本であるとつけ加えておこう。個人的な経験で言えば、前述したブランケンブルクの『自明性の喪失』は、そのような本のなかの一冊であった。『自明性の喪失』が訳者にとって思考方法の転換を促す書物になったのと同様、本書が読者にとってそのような書物になることを願うばかりである。

*「エラー予測」とは大まかに言えば、脳の低次領域から高次領域に送られるのは、生データや、その要約であるよりも、予測からはずれたいわばエラー情報であり、それによってデータトラフィックの量が低減され効率化が図られているとする見方である。随伴反射や遠心性コピーは、運動中枢にシグナルを送る際、同時に感覚系にもあらかじめシグナルを送っておき、その運動によって生じた自己由来の刺激のために感覚処理が生じないようにしておくメカニズムをいう。このメカニズムが機能しているために、たとえば自分自身をくすぐってもくすぐったく感じないのである。これらの概念については、最近出版された本のなかでは、かなり難解だがアンディ・クラーク著『Surfing Uncertainty: Prediction, Action, and the Embodied Mind』(Oxford University Press, 2016)などに包括的に説明されている。「随伴反射」に関しては最近の著書のなかでは、それだけが解説されているわけではないが、本書と同様脳の異常作用を扱ったエリエザー・J・スタンバーグ著『NeuroLogic: The Brain’s Hidden Rationale Behind Our Irrational Behavior』(Pantheon, 2015)などが非常にわかりやすかった。『NeuroLogic』はすでに版権が取られているそうなので、いずれ邦訳が刊行されるはずである。

2016年9月 高橋 洋 

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