「ビッグマック」を食べよう 『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』

澤畑 塁2016年12月04日 印刷向け表示
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腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方 (ハヤカワ・ポピュラー・サイエンス)
作者:ジャスティン ソネンバーグ 翻訳:鍛原 多惠子
出版社:早川書房
発売日:2016-11-22
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100,000,000,000,000。わたしたちひとりひとりの腸内にはそれだけの数の細菌がいるという。そうした細菌たちの集まりは「マイクロバイオータ」と呼ばれ、近年その研究が脚光を浴びている。本書は、マイクロバイオータとわたしたちの健康の関係について、微生物学者の夫妻がわかりやすく紹介するサイエンス書である。

マイクロバイオータと健康の関係については、すでにいくつかの文献が詳しく論じている。そんななかで本書の目新しさといえば、副題にもある「細菌の育て方」にクローズアップしている点だろう。腸内細菌が健康のための重要な鍵を握っているのだとすれば、よりよい細菌を獲得・維持するために、わたしたちはいったい何をどうしたらよいのか。本書はその点の具体策について述べた実践的な一書でもある。

そこでまずは、近年盛んに議論されている、マイクロバイオータと健康の関係についておさらいしておこう。冒頭で述べたように、わたしたちの腸内には100兆もの細菌が棲息しており、それらはそれぞれの場所で「生態系」を形成している。だが現在、加工食品の増加や抗生物質の過剰使用などにより、多くの人においてその生態系のバランスが乱れつつある。

そしてじつは、そのように腸内生態系のなかで混乱が生じていることこそが、ここ数十年で増加している疾患や不健康の一因となっているのではないか、と考えられているのである。具体的には、炎症性腸疾患にアレルギー、そして肥満や自閉症までもが、マイクロバイオータ混乱との強い関連が指摘されている。そういうわけで、上で触れたように、「わたしたちの健康を維持するためには、腸内細菌のバランスを維持することが重要だ」と考えられるのである。

ではあらためて、よりよい腸内細菌群を獲得・維持するために、わたしたちは何をどうしたらよいのだろう。経腟分娩、母乳哺育、はては糞便移植まで、本書ではさまざまな方法が紹介されている。しかし、何より重要なのはやはり食事であるという。曰く、「最強の手段は食事」なのだ。

ならば、どのような食事であれば腸内細菌をうまく育てられるのか。著者らによれば、その方法はおもにふたつある。まずひとつは、有益な微生物をたくさん食べること。これは、そうした微生物を多く含む発酵食品(たとえばヨーグルト、キムチ、納豆)を食べれば実現できる。そしてもうひとつは、腸内微生物たちに良質の食べ物を与えることである。「よい腸内細菌を維持したいのであれば、彼らにも十分な食べ物を与えよ」というわけだ。

いまの第二の点をよく理解するために、ここでヒトの消化器系のはたらきを見ておこう。わたしたちが口にした食べ物は胃で消化され、やがて小腸に達する。小腸では、単純炭水化物、アミノ酸、脂肪酸などが吸収され、ヒト細胞のエネルギーへと変換される。そしてその残り物、つまり小腸で吸収されなかった成分が、今度は大腸へと送られる。

大腸といえば、腸内細菌の大半が棲息している場所だ(胃や小腸にも微生物は棲息しているが、その数は大腸には及ばない)。したがって、腸内細菌に十分な食べ物を与えるためには、大腸まで到達し、なおかつ大腸内の細菌がエネルギーに変換できる成分を摂取することが重要である。具体的にいうと、食物繊維を含む複合炭水化物、著者らの言葉でいう「マック(microbiota accessible carbohydrates; マイクロバイオータが食べる炭水化物)」がそうした成分である。それゆえに、ここでの教訓は次のようになる。「ビッグマックを食べよ」。

マックを多く含む食べ物とは、具体的には、野菜、果物、豆類などだ。そしておもしろいことに、精製された穀物(たとえば小麦粉)はマックをほとんど含まないのに対して、未精製の全粒穀物は高マックである。というのも、精製食品は小腸内で簡単に吸収されてしまうが、未精製の粗い穀物は消化吸収に時間がかかり、大腸まで到達することができるからである。それゆえ、腸内マイクロバイオータという視点からしても、小麦粉より全粒粉のほうが、白米より玄米のほうが健康的だといえる。

というようにして、本書では、マイクロバイオータとわたしたち自身を健康にする方法が具体的に語られていく。巻末では「マイクロバイオータにやさしい1週間のメニュー」までも掲載されている充実ぶりだ。

ほかにも本書では、免疫系の調節や脳腸軸、マイクロバイオータの老化など、興味深いトピックが続いている。それらを語る著者らの言葉もつねに平明で、前提知識がなくとも多くの人が楽しめるだろう。著者らが親の視点で子どもたちの健康を考えているのも、読んでいて好感のもてるところである。

同テーマを扱った本が続々と出ているが、本書はそのなかでも独自の視点をもった良書であると思う。食事と細菌と健康と。その関係について知りたいと思ったら、まずは本書に手を伸ばしてみるのがよいだろう。

あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた
作者:アランナ コリン 翻訳:矢野 真千子
出版社:河出書房新社
発売日:2016-08-10
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上で紹介した、マイクロバイオータと病気や不健康との関係はこの本に詳しい。レビューはこちら

失われてゆく、我々の内なる細菌
作者:マーティン・J・ブレイザー 翻訳:山本 太郎
出版社:みすず書房
発売日:2015-07-02
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この分野の著名な研究者が書いた読み物。抗生物質の過剰使用や帝王切開がもたらす影響についても詳しく論じられている。村上浩のレビューはこちら

マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち
作者:ロブ・デサール 翻訳:斉藤隆央
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2016-12-01
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最近刊行されたばかりのマイクロバイオーム研究の概説書。その研究の基礎的な部分が丁寧に書かれており、とても勉強になる。近日レビュー公開予定。

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