『マラス』凶悪ギャングの心の底は

峰尾 健一2016年12月19日 印刷向け表示
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マラス 暴力に支配される少年たち
作者:工藤 律子
出版社:集英社
発売日:2016-11-25
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中米から米国へ不法入国する若者が急増している。それも、メキシコよりさらに南の中米諸国から。2014年夏、そんなニュースが著者の目に留まった。

2013年10月から2014年6月中旬までの間、単独で国境を超えようとして米・国境警備隊に拘束された未成年者の数は約52,000人に上る。そのうち75%が、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスの中米3ヵ国の出身だった。

彼らが祖国から脱出したのは、経済的事情や、家族との再会といったこととは別の理由からだという。彼らの多くは、住んでいた地域を支配するギャング、「マラス」の脅しや暴力から逃げてきたのだ。

本書は、マラスと呼ばれる中米諸国のギャングたちの実像に迫るルポである。都市部を中心に、一般人の暮らしにまで影響を及ぼすギャングは、一体どのような集団なのか。1990年にメキシコシティでストリートチルドレンを取材して以来、スペイン語圏を中心に様々な取材を重ねてきたジャーナリストである著者は、マラス人口が最も多いと言われるホンジュラスを舞台に彼らの素顔を追う。

マラスとは1つの組織のことを指すのではなく、複数あるギャングのいずれかに所属する者たちの総称である。彼らの姿は、その行動だけを見る限り、凶悪としか言いようのないものだ。「MS」と「18」の二大ギャングを筆頭に、組織間の縄張り争いが続く地域では、敵対組織だけでなく、一般市民が盗みや脅し、誘拐、殺人の標的になることも少なくない。支配下にある地域で商売を営む人からみかじめ料を取るといったことだけでなく、家主を家から追い出してアジトにしてしまうこともあるという。

年頃の少年は、地元を仕切るギャングから仲間になることを強要される場合が少なくない。断ると金を要求され、それも拒むならば命を狙われることさえある。少女もマラスのメンバーの恋人になることを求められ、断れば身の危険にさらされることがある。リスクを冒してでも不法移民となることを選ぶ若者は後を絶たない。

ギャング更生支援の活動を行う現地のNGO代表は、怒りと悲しみを滲ませながらこう語っている。

 

13時間ごとに1人死ぬ。そのくらいの頻度で、若者が死んでいきました。ある者はギャング同士の抗争で、ある者は警察の手で、またある者は不法移民としての旅の途中で。

 

なぜ、彼らはギャングの道を選ぶのか。そこには、一言で表すことなどできない複雑な背景が絡み合っている。1990年代、マラスのルーツである米国カリフォルニアから約3000人のギャングが強制的に帰国させられたこと、後に本家カリフォルニアのギャングが故郷でも縄張り争いをするよう命じたことをきっかけに暴力が激化したこと、ホンジュラス政府がマラスの弾圧に乗り出したために、火に油を注ぐ結果になったこと。マラス自体の歴史をたどるだけでも様々なターニングポイントが存在する。

そして、拡大する貧富の差、貧困からくる家庭での暴力や虐待という構図が底に横たわる。マラスになる若者たちが求めていたのは、周りからのリスペクトだ。それが恐れからくるものであるであろうと、自分を肯定してくれる(ように思わせてくれる)ギャングという立場は彼らにとって「居場所」として映る。著者は、「アイデンティティの喪失」こそが若者たちをマラスに向かわせると結論づけている。

本書サブタイトルには、「暴力に支配される少年たち」とある。読み終わってみて、まさにその通りだと感じた。読み進めるほどに、「環境」がマラスを生んでいるということを思い知らされる。彼らは暴力を「振りかざしている」というより、暴力に「支配されている」ということが分かる。

ギャングとのつながりは保ちつつも、犯罪に直接関わることはなくなった「穏やかなギャング」や、ギャングから抜け出すために命からがらメキシコへ脱出した少年など、元ギャングのインタビューからは、彼らがなんら特殊な人間ではないことが伝わってくる。根が優しく、傷つきやすい、言ってしまえばありふれた若者の姿だ。マラスになる若者もそれ以外の若者も、素顔は変わらない。

彼らの間を分かつのは、「どのような人、どのような考え方に出会うか」ということに尽きるのではないか。真新しい話ではないが、結局はそこに落ち着くというのが読み終えての印象だ。貧困家庭で育った子どもが必ずしもマラスに入るわけではない。ギャング以外にも選択肢はあると呼びかける元マラスメンバーの牧師や、職業訓練などを通してギャング以外の選択肢を提供しようとするNGOなど、地道に支援活動を続ける人々もいる。彼らの声とギャングの声、どちらが届くかが分かれ目なのだ。

心の居場所が不安定であること、その行き先をどこに求めるかという問題自体は、程度の差こそあれ、世界中どこにでもある普遍的なものだろう。それが、ギャング間の激しい抗争や、死(殺人)への感覚麻痺、政府や警察の無理解と冷酷な対応、世間のレッテル貼り、巨大な貧富の格差などと絡まると、これほどまでに重い事態が生まれてしまうのか。遠い国の話だと他人事で済ませるのが躊躇われる、静かな恐ろしさが読後に残る。

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