『最後の資本主義』資本主義を脅かしているのは、信用の弱体化である

堀内 勉2016年12月18日 印刷向け表示
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最後の資本主義
作者:ロバート・B. ライシュ 翻訳:雨宮 寛
出版社:東洋経済新報社
発売日:2016-12-02
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去る12月2日に日本財団で行われた「Bコーポレーションを知る会」に出席してきた。Bコーポレーションという言葉は聞き慣れないかも知れないが、アメリカの非営利団体B Labが運営する、社会的責任や持続可能性などを評価する認証制度で、「TransFair」がフェアトレード・コーヒーを認証するのと同じように、アカウンタビリティや透明性などB Labの掲げる基準を満たした企業に対して与えられる民間認証である。

「B」は「Benefit」(ベネフィット=利益)のことであり、環境、コミュニティ、従業員などの様々なステークホルダーの利益を意味している。アウトドア用品のパタゴニアを始め、現在までに世界50カ国で、約2千社が取得している。日本にはまだBコーポレーションのような認証制度は見られないが、日本でもBコーポレーション認証を取得した企業が既に3社ある。

この時の司会を務めていたのが本書の翻訳者の雨宮寛氏であり、その会で本書が紹介されたので購入して読んでみた。著者のロバート・ライシュ教授については、アメリカの経済格差問題について特集したドキュメンタリー映画『みんなのための資本論』への出演を、テレビで見ていたこともあり覚えていた。

ライシュ教授は、ハーバード大学ケネディスクール教授、ブランダイス大学社会政策大学院教授を経て、現在はUCバークレー公共政策大学院教授であり、『暴走する資本主義』や『格差と民主主義』などの著書で知られる著作家でもある。

クリントン政権時代に労働長官も務めたライシュ教授が指摘するのは、1978年から2010年の約30年間にかけて、アメリカの標準的な労働者の所得が低下したのに対して、富裕層上位1%の所得は2倍以上に拡大し、更に上位400人の富が下位1億5千万人の富の合計を超えたということである。

それまで政府と距離を保ってきた民間企業が政治に積極的に介入するようになったのは1970年代末以降のことで、特に2010年の連邦最高裁のシチズンズ・ユナイテッド判決によって企業や富裕層による無制限の政治献金が可能になり、民主主義を金で買える時代が到来したと語っている。

本書の原題は"Saving Capitalism: For the Many, Not the Few"であり、ここから分かるように、ライシュ教授はしばしば誤解されるような社会主義者ではない。本書の冒頭にあるように、「資本主義を脅かしているのは、今や共産主義でも全体主義でもなく、現代社会の成長と安定に不可欠な「信用」の弱体化」なのだと指摘している。

そして、ライシュ教授は資本主義を否定するのではなく、市場メカニズムの根幹となる市場のルールを見直すことで、政府か自由市場かの二者択一ではないサステナブルな新しい資本主義を提案し、古き良きアメリカ、強いアメリカの復活を願っているのである。

ライシュ教授が指摘するアメリカ復活の鍵となるのが、分厚い中間層の復活と拡大である。アメリカでは戦後30年間に他に類を見ないほど中間層が拡大し、これが国の繁栄を支えてきた。それが今は、金の力に物を言わせて政治を動かす大企業と富裕層だけが発言権を持つ社会になってしまった。このままでは、人間の働くことの価値はますます小さくなり、稼ぐことができるのは資本だけになってしまう。技術が発達し、ロボットがどんなに優れた商品やサービスを提供できても、それを買うことのできる層は消滅してしまうと指摘している。

社会学者ロバート・パットナムの言葉を借りれば、アメリカの多元主義に力と意味を与えていた各種団体は1980年代には消滅してしまい、アメリカは「ジョイナー(多くの団体に参加する人)」の国であることをやめてしまったのだそうだ。

今の「自由市場」が政治から独立しているというのは幻想であり、市場のルールは勝者だけが勝ち続け、富が一方的に下方から上方に移動する「事前配分」とでも呼ぶべき仕組みが組み込まれていて、ここにメスを入れないでゲーム終了時の所得再分配だけを議論しても意味がない。今こそ、新しいルールの下で資本主義を立て直さなければ、資本主義はその土台部分から崩壊してしまう、というのがライシュ教授の危機感である。

そして、今後数年以内にアメリカ政治を二分する境界線は、「民主党か共和党か」から「反体制派か体制支持派か」へとシフトする可能性が高い、即ち、「ゲームはいかさまであると考える中間層、労働者層、貧困層と、いかさまを行なっている大企業幹部、ウォール街の住人、億万長者という対立軸」に移行するだろうと言っている。本書がアメリカで発売されたのは2016年5月であり、正に11月の大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の勝利を予言するかのような本質をついた指摘である。

従って、問題の本質は、政府か自由市場か、大きい政府か小さい政府か、政治的右派か左派かといった従来型の概念対立ではなく、「少数の富裕層をさらに豊かにするための要求に応える政府」「ほぼすべての利益が頂点にいる限られた人々に集中するように設計された市場」か「相対的に貧困となり、経済的に不安定な立場に立たされている大多数の要求に応える政府」「人々が幅広く繁栄を分かち合うように設計された市場」かという選択肢だと言う。

本書には、「拮抗勢力」(counter-vailing power)という言葉が繰り返し出てくる。訳者あとがきで雨宮氏が指摘しているように、「トゥクヴィルの「アソシエーション(協会)」を思い出すまでもなく、アメリカ人が職場や居住地、趣味や信条に応じて、複数のグループに所属し社会や政治と交渉を重ねていく「多元主義」こそが、この国の活気の源泉であり、そのチェック・アンド・バランスによって資本主義を維持管理していかなければ、米国は米国らしい「自由」を失ってしまう」のであり、それを支えるのが多様な「拮抗勢力」なのである。

そして、ライシュ教授が思い描くこれからの資本主義の姿は、今あるような「株主資本主義」ではなく、60年前はアメリカでも当たり前と考えられていた、そこに関係する全ての人々の利益を考慮する「ステークホルダー資本主義」である。

こうした新しい資本主義の未来に対して、ライシュ教授はアメリカ人らしくあくまでも楽観的である。「未来を楽観できるさらに大きな理由に、私たちは自分で制御できない機械的な「市場原理」の犠牲になる必要がないということがあげられる。市場とは人間が作り上げたものであり、人間が自ら策定したルールに基づいている」からだと言う。

果たしてトランプ新政権の下で、アメリカが再び健全な多元主義を取り戻すことができるのか、或いはここが更なる分断拡大の出発点になるのか、来年のアメリカ政治からは目が離せない。

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