『人新世の資本論』資本主義の代替システムを構想する新しい『資本論』

堀内 勉2020年11月10日 印刷向け表示
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人新世の「資本論」 (集英社新書)
作者:斎藤 幸平
出版社:集英社
発売日:2020-09-17
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「一体あとどれくらい経済成長すれば人々は豊かになれるのだろうか?」

これが本書の投げかける根源的な問いである。

この問いに対して正面から答えてきた人はどれだけいるだろうか?

そして、これこそが、今、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリに代表される世界のジェネレーションZ(1990年代中盤以降に生まれた世代)やジェネレーションY(1980年代序盤から1990年代中盤までに生まれた世代)と呼ばれる若い世代から、旧世代に向けられている怒りの本質でもある。

自身がジェネレーションYに属する著者の斎藤幸平は、世界が幾ら経済成長しても豊かになるのは極一部の超富裕層だけで、大半の人々は豊かにはならないと断言する。そして、これまでの資本主義を維持し、修正しながら騙し騙し続けていく、グリーン・ニューディール、緑の経済成長、気候ケインズ主義、ラディカル・キャピタリズムからESG(環境、社会、ガバナンス)やSDGs(国連の持続可能な開発目標)に至るまで、ありとあらゆる既存の議論に対して、ごまかし或いは空想だとしてノーを突き付ける。

旧来の南北問題も含め、資本主義の歴史を振り返れば、先進国における豊かな生活の裏側で、その矛盾がグローバル・サウス(南の発展途上諸国)に凝縮されてきた。ドイツの社会学者ウルリッヒ・ブラントとマルクス・ヴィッセンは、グローバル・サウスからの資源やエネルギーの収奪に基づいた先進国のライフスタイル、つまりグローバル・ノース(北の先進諸国)における大量生産・大量消費型社会のあり方を「帝国的生活様式」と呼んでいる。

「世界システム論」を提唱したイマニュエル・ウォーラーステインの議論を敷衍すれば、中核部は資源を周辺部から掠奪し、同時に経済発展の背後に潜むコストや負荷を周辺部に押し付けてきた。グローバル・サウスという周辺部から廉価な労働力を搾取し、その生産物を買い叩くという労働力の「不等価交換」によって、先進国の「過剰発展」と周辺国の「過小発展」を引き起こしてきたのである。

こうした生活様式の問題は、収奪や代償の転嫁なしには維持できないという点にある。グローバル・サウスの人々の生活条件の悪化は、資本主義の前提条件であり、つまり世界が幾ら経済成長しても格差は拡大するばかりで、地球上に78億人いる人類全体が均霑されることはないのである。

資本主義というのは、価値増殖と資本蓄積のために、更なる市場を開拓し続けていくシステムである。希少性を作り続け、モノの価格を使用価値以上に釣り上げることで、永遠に利益を生み続けてきた。その過程で、環境への負荷を外部へ転嫁しながら、自然と人間からの収奪を継続的に行ってきた。利潤を増やすための経済成長を決して止めないし、人間を資本蓄積のための道具として扱う資本主義は、自然もまた単なる掠奪の対象とみなしているのである。そしてこれは、マルクスが『資本論』で語ったように、際限のない運動である。

著者がここで深刻な問題として取り上げているのが、温暖化による地球の持続可能性である。地球全体に不可逆な変化が起きて、以前の状態に戻れなくなる地点(ポイント・オブ・ノーリターン) は、直ぐそこまで迫っている。2030年までに二酸化炭素排出量をほぼ半減させ、菅首相が10月の首相就任表明演説で宣言したように、2050年までに純排出量をゼロにしなければ、我々はもう後戻りできないのである。

本書で言う「人新世(ひとしんせい)」とは、資本主義が生み出した人工物が地球を覆いつくした時代である。人類の経済活動が地球に与える影響が大きいため、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは、地質学的に見て地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新世」(Anthropocene)と名付けた。人間の活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味である。

ビル、工場、道路、農地、ダムなどが地表を埋めつくし、海洋にはマイクロ・プラスチックが大量に浮遊し、人工物が地球を大きく変えている。人類の活動によってとりわけ飛躍的に増大しているのが、大気中の二酸化炭素である。著者は、その背景にあるのが、量的な経済成長を求める資本主義という仕組みだと言う。

しかし、資本主義がどれだけうまく回っているように見えても、所詮、地球というのは有限な存在である。外部化の余地がなくなった結果、採取主義の拡張がもたらす否定的帰結は、ついに先進国へと回帰するようになる。その最たる例が、今、正に進行している気候変動なのである。著者は、資本主義が地球を壊しているという意味では、今の時代を「人新世」ではなく、「資本新世」と呼ぶのが正しいのかも知れないと言う。そして、この問題について考え抜いた思想家が、『資本論』のカール・マルクスだったというのである。

なぜ今、マルクスなのかについては、本書の後半で詳細に語られている。マルクスの思想は『資本論』で終わっている訳ではなく、今、著者を含む世界中の研究者を巻き込んで進行しつつある、MEGA(Marx-Engels-Gesamtausgabe)と呼ばれる『マルクス・エンゲルス全集』の編纂プロジェクトの中で、それが明らかになりつつあるというのである。

この先は、是非、本書を購入して読んで頂きたい。これまで知られていなかった、マルクスが最終的にたどり着いた思想に至るまでの過程は、一流の推理小説並みの面白さである。

勿論、こうしたドラスティックな主張をする本書に対しては、様々な反論が考えられる。

まず、世界的なベストセラーになったハンス・ロスリングの『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』的に言えば、著者の投げかけ自体が間違っているということになるだろう。時系列的かつ客観的に世界の歴史を見れば、実は世界はどんどん良くなっているはずだという反論である。

その他にも、地球温暖化は本当に進んでいるのか、仮に進んでいるとしたら温暖化の原因は二酸化炭素なのか、資本主義を前提にそれを修正していくだけでは地球は後戻りできないのか、なぜその答えを今更マルクスに求めるのか、マルクスが正しいという論拠はどこにあるのかといった反論があり得ると思う。

評者自身は、世界経済を動かすオペレーティングシステム(OS)として確立してしまった資本主義を今から書き換えるのは実際問題として非常に難しいと考えている。仮にパソコンのOSがWindowsしかなくなってしまい、全ての人がWindowsを使っている中で、今から誰かが新しいOSを作っても、それをWindowsに取って代わる新たなOSにするのが難しいのと同じように。

従って、この資本主義を、人間性を取り戻すような形で修正して、常にアップデートしながら騙し騙し使っていくしかないし、超富裕層については、国際的な税制改正と本人達の良心に訴えかける教育・啓蒙という方法の二つのアプローチで対応していくしかないだろうと思っている。

なぜ資本主義がこれ程までに世界を席巻したかと言えば、ある意味でそれが人間の本性にかなっているからである。これは、マズローの欲求五段階説で考えてみると分かりやすい。資本主義というのは、人間の「欲望」といった最も基本をなす部分と非常に相性が良く、それを合法的に増幅してくれるアンプのような存在なのである。しかもそこには明確な主義主張がないから、攻撃することが難しい。つまり、観念的なロジックと合理性がベースにあるのであれば交渉のしようがあるが、主義主張を持たない中で、一義的な人間の欲望をベースにしているのが資本主義であるため、これをロジックで押さえ込むのは極めて難しいのである。

だから、資本主義というのは、人類の歴史における一時のあだ花として出現したものではなく、手を替え品を替え、しぶとく生き延びているのではないだろうか。例えて言うなら、コロナに代表されるウイルスのように、生物である細菌とは違って、遺伝情報だけを持ったメカニズムに過ぎないものの攻略が極めて難しいのと似ているのではないか。

ところが、著者はこうした旧世代の主張に対して、それらは全てまやかしだと言う。それも、京都大学の広井良典の「定常型社会」、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツのラディカル・キャピタリズム、グリーン・ニューディール、緑の経済成長、気候ケインズ主義から、ESG(環境、社会、ガバナンス)やSDGs(国連の持続可能な開発目標)まで、ありとあらゆる議論を含めてである。

例えば、スティグリッツは、より公正な未来のビジョンを「正しい資本主義」として、既存の「にせの資本主義」に対置しているが、彼が求めている脱成長資本主義の「改革」は、資本主義そのものを維持することと相容れないから絶対に実現できない。にもかかわらず、資本主義を維持するために、そのような「改革」を大真面目に掲げるスティグリッツは「空想主義者」に過ぎないのだと言う。

また、著者は、日本の知識人が唱えるナイーブな脱成長論も厳しく批判する。文学者の内田樹や社会学者の上野千鶴子が言う「脱成長」というのは、団塊の世代以上の逃げ切り世代の戯言に過ぎないのだと言う。確かに自分達だけが逃げ切って安全地帯にいて、蓄えも仕事もなく、膨大な国家債務の支払いを背負わされた貧しい若者に対して、もう成長はしなくて良いのではないかと言うのであれば、無責任の誹りを免れない。しかも世界に目を向ければ、日本人の殆どは世界78億人のトップ10%に入る豊かさを享受しており、資本主義の世界では「勝ち組」に入っているのである。

著者に言わせれば、これが旧世代の脱成長論の限界なのである。結局、脱成長資本主義的な発想はとても魅力的に聞こえるが、実際には実現不可能な空想主義なのである。しかも、それで問題解決ができないばかりでなく、真実から目をそらして、我々を根本的な解決から遠ざけてしまうという大きな問題を孕んでいる。

今盛んに言われているグリーン・ニューディールについても、再生可能エネルギーや電気自動車を普及させるための大型財政出動や公共投資を行うことで、高賃金の雇用を作り出し、有効需要を増やし、景気を刺激することを目指している。つまり、好景気が、更なる投資を生み、持続可能な緑の経済への移行を加速させると期待しているのである。そして、その最後の砦の旗印になっているのがSDGsであり、国連、世界銀行、IMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構)などの国際機関もSDGsを掲げ、「緑の経済成長」を熱心に追求しようとしている。

マルクスは、資本主義の辛い現実が引き起こす苦悩を和らげる宗教を「大衆のアヘン」だと批判した。著者に言わせれば、こうした片棒を担ぐSDGsもまた現代版「大衆のアヘン」なのである。そして、これらは全て、本当は破滅に向かって進んでいる資本主義というOSを前提にした議論であり、その先に待っているのは破滅しかないとして、「脱資本主義」が急務なのだと主張する。

そうした中で、著者は経済学者の宇沢弘文が提唱した「社会的共通資本」については是とするが、それでも宇沢の議論は、担い手の役割を専門家に委ねてしまうという点で不十分だと言う。著者に言わせれば、ガバナンスを専門家の手に委ねてしまうエリート主義では、ソ連の共産主義の二の舞になってしまう。エリートによる統治というのは、古代ギリシアの哲学者プラトンが『国家』の中で唱えた「哲人政治」以来、人類の歴史に脈々と続く発想である。プラトンは、師であるソクラテスを殺した民主制を批判し、優秀な者を選抜して哲学を学ばせ、哲人王として社会を支配させる体制を理想としたが、これが20世紀にファシズムや共産主義といった偏ったエリート主義を生み出した歴史は、万人の知るところである。

最後に、本書の結論部分の頭出しを少しだけすると、こうした議論を踏まえた上で著者が主張する解とは、「成長」に代わる「豊潤さ」である。それを、新たな「コミュニズム」(communism)によって実現しようと言うのである。但し、宇沢の「社会的共通資本」と比較すると、著者の言う「コモン」(common=社会的に人々に共有され管理されるべき富)は専門家任せではなく、市民が民主的・水平的に共同管理に参加することを重視する。そして、最終的には、この「コモン」の領域をどんどん拡張していこうというのである。

元々、「コミュニズム」とは、マルクスにとってもソ連のような一党独裁と国営化の体制を指すものではなかった。マルクスにとっての「コミュニズム」とは、知識、自然環境、人権、社会といった資本主義で解体されてしまった「コモン」を意識的に再建する試みに他ならなかった。そして、人々が生産手段だけでなく、地球をも「コモン」として管理する社会を、「コミュニズム」として構想していたのである。

マルクスは、将来社会を描く際に、「コモン」が再建された社会を「共産主義」や「社会主義」という表現ではなく、「アソシエーション」(association)という言葉で呼んでいた。労働者たちの自発的な相互扶助(アソシエーション) が「コモン」を実現するというのが、マルクスが構想していた社会なのである。

評者自身、資本主義の問題について、これまで数多くの識者と議論を重ねてきたが、特に最近思うのは、やはりこれからの地球の未来というのは、ジェネレーションZとかYとかいった若い世代からの視点で考えた方が良いということである。

そうした若い世代は、地球を見る視点とか、他人との関係性とか、コミュニティに対する意識などが旧世代とは全く違っていて、人類が「ニュータイプ」に移行してきたような気がする。広井良典が、人類は危機に立つと新しいパラダイムに移行するということを言っているが、そうした言葉を思い出さざるを得ない。

旧世代は、どうしても資本主義の呪縛から逃れられないし、成長が全てを癒すと信じているし、トランプ大統領のように相手を打ちのめすことで勝ち残ってきた世代であり、世界の変化のスピードが速く、ボラティリティ(振れ幅)が高く、しかもそうした大きな変化が不可逆的なものである今の時代においては、新しいOSを持った、これからの地球を担っていく人達の意見を中心に物事を進めていかなければいけないと感じている。

本書に対しては恐らく批判の声も多いだろうが、肯定するにしても否定するにしても、これからの世界を考える上で、本書を避けて通ることは出来ないと思う。旧世代にはなかなか理解しがたい内容を含む反面、膨大な知識に裏打ちされた、多くの本質的な問題を含んでいるという意味で、読後感は、新しい組織の進化を語った『ティール組織 ― マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』に近いかも知れない。

著者の斎藤幸平は、評者が主催する11月25日の『第37回 資本主義の教養学 公開講演会』に登壇するので、是非、本人の話を直接聞いてみて頂きたい(申し込みはこちらから)。

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