新自由主義のまっただ中で犬死にしないための方法序説『武器としての「資本論」』

仲野 徹2020年05月27日 印刷向け表示
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武器としての「資本論」
作者:聡, 白井
出版社:東洋経済新報社
発売日:2020-04-10
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マル経=マルクス経済学が復活の兆しらしい。そんな話を、半年ほど前、内田樹先生から聞いた。なんでも、石川康宏氏との共著『若者よマルクスを読もう(略称:若マル)』シリーズがけっこう売れているというのだ。それだけだと、ふ~ん、という感じなのだが(ウチダ先生、ごめんなさい)、経済学がご専門の先生も同じことをおっしゃっていた。

マルクス主義に基づいた社会主義国家がことごとく失敗に終わったのにどうしてなんですか、という超ド素人質問に対する二人のお答えは同じだった。貧困と格差という問題が、形を変えてではあるけれども、カール・マルクスの時代と同じような状況、いや、もっとひどくなってきているからだとのこと。なるほど、何となくわかる。

自慢じゃないが、マルクスについては、資本論や共産党宣言を書いてその後の世界に大きな影響を与えたことと、ドイツにいた頃に訪れたことのあるトリアーが生家であること以外は知らない。しかし、マル経復活となると資本論を読まねばならぬと思い、書店で手に取ってみた。パラパラッとめくっただけでとても歯が立たないということがわかる難解さだ。『若マル』レベルでお茶を濁そうかと(ウチダ先生、再度ごめんなさい)思ったが、残念ながら資本論はとりあげられていない。

というような状況で『武器としての「資本論」』を読んだ。なんでも、全三巻の資本論の第一巻に書いてある内容を、順序など気にせず、わかりやすく並び替えて説明してあるらしい。原本のことを知らないので、はぁそうですかとしか言いようがないのだが、何しろわかりやすかった。資本論のことがよく理解できたとまでは言わないが、少なくとも、なぜ今になってマル経なのか、ということはわかったような気がする。

資本主義の本質、労働力を含む万物の商品化、共同体と商品交換、「使用価値」と「交換価値」、「必要労働時間」と「剰余労働時間」、「資本主義の原罪」、労働の「形式的包摂」と「実質的包摂」、さらには「魂の包摂」、などと言われても、多くの人にとっては、なんのこっちゃわからんだろう。私だって、この本を読む前なら、さっぱりわからなかった。しかし、今は違う。ぼんやりととはいえイメージすることができる。

というのも、著者の白井聡さん、説明がむちゃくちゃにうまいのだ。時には騙されているのではないかと思えるほどだ。フォードの大量生産や、英国の貧困層を描いたオーウェン・ジョーンズの『チャヴ』などが出てくるのは当然として、動物記の作者シートンのとんでもない父親の話や、『男はつらいよ』の寅さんの妹・さくらの結婚までが例として出されてくる。

全14講からなる本だが、資本論の説明は、おおよそ第11講までで終わる。そして、残りの3講がこの本のキモ、最後に残されたキーワード『階級闘争』をめぐる今日的解釈だ。その最初、第12講の冒頭には驚愕のセンテンスが。 

本書は『資本論』の入門書ではありますが、裏にあるテーマは「新自由主義の打倒」です。「現代は新自由主義の時代である」という前提を置いた上で、それへの対抗策として改めて『資本論』を考える。

一瞬、ここまで騙されてたのかと思った。ひょっとしてイデオロギーのアジテーション?まえがきに書いてあったら、読み始めなかったかもしれない。先に言ってよ~、というやつだ。ひょっとしたら、第11講までの間に、無意識のうちに洗脳されてたのかもしれん、という気がした。しかし、次の文章に救われた。

さまざまな方向から新自由主義に光を当てるという狙いで、この『資本論』講座をやってきたわけです。

なるほど、新資本主義をどう理解するかの本だと思えばいいのである。確かにそういうふうに読んできたし、それなら許そう。

階級闘争といえば、マルクスなど知らなくとも、下から上へ、としか思い浮かばない。しかし、決してそうではない。政治経済学者デヴィッド・ハーヴェイの言葉が衝撃的だ。

資本主義とは実は『上から下へ』の階級闘争なのだ。

どっひゃ~、そうやったんか。労働組合の「正体不明化」や自律的に再生産できない都市。我々が、まあしゃぁないか、と思っているような状況は、そういった「逆」階級闘争が勝利を収めた結果なのか。かといって、いまさら下から上への階級闘争が可能なのか。そのような「順方向」の闘争によって勝ち取られた社会主義というシステムがことごとく失敗に終わってしまったというのに。

そこでマルクスに立ち返る。『資本論』、その内容は、サブタイトルの『経済学批判』にあると説き、次の言葉が紹介される。

資本主義の発展に伴い、独占資本が巨大化し、階級分化が極限化する。それにより窮乏、抑圧、隷従、堕落、搾取が亢進し、ある一点でそれが限界を超える。

150年後の世の中を預言していたかのようなマルクスの凄さに戦慄が走る。しかし、現代において限界を超えたところで革命が起こるかといば、やはりそれはないだろう。では、どうしたらいいのか。結論はこの本を読んでもらおう。ヒントとして、こうなってはいけない、ということを紹介しておく。

「私はスキルがないから、価値が低いです」と自分から言ってしまったら、もうおしまいです。それはネオリベラリズムの価値観に侵され、魂までもが資本主義に包摂された状態です。

なぜそうなってしまいがちなのか。そうならないための武装論としてこの本を読むべきだ。う~ん、やっぱり洗脳されてしまってるのかも…
 

若者よ、マルクスを読もう  20歳代の模索と情熱 (角川ソフィア文庫)
作者:内田 樹 ,石川 康宏
出版社:角川学芸出版
発売日:2013-09-25
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 シリーズ、けっこう売れてるそうです。ただし、資本論はとりあげられていません。
 

チャヴ 弱者を敵視する社会
作者:オーウェン・ジョーンズ ,Owen Jones
出版社:海と月社
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 サッチャーに始まる新自由主義がいかなる弱者を産みだしたか。拙レビューはこちら
 

現代経済学の直観的方法
作者:長沼 伸一郎
出版社:講談社
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 ついでに現代経済学もしっかり勉強しておきましょう。首藤淳哉によるレビューはこちら
 

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)
作者:庄司 薫
出版社:新潮社
発売日:2012-02-27
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青春の一冊。この本の中に「馬鹿馬鹿しさのまっただ中で犬死しないための方法序説」なる論文が出てきます。今回のタイトルはそこからパクりました。


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