『ペスト』を買ったのは、どういう人たちなのか?

古幡 瑞穂2020年05月04日 印刷向け表示
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ペスト (新潮文庫)
作者:カミュ
出版社:新潮社
発売日:1969-10-30
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4月のベストセラーランキングが発表されました。日販調べの文庫ランキングでは『ペスト』が4位に躍進。パンデミックを描いた『首都感染』も9位に入るなど感染症関連の小説、ノンフィクションの動きが目立ちました。

特に『ペスト』は世界各国で重版されベストセラーになっているようです。日本ではどう売れ、どう読まれているのでしょう?

グラフは今年に入ってから5月までの週次の売上を示しています。(オープンネットワークWIN調べ)

動きが出始めたのは1月最終週です。その後じわじわと売れていたものの、3月入ってから重版がかかったことで売上が活発化。メディアでこのブームが取り上げられた事などもありその後大きく数字を伸ばしています。これまでに最も売れた日は4月9日。「NHKニュースおはよう日本」等で取り上げられたことをきっかけに大きく数字を伸ばしました。

読者層はどうなっているでしょうか。

男女半々くらいで女性がちょっと多め。といった感じです。ワイドショーやニュース番組での取り上げが多く、話題の書として広い層に読まれています。

読者の併読タイトルを見てみましょう。2月以降に購入したもののベスト10がこちら。

  銘柄名 著訳者名 出版社
1 『首都感染』 高嶋哲夫 講談社
2 『文藝春秋』   文藝春秋
3 『感染症の世界史』 石弘之 KADOKAWA
4 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 ブレイディみかこ 新潮社
5 『NHKラジオ英会話』   NHK出版
6 『BUTTER』 柚木麻子 新潮社
7 『十二人の手紙』 井上ひさし 中央公論新社
8 『アルベール・カミュ ペスト』 中条省平 NHK出版
9 『異邦人』 アルベール・カミュ 集英社
10 『鬼滅の刃 [19]』 吾峠呼世晴 集英社

非常にバリエーションに富んだリストとなりました。併読のトップには4月のベストセラーにも入った『首都感染』が入りました。感染症の歴史を取り上げた『感染症の世界史』も上位に来た他、カミュの代表作のひとつである『異邦人』の併読も目立ちます。

興味深かったのは『十二人の手紙』です。井上ひさしの初期名作であり、特に感染症に関係がある本ではないものの今年に入ってから書店員の仕掛けで火がついている作品です。4月の文庫ランキングでは13位と、10位以内には入ってこなかったものの目立つところで展開されている店舗が多かったのでしょう。「何か面白そうな読み物を探している」という読者にヒットしたのだと思われます。

それ以外にも感染症関連商品を中心に興味深い本が並びました。一部をご紹介します。

「勤労青年」の教養文化史 (岩波新書)
作者:福間 良明
出版社:岩波書店
発売日:2020-04-18
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学校が閉鎖され、退学を余儀なくされている学生の存在が話題になる今にぴったりの本が発売されています。かつて多くの若者達がもった「知的なもの」への憧れはなぜこれほどまで広く共有される価値観になったのか。というのがこの本のテーマ。その憧れの消滅は、なぜ、どこのタイミングで起きたのかを解明していきます。

学びについて考える良い機会になりそうです。
 

五・一五事件-海軍青年将校たちの「昭和維新」 (中公新書 (2587))
作者:小山 俊樹
出版社:中央公論新社
発売日:2020-04-18
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小説のモチーフにも使われる事の多い二・二六事件と比べると、五・一五事件は関連本の出版も少ない印象があります。戦前の昭和はここを分岐点として大きく変わったと言われていますが、実際にどんなことが起こっていたのかという研究書がこちら。事件の当事者たちのその後など興味深い記述も多い注目の歴史書です。
 

AIに仕事を奪われる、生き残るのはどんな仕事か…といった本が多く出版されていた中、AI以前に疫病に仕事を奪われた、というのが今起こっている事です。コロナの時代は私たちの仕事の仕方や役割を否応なしに変えようとしています。この本では、AIとの共存を図るための術を検討しています。あのAIブームは今どういったところにあるのか、世界はどう変わっていくのかを考えるためにも読んでおきたい1冊です。
 

武器としての「資本論」
作者:聡, 白井
出版社:東洋経済新報社
発売日:2020-04-10
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withコロナ、アフターコロナで経済や社会がどう動いていくのか、動くべきか。という本はこれから続々出版されてくるでしょう。以前予約ランキングの話題でも登場した『武器としての「資本論」』はコロナ禍の前に出版が決まっていた本ですが、今まさに「これからの経済」を想像するために読まれているようです。古典大ブームの中、マルクスの資本論にも注目が集まっていますが、かつて挫折した人も手にとりやすい作品。

『ペスト』の読者はこれまでにないくらい、古典を掘り起こし読んでいる方が多いのが印象的でした。まずは歴史に学び、今起きている事を知る。そんな読者の思考が併読リストから見えてきます。昔から「出版物は不況に強い」と言われてきました。これまでその言葉を体感するような事には遭遇しなかったのですが、本当に危機的な状況下において人が何かを知る、考えるために書物を手にとるということが目の前で起こっているのを感じています。

ここからは歴史から学びつつ、ファクトを積み上げた提案が多くなされることでしょう。どんな未来が想像されていくのかを楽しみに待ちたいと思います。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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