『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』あなたの心を微生物たちはいかに操っているのか?編集部解説

2017年4月16日 印刷向け表示
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心を操る寄生生物 :  感情から文化・社会まで

作者:キャスリン・マコーリフ 翻訳:西田美緒子
出版社:インターシフト
発売日:2017-04-15
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ネコ派も、イヌ派も、ご用心!

あなたの性格や行動が知らないあいだに、腸内や脳などに住む寄生生物によって操られているとしたら? 「まさか、そんなことは!」と思うだろうか。近年、「神経寄生生物学」と呼ばれる分野の研究が明かしているのは、まさにそんなことが起こっている、しかもごく日常的に!である。

たとえば、世界中で3人に1人が感染していると言われるトキソプラズマ原虫。この微生物は主にネコからヒトへと感染し、脳に住みつく。

医学的には、感染しても妊婦などでなければさほど問題はないとされていた。しかし、心理学者や神経科学者らの研究では、人の気分や性格を変えてしまい、そのせいで感染者が危険な行動を取ったりすることがわかってきた。とくに男性では、規則を破り、人と打ち解けない傾向が強く、交通事故などにも遭いやすくなるという(女性はその逆で、規則に従い、社交的になる)。

それだけではない。統合失調症とのかかわりも指摘されている。統合失調症の人はドーパミン値が高いのだが、トキソプラズマの居ついたニューロンは3倍半も多くドーパミンを生産しており、脳内にたまっていることが発見されている。また歴史的にも、ネコをペットとして飼う習慣の広まりと、統合失調症の発生率が急上昇した時期は重なっている。

このトキソプラズマは、ネズミからネコへと移るのだが、その方法も魔術のようだ。もともとネコを嫌うはずのネズミが、かえってネコに引かれるようになってしまう。そのからくりは複雑多様なのだが、ネズミの性ホルモンに作用し、嗅覚を変えることによって、ネコをセクシーに感じるようにしてしまうのもひとつのやり方だ。人間でも感染した男性は、ネコの尿のにおいを好ましく感じるようになる。

イヌ派だって安心してはいられない。トキソカラという回虫は、イヌからヒトの脳へと感染し、知的障害を起こすリスクがあることがわかってきた。回虫の幼虫が、脳内の学習と記憶にかかわる領域に集まり、影響を及ぼすのだ。子どもたちの学習能力の低下は、あるいはこの寄生生物のせいかもしれない。

腸内細菌を変えると、性格もすっかり変わる

たとえ動物からの感染は免れても、誰もの腸内で暮らす細菌からは逃れられない。この腸内細菌、私たちの健康に大きな役割を果たしていることは、よく知られるようになった。しかし、体だけではなく、心にも重大な影響を及ぼしているのだ。

これを明かす衝撃的な実験がある。一方は物静かで交流嫌いのマウス、もう一方は活動的で社交的なマウスの系統を育てる。そして、一方の系統の無菌マウスに、もう一方の系統の腸内細菌を移植した。するとどうだろう、マウスの性格がすっかり入れ替わってしまった! この劇的な変化とともに、感情の調整にかかわる神経科学物質の生産も変わっている。

最近では、こうした腸と脳のつながりを利用して、鬱や不安を和らげるプロバイオティクス(有用菌を含む製品)の活用試験もはじまっている。心強いことに、実際に鬱や不安が大幅に軽減されたという成果も見られる。また、一般の人々の日々のストレスや緊張の緩和にも役立つという臨床研究もある。

腸の神経系は「第二の脳」と言われるが、もともと細菌が動物に住みつきはじめた当時は、脳など発達していなかった。実際、腸内細菌を最初に取り込んだ生きもののひとつとされているミミズの体は、ほとんど一本の長い消化管である。つまり、脳は、本来、「食べて生きろ」という第二の脳の重要指令に従う出先機関に過ぎなかったのかもしれない。現に空腹感・体重は、腸内細菌によってコントロールされていると考えられている。やがて動物の行動がより複雑になると、この同じ目的を担うために、食欲だけではなく、感情や認知にまで影響力を広げていったのだろう。

驚かされるのは、私たちの脳の構造じたいが、腸内の優勢な微生物の種類とかかわっているという発見だ。なんと頭部のMRIスキャンから、その人の体内でどんな種類の微生物が育っているかを予測できるという。

嫌悪と病原体探知システム

寄生生物がこのように個人の心に大きな影響を与えるのならば、集団・社会にも少なからず作用しているのではないか? 

本書は「嫌悪」を巡って、このことを考察していく。腐ったもの、汚れたものなどを見ると、私たちは嫌悪を感じるが、それはこうしたものが病原体・寄生生物を含んでいる危険があるからだ。嫌悪感の乏しい者や集団は、進化の途上で生き残れなかっただろう。嫌悪感が男性よりも女性のほうが強いわけも、自身と子どもの両方を感染から守る、ということに由来するのかもしれない。

私たちにはこうした嫌悪に基づく根深い「病原体探知システム」が備わっており、危険の兆候が少しでもありそうなら鳴り響く。それも、意識的にではなく、無意識に警報を発し、誤作動をすることもあるから始末が悪い。たとえば、自分とは異質な人間(移民など)に偏見を抱いたりしてしまう。米国の調査では、移民への反対が最も多い州は、感染症の発症率が最も高い、というデータもある。

嫌悪は道徳感情にも深くかかわっている。「汚い奴」とか、「腐った組織」などと表現して嫌うように、道徳的な判断にも、病原体探知システムが働いているためだ。このことは政治的見解にも影響しており、嫌悪を感じやすいタイプは保守的になりやすい。宗教的な戒律にも、モーセの律法をはじめ、清潔さを保ったり、感染を防ぐことにつながるような教えが多く含まれる。

感染の危険とは、すなわち死の恐怖であり、人は死の恐怖を感じるとさまざまな面で保守化することもわかっている(詳しくは社会心理学者シェルドン・ソロモンらによる『なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか』を参照)。

ひじょうに興味深いのは、地球上で寄生生物が多いホットゾーン(とくに赤道領域)ほど、個人主義を避けて、集団主義になりやすいという調査結果だ。集団内での信仰やしきたりを重んじ、外部との交流には不寛容であり、引いては独裁政治にも陥りやすい。「寄生生物へのストレス」によって世界をとらえる、新たな地政学が開かれるかもしれない。

このような観点は、社会・福祉政策などにもかかわってくる。寄生生物のストレスを減らすことが、社会環境の厚生につながり、人々の暮らしを健康的で、より開かれた活発なものへと変える可能性があるからだ。

寄生生物への着目は、個人の感情や行動を超えて、こうした幅広い視座を含んでいる。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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