『字が汚い!』あきらめるのか? それとも本気を出すのか?

麻木 久仁子2017年04月24日 印刷向け表示
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字が汚い!
作者:新保 信長
出版社:文藝春秋
発売日:2017-04-14
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私のプロフィールには「趣味:万年筆集め」と書いてある。特に珍しいものを持っているわけではないが、新しい番組に携わるとき景気付けにとか、自分なりに課題をクリアしたと思った時に自分へのご褒美とか、とにかく折々買い集めて、いま30本くらいある。

MCやキャスターの仕事が多かった頃は、台本に書き込みをしたりメモを取ることが多く、すべて万年筆で書いていた。フリップを指すときも万年筆を使うとかっこいい。衣装と色をあわせた軸の万年筆を使ったりして、ひそかに楽しんでいた。

万年筆のなにが魅力ですかと聞かれれば、「アクセサリー類に興味がないので、万年筆がその代わりのようなものです」などど答えたものである。「万年筆には一本一本、個性があって、それが少しずつ時間をかけて手に馴染んでいくのがいいですね」などと、気の利いた風なことも言っていた。

そんなことが目に止まってか、「万年筆が似合う著名人を表彰する」という『Heart Line Project Award』を受賞したこともあるのだ!松山猛さんや室井滋さん、行定勲さんらとともにいただいたのである!芸能生活34年になるが、表彰していただいたのは後にも先にもこれっきりなのだ!

しかし、私の万年筆使いには、もう一つ、深い訳があったのだ。「字が汚い!」のである。なんというか、我ながら子供っぽくて頭が悪そうな字なのだ。ニュースを扱う生放送はとても緊張する仕事だった。局のアナウンサーの人たちと違い正統な訓練を経ていない私は、必死に背伸びして踏ん張っていた。そんな時に目に入るバカっぽい文字は、ただでさえ自信がない中、よけいに気を滅入らせる。

だが万年筆で書くと下手は下手なりに「ヘタウマ風」に見えて、心が慰められたものだ。このご時世に万年筆が好きですというとよほどの筆まめと思われるが、実は私はひどい筆不精で、年賀状すら書かない。万年筆はひたすら「字が汚い」という現実から逃避するための道具なのである。

字がうまいからといって立派な人とは限らない。いや、書く文字の美しさとまるで似つかわしくない好ましからざる人物など、いままでだって何人も見たし、逆にひどい字を書いていても知性に溢れている人だって知っている。だから、私だってこれでいいのだ、というかどっちだっていいのだ、と思う。思いたい。にもかかわらず、人の「汚い字」を見ると「フン、ひどい字だねえ。」と侮る自分もいるのだからどういうことか。結局負け惜しみを言っているだけで、実は人も羨むような美しい字を書いてみたいのだ。

そんな訳で振り返れば10年に一回くらいのペースで「ペン字練習帳」的なものを買ってしまう自分がいる。今度こそと思って練習帳を買ってきて、ちょろっとやって、すぐあきらめて。忘れた頃にまた今度こそと思って買ってきて、を繰り返す。しかし私ももう50を過ぎた。そろそろはっきりさせる時なのではないだろうか。あきらめるならあきらめる。本気出すなら出す。

そんなときに目に飛び込んできたのがこの本だ。表紙いっぱいに汚い字が踊っている! その汚さに引き寄せられてしまった。

何というか、筆跡そのものが子供っぽくて拙いのだ
せめてもう少し大人っぽい字がかけるようになりたい
練習すれば字はうまくなるのか
どうすれば字はうまくなるのか?

何かもう悲鳴をあげているような表紙で、まさにそれは私の切実な思いと重なるものなのであった。

著者の新保さんが、字が綺麗な人から汚い人まで様々な人に会いに行き、彼我にどんな差があるのかを解き明かそうとする。下手でも味がある字を書く人は、どんな道のりでその境地にたどり着いたのか探る。ペン字練習帳に取り組んでみる。ペン字教室に通う。さいごは神頼み。絵馬に願いを書くにも如何にとやせん、この汚い文字…。

とにかくのっけから心当たりありまくりの「汚い字あるある」が次々に書かれていて、うなずきっぱなしである。字が汚いと真面目に書いても説得力がなく、ふざけているように見えてしまう悩み。そうなのだ。

香典袋に名前を書く時など、ふざけてる、いい加減と思われたくなくて、私はとうとう名前のゴム印を誂えた。「明らかにゴム印だから手書きじゃないから心がこもっていない」と疑われるリスクもあるが、「何と汚い殴り書き」と思われるリスクに比べたらまだマシという判断である。芸名と本名と二本つくったが、注文する時すごく恥ずかしかった。

若い頃に「日ペンの美子ちゃん」にフラッくる…というもの、はいはい、フラッと来ましたというか、やってました。

80年代に一世を風靡した丸文字も、確かにハマった。おもえばあの頃の字が一番マシだった気がする。丸文字が七難隠す。

実は筆記用具も重要というところもまさにその通りである。とにかく油性ボールペンときたら字が汚い人間にはとことん冷酷で、汚い字の汚さがクリアに表現されてしまう。だから万年筆を使っていた訳だが、本書によれば「サラサクリップ」と「ユニボールシグノ」がオススメだというのでわが意をえたり。

2年前に薬膳の学校に通い始めた時、さすがに授業のノートを万年筆でとるという訳にもいかず、片っ端からいろんなボールペンを試しに試して、私も同じ「サラサクリップ」と「ユニボールシグノ」にたどり着いていた。ああこの広い世界に、同じ思いで彷徨い、たどり着くべきところへたどり着いた同志がいるのだ!「ほんと、いーよねー!あれはいーよねー!」と声を出してしまった。

さて、新保さんの字はどうなるのだろうか。各章ごとの扉には「乱筆乱文失礼いたします」と新保さん筆で書かれている。人に教えを請うたびに、その人の言う通りに試みに書いてみた文字である。書くたびに同じ人とは思えないくらい変化していく。とにかく言われた通りにやってみようとする新保さんの素直な姿が目に浮かぶ。

文芸編集者の“なんちゃって達筆”の極意とか、政治家の手書き文字、悪筆ナンバーワン作家は誰だとか、筆跡を変えたら性格も変わるのかとか。手書き文字にまつわるあれこれも面白い。

今のような楷書がスタンダードになったのは、明治時代に“続け字、崩し字の漢字+ひらがな”の和様から、“続け字、崩し字をしない漢字+カタカナ”の唐様に変わったことが原因だというのも言われてみればと目から鱗。そもそも綺麗に描こうとすると時間はかかるし手間もかかる楷書に苦しめられている面もあったのかと思うと、ほんとに明治政府ときたら余計なことをしてくれると文句も言いたくなり。

新保さんは会った人に「六甲おろし」を書いてもらうのだが(阪神ファンだそうで)、これもバラエティに富んでいて眺めていて楽しい。「この人はどんな人かな」と想像したくなる。筆跡は人格や知性の優劣を保証するものではないが、良くも悪くも人柄が現れるのは、そうかもしれないと思わされる。

さてさて、あきらめるか本気出すか。この本を読み終わったら決めようと思っていたのだが。
「あきらめ」という後ろ向きな気持ちではなく、いまようやく、ありのままを受け入れられそうな予感がしているのである。新保さん、ありがとう。手書き文字に自信のない人々へオススメの本です。

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