『色という奇跡 母・ふくみから受け継いだもの』それは色の神秘を紡ぎだす営み

東 えりか2017年04月23日 印刷向け表示
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色という奇跡: 母・ふくみから受け継いだもの
作者:志村 洋子
出版社:新潮社
発売日:2017-03-17
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 「紺屋高尾」という落語がある。紺屋に勤めている染物職人、久蔵が最高位の花魁の高尾太夫に岡惚れする話だが、金を溜めて花魁に会えるというその日、案内をしてくれる人から、決して手を見せるなときつく言い渡される。紺屋の職人は藍の中に手を浸すので、手首から下は真っ青なのだ。だが、花魁はその律義さに惚れて…。いや、いい噺である。

『色という奇跡』の口絵の最初は、その藍の壺から生糸を引き上げ絞っている写真だ。その手は見事な青色に染まり、糸はこれから織られるのを待つかのようだ。

著者の志村洋子は人間国宝の染織家、志村ふくみの娘で、自身も染織作家である。祖母の豊から数えて三代目。志村ふくみは随筆の名手としても知られ『一色一生』で第10回(1983年度)大佛次郎賞、『語りかける花』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞するほどの名随筆家だが、その血を引いてか、娘の洋子も大変美しい文章を書く。ふくみの文章が情ならば、洋子の文章は理だと思う。ただ、ふたりとも言葉の選び方か独特で、芸術家だなあと感じる。

藍を染める過程で出会う風景はこうだ。

タップリ藍が沁みこんだら糸を引き上げ、両手でしっかり絞る。きりきりと絞られて藍のアクが流れ、糸はよじれて螺旋状になる。絞り切ったところで、一気に手の力を緩めると輝く緑の正体が見え始める。そこにあるのはもはや糸や色ではない。地球の深い記憶が色として起ち現われ、緑の精が光のなかで身震いしているようだ。

私は志村ふくみの本を通して「藍を建てる」という言葉を知った。植物の藍を天然灰汁を使って発酵させ、染織できるようにするまでに育てることを言い、志村母娘の工房ではこの工程を洋子が任されているとのこと。祖母である豊は「藍のない染織は主人のいない家のようなものだ」と口癖のように言っていたという。藍をベースに様々な草木を使って染め上げ織り上げる、その布の美しいこと。

「敷島」青、緑、茶、白のコントラストが映える。

糸は蚕の繭から丁寧に紡ぎだし、季節や土地柄、日のめぐりなどから染織する日を導き出す。勘や感覚だけではない、きちんと計算され理に叶ったやり方を代々積み重ねているのだ。

それにしても生命の色とは、なんと鮮やかなものだろう。藍の青、紫草の紫、お寺の庭の下草から出る緑、イチイの朱、ニガヨモギの淡緑、樹齢百年のシルクロードのオリーブの木からは、黄金色が出現する。

『冬の蕾」紫草は日本各地で栽培されていたが、今では希少なもの。

鮮やかであるが毒々しさはなく、生糸の輝きはあっても、けばけばしくはない。それらの糸で織られた紬は、色と色とが重なり合って、陽を空かしてみると、風景が映り込んでいるようだ。

東日本大震災二年後の着物展でのこと、展示されていた振袖を米寿のお祝いに着たいというご婦人が現れた。それが良く似合い、洋子は固定観念を覆されたという。そんな折、『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」にある苦よもぎで糸を染めてみないか、と言う話が出た。大きな星が地上に落ち、人が死んだというその物語の星の名が「苦(にが)艾(よもぎ)」だ。物語と震災後津波に見舞われた風景が重なる。

由来や種類を知らべ、手に入れた苦よもぎで染めた糸は美しくも優しい緑だった。この糸で母、ふくみの米寿を祝いたい。出来上がった振袖の美しさに息を飲む。

「壽壽」ふくみが米寿のお祝いで着た、苦よもぎで染めた振り袖。

『色という奇跡』は本自体が芸術品と言ってもいいだろう。装丁デザインの赤の深さも美しく、箱入りの本には「色の扉」と名付けられた布が同封されている。本書のために著者が作成した作品で、それぞれ種類が違う。開催中の展示会には15種類が用意されていたが、私のはどれとも違ってた。そっと撫でると、こつこつと小さなでこぼこが手に触る。繭から手で紡がれたものなのだ、と感慨深い。15000円というお値段から考えて、売り切ったら終わりという贅沢な本だと思う。

私の「色の扉」

 

現在、新潮社の隣り「lakagu」にて『色という奇跡』展が開催中。(27日まで)天女の羽衣を思わせる美しい布をぜひ一見してみてほしい。(写真は都機工房よりお借りしました)

著者の思いの丈がこもったインタビューです。ぜひご覧ください。

 

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